女騎士はイライラする
今日はリサリア王国城下町の秋祭りである。
リサリア王国の祭りといえば以前は初夏に行われる夏祭りだけだったのだが、祭り好きのレスタークスが「秋にも祭りが見たい」とわがままを言い出したため始まったものだ。
はじめは「またあのグズ王子が・・・」と貴族達は眉をひそめ、庶民たちも「祭りを増やすなんてきいたことがない」と困惑していた。
しかし、十年たった今では、秋に収穫した新物の農作物を売り出したり、脂ののった季節の名産を使ったたくさんの屋台でにぎわうリサリア王国最大の祭りになっていた。
その規模は以前からある収穫前の夏祭りよりも大きくなっているくらいだ。
農民達は秋に収穫した作物を売る事ができて現金収入を得る事ができ、町の者たちは新物を祭りで手軽に買う事ができるようになり、庶民からの評判はおおむねよくなっている。
さらには最初はバカにしていた貴族たちの中でも今では密かに城下町に繰り出して祭りを楽しむ者が出てきているらしい。
この祭りが毎年のように工夫を凝らしているから飽きられないのだ。
秋の新物を露店で物を売るだけでなく、最近では色とりどりの紙飾りを使って町全体を着飾らせたり、町の有志が踊りを披露するなど様々な催しも増えてきているのだ。
そんな普段とは違う街の様子に人々はみな楽しそうな表情で歩いている。ただ、一人を除いて。
レスタークスに付き従っている近衛騎士、クロエだ。
(なんで私一人で殿下のおもりをしないといけないのよ!)
レスタークスが城下町を視察するときはいつもは近衛騎士を五、六人は従えているのだが今日はクロエ一人だ。
近衛騎士たちは「別の任務がある」と新任のクロエにレスタークスの護衛を押し付けてきたのだ。
(別の任務とか言っているけど、単にさぼっているだけでしょ。ちゃんと聞こえたのよ。「祭り楽しみだな~。今年はどこを回ろうかな~」って言っているのを!殿下に影響されちゃらんぽらんな騎士たちなんだから)
そんなクロエの内心を知らないレスタークスは子供のようにきょろきょろしながら祭りを楽しんでいる。
(ろくな警護も連れずに城下を歩き回るなんて・・・)
「クロエ!祭りに来るのは初めてか?緊張することはないぞ。祭りとは楽しいものだから楽しめばよいのだ」
声を弾ませるレスタークスに、
「ハジメテデスヨ。コンナケイケンハ」
感情のない声でクロエは答える。
(この人は今自分がどんな立場でどんな状況になっているのか知らないのかしら)
それほどに王宮の政治に関心のないクロエでも第二王子のシャルルが第一王子のレスタークスを差し置いて王位を狙っている『お家騒動』が今リサリア王国に起こっていることは知っている。
そんな時に護衛を一人しか連れずに城下町(しかも人ごみの多い祭りの時に)に繰り出すなど、正直バカとしか言いようがない。
(まあ、私は仕事はちゃんとするけどね)
クロエは望まない縁談を避けるために近衛騎士団に入ったのだが、その職務は全うするつもりだ。
弱気ではっきしりないくせに、遊ぶとなると張り切るレスタークスは好きではないとい思っているが仕事に対する真面目さがある少女なのだ。
そのためレスタークスが話しかけても生返事を返しながら、辺りへの警戒は怠っていない。
(困るなあ。町の人たちが怯えている)
レスタークスはあからさまに周りに敵意を振りまいているクロエの様子に眉をひそめるが何も言えない。
いや、正確には言いかけたのだが「クロ・・・」と言った時点ですごい形相でにらまれてそれっきりだ。
(ああ、お祭りを楽しみたいのに・・・。これじゃあ何もできやしない)
ため息をつくレスタークスに頭の禿げた小太りの中年が近づいてくる。
この城下町の町長だ。リサリア王国では貴族の文官の他に平民の町長を採用して、あえて町の運営をまかせているのだがこのシステムが案外うまくいっていた。
太った体で走り回っていたのか町長は汗を拭き拭き頭を下げる。
「殿下!お久しぶりです!」
「おお、町長。今年の祭りはどうかな?」
レスタークスは話しかけられて(しめた!)とばかりに町長に質問する。
「今年は最高の祭りになっております!いや、去年もよい祭りだったのですが、今年はそれに輪をかけて盛大なものになっていますからな。
この祭りをバカにしていた者たちに見せつけてやりたいものですな。
こんな祭りなど成功するわけない!などと言っていた者たちが悔しがる顔が目に浮かびますわい。わっはっは!・・・そりゃあ、はじめは私も『面倒な事を言い出した』と思いましたよ。何しろ今までしなくてもよかった新たな仕事ができたんですからね。
でも、いざやってみると面白いし、何より王子が『全ての責任は余がとる』なんて言ってくださったから安心して進めることができた。それでいて余計なくちばしを入れないで全て我々に任せてくれるなんてなかなかできることではありませんよ。
まあ、貴族さんの考えるよいアイデアなんてのは所詮庶民からみたら的外れな理想の押し付けで現場を混乱させるだけですからな。その点殿下はえらい!任せるといったら置物のように何もしないでいるのですからな!」
この町長は話好きな上に歯に衣着せぬ言い方をするからレスタークスはいつも圧倒されるが、今はその無神経がクロエの威圧感も圧倒する事を期待したのだ。
しかし「任せるといったら置物のように何もしない」という町長の正直すぎる言葉にレスタークスは苦笑する。
「いや、俺は祭りのやり方などよくわからないし、任せる他なかったのだが」
「またまた、ご謙遜を。そうやって物事を現場に任せる事こそが難しいのですよ。特にえらい貴族さんとってはね。とにかく楽しんでください。これは殿下の作った祭りなのですから」
言いたいことを一方的に言い放ち頭を下げながら町長は去っていく。ただのおじさんのように見えるがなかなか有能で多忙な男らしい。
しかし、この町長をきっかけに町の人たちもレスタークスに話しかけてくるようになってくる。皆、レスタークスに話しかけたくてうずうずしていたのだ。
「殿下、今年のはうまいですぜ。ぜひ、食べていってください」
「騎士さんもよかったらどうぞ」
「殿下、我々と踊りませんか?」
「騎士さんもどうぞ」
「殿下!」
「騎士さん!」
レスタークスは一人一人に丁寧に対応しながらも祭りを楽しんでいるが、クロエはレスタークスとセットで話しかけられるたびに明らかにイライラしてきていた。
(なんで私と殿下がセットになってるのよ!)
クロエの怒りはここにあるようだった。




