焼き魚はうまい
クロエは心の中で毒付きながらも少し見直したところもある。
レスタークスの『視察』はただの道楽だと思っていたが、どうしてなかなか民に慕われているのがわかったからだ。
行く先々で「殿下!」と声かけてくる民達にはレスタークスに対する親しみと尊敬がみてとれる。
すくなくとも王宮でグズ王子として扱われている姿からは想像も出来ないほどだ。
今のリサリアの王族でここまで民に身近に思われている者はいないだろう。苛烈な侵攻政策で近隣を切り取ってきた現王ルーデルは畏敬の念は持たれているが、恐ろしさが先に来るし、レスタークスの弟のシャルルはその高慢な性格から親しみからは程遠い。
(うわさほど馬鹿ではないのね)クロエの表情が少し柔らかくなってくる。
ではどうしてクロエがイライラしているかと言えば、そのセットで話しかけられる内容の大半が
「殿下!恋人ですか?」
であることにあるのだ。
(これがイラつかずにいられるかっていうのよ!)
そんな本心を隠しながらクロエは笑顔で(と本人は思っているが眼は全く笑っていない)
「違います。ただの護衛です」
とうけながして(と本人は思っているが全くうけながせていない)答えていた。
しかし、何度も繰り返しているうちにクロエのイライラはひどくなっていしまい、今はレスタークスが声をかけられる前に「違います!」と否定している。これではレスタークスが王子ではないみたいに聞こえるがそんな事は気にしていないらしい。
「クロエ、そんなに一生懸命否定しなくてもよいではないか」
見かねてレスタークスが遠慮がちにクロエに言ったものだが、
「殿下。別に私は殿下の恋人に間違えられて『ムカつく。死ね!』とか『ふざけるな、ぶっ殺すぞ』とか『目が腐ってるのか!切り殺してやろうか!』とか思っているわけではなく、ただ単に殿下の恋人に間違われる事が恐れ多いから否定しているだけですよ」
「そ、そうか」
(思っていたよりもひどい事を思われている。下手をしたら余は護衛に殺されるんじゃないだろうか)
顔をひくつかせながらレスタークスはクロエと目を合わせないようにして
「まあ、それならよいが」
何一つよくないのだが、いいことにして自分にいいきかせる。
こうなっってしまえばクロエを無視して自分だけ祭りを楽しめばよいのだが、レスタークスはついついクロエに話しかけてしまう。
このあたりがレスタークスのひとがよく、また無神経なところなのだろう。
「祭りはよいな。皆が祭りをする余裕があるように国を保たなくてはいけないと思うよ」
「そうですね・・・。それについては同感です」
クロエは冷静に肯定し、そして少し考えるようなしぐさをしてレスタークスに質問する。
「殿下は以前から城下や領内の『視察』にでられる事が多いようでしたけど、それはなぜですか?」
「ん?ああ、俺が遊び好きだからだよ。皆もそう思っているのだろう?」
「それはそうですね。皆、殿下がただ遊びたいがために宮殿から抜け出して視察に行っていると言っています。でも、今日の民たちの様子を見ていると、ただ道楽で遊んでいるようには見えません。王子、皆が噂をしている事が真実だと思っていたら私はこんな質問はしません。本当の事を教えてください」
「本当の事・・・か。正直俺にはそんな難しいことはわからん。俺は皆が言っているようにグズだからな。だから、民たちの事も実際にこの目で見てみなければわからんのだ。もし、俺が賢くければ実際に何度も見なくてもその声を聴かなくとも民たちの事をすぐに理解できて、こんなことをしなくてもよいのだがな」
レスタークスは自嘲して笑うが、クロエは笑わない。.
(このお方は本当に自分がグズだと思っているらしい。王族に生まれていながらこんなにも後ろ向きに考えられるなんて珍しい方だ。まあ、あれだけ大きな失敗を繰り返してこられたら無理もないけど。いえ、だからこそのこの考え方なのかしら)
「わかりました。本心を聞かせて頂き、ありがとうございます」
「礼はいい。それよりもクロエも少しは祭りを楽しまないか?よし、俺が買ってやるからあそこで焼き魚を食べよう。あの店は毎年出ているが王宮にもない味を出していておすすめなのだ!」
レスタークスはクロエの返事をきかずに先にすすんでいく。
そして目当て店に行き、竹串に刺さった焼き魚を慣れた様子で2本買ってクロエに1本差し出す。
「あの・・・、ナイフとフォークは?」
「クロエ、これはそのようなものを使わずに食べるものなのだ。このようにな!」
レスタークスは焼き魚にそのままかぶりつく。
(ええっ!?そんな行儀の悪い・・・)男勝りの剣の腕前を持つクロエだが貴族の娘として恥ずかしくない教育はしっかり受けているので路上でそのままかぶりついて食べることに抵抗がある。
しかし、レスタークスが笑顔に「ほら、クロエもやってみろ」と言われしぶしぶ口に入れる。
「あ・・・、おいしい」
「そうだろう!どうだ、視察をするとこんな良い発見もあるのだぞ。さ、次にいくぞ、次に」
レスタークスは得意げに言うとさらに城下を進んでいく。
そしてレスタークスが町を歩くたびに様々な人が寄ってくる。
男、女、子供、老人。
中にはクロエからみたら感心しないような風体の者もいるがレスタークスは気にしていない。
「意外と気のいい奴らだぞ」
クロエの心を見透かしたように言ってくる。
クロエは次第に楽しくなってきている自分に気づいているが、それを顔に出すことなくレスタークスについていく。
(これはあくまで視察なのよ。いえ、私にとっては殿下の護衛なのだから)と本当は楽しくなってきていたのに強がっていた。




