三将軍、ウインとザムザ
ウインは爪を噛んでいた。この勇猛な将軍はいい年をして考え事をしていると子供のようなくせを出してしまう。
(しかし、どうしたものか・・・)
『ザムザ殿は私が探ってきましょう』などと大見得を切ったもののウインには特別に策があるわけではなかった。
(まあ、これしかないか・・・)
ザムザ右手の爪を全て噛み終えたところで決断する。
リサリア王国三将軍と言われザムザやナターシアと同格に扱われているが、単純な戦闘ならまだしも智謀でザムザに勝てるとは思っていない。だからこそ小細工などせずに誠心をもって真正面からぶつかる事にしたのだ。
このあたりはウインの思い切りの良さと言っていい。
ウインはザムザと話すときはいつも丁寧に接しているがこの時は時節の挨拶も早々切り上げると早速本題に入る。
「単刀直入におききします。ザムザ殿はシャルル殿下とレスタークス殿下のどちらが次の王として相応しいとお考えですか」
他の者に聞かれてしまえば問題になりかねない発言だ。
あえて本音ををさらけだすことでザムザの真意を図ることにしたのだ。
「なんだ、いきなり。それはレスタークス殿下に決まっているだろう」
面食らった様子のザムザの答えは予想通りだ。
ザムザはレスタークスの守役だから当然だろう。
だが、ウインはさらに言い募る。
「それはザムザ殿がレスタークス王子の守役という立場からそういわざるえないのでしょうが、これは王位の事、つまりリサリア王国の今後を左右する重大な事です。私情は捨てていただきたい。」
「いや、わしは仮にレスタークス王子の守役でなくとも、レスタークス王子が王に相応しいと判断するじゃろう。しかし、シャルル殿下の守役であるお主は違うようじゃな」
ザムザの皮肉に、ウインは心外とばかりに、
「私とて自分が守役だからシャルル殿下を押しているわけではありません!誰がどうみてもシャルル殿下の方があらゆる点で優れているし、リサリア王として相応しいではありませんか!」
「誰がどう見ても、ではなかろう。現にわしからしたらレスタークス殿下の方がはるかに王としての資質をもっておるよ」
激昂するウインを意に介さないでザムザはからかうような声で返事をしている。
働き盛りで体格のよいウインに比べて吹けば飛びそうなほど痩せた老人のザムザだが、その声には不思議と逆らえない。
「あなたはいつもそうだ。そうやってひょうひょうとして物事をはぐらかしてばかりだ。少しは真面目に考えて下さい」
「ウイン将軍よ。真面目な意見を言わせてもらうと、お主は少し頭が固すぎる。それはお主の美徳であり、欠点じゃな」
諭すように言うザムザにウインは(この方はただ俺をからかっているわけではないのか)と少し冷静になる。
「頭が冷えたようじゃな。その冷やした頭でもう少し視野を広くして二人の王子を見比べてみることだ。そうすればわしの言っていることもわかるじゃろう」
「しかし・・・」
「今すぐにとはいわん。物事の本質はそう簡単にはわからぬものよ。ただ、お主も手ぶらで帰るわけにはいかぬだろうから土産をもたせるとしよう。わしはどちらにもつかん。中立を保つとな。シャルル王子にはそう伝えよ」
これが聞きたかったのだろう?といわんばかりのザムザにウインは反論できない。
ザムザがレスタークスにつかない事が本当ならばこれ以上を望むのは贅沢というものだ。
「わかりました。しかし、今の話は本当でしょうな」
「くどいな。わしの話が信じられぬのなら初めから直談判などに来なければよいのだ。直談判などは信じれらる相手とするものだ。しかし、そろそろ帰ったほうがよいぞ?わしはこれからバカ弟子の相手をしてやらんといかんからな」
ザムザの予言通りにウインは去り際にラングとすれ違う。
(本当にラングが来たか。しかし、ラングはシャルル殿下のお味方という話だから問題はないが・・・。仮に敵だとしても一歩遅い!)
詰問してきたウインを追い払うためだったとしてもザムザが一度言ったことを簡単に反故にする事はないだろう。
ザムザは策士だが『嘘はつかないタイプ』の策士として知られているからだ。
(だからこそ、あの方は恐ろしいのだがな。嘘をつく必要がないのだ・・・)
嘘をつかなくても策を仕掛けることができるのはそれだけザムザが策士として卓越している事を示している。
そんなことを考えて足を止めているとラングの怒声がザムザの部屋から漏れ聞こえてくる。
(やはり、ラングがシャルル殿下のお味方というのは眉唾だったか・・・。だが、あの様子なら心配することはないな)
ラングが怒っているということは少なくともさきほどの「レスタークスに味方しない」という言葉に間違いはないのだろう。
ラングが敵に回るのは少々おしいが若造一人ではなにもできないだろう。ウインは再び歩き出して去っていく。
ザムザの部屋ではラングがザムザに詰め寄っていた。
「お味方できないってどういうことですか!先生!」
「あー、そのように大きな声を出すな。年寄りにはこたえるわい」
「大きな声も出ます!」
ラングは丁寧な言い方ながらも声は怒りに満ちている。
そんなラングをめんどくさそうにみながら
「わしのような老いぼれが味方せずとも、この程度事は解決して頂かなくては困るからのう」
ザムザはにやりと笑う。その笑いからは万が一にもレスタークスが負けようがないと思っているようにもみえる。
その様子にラングも少し落ち着く。リサリア三将軍の中でも随一の知将と言われるザムザがはっきりとレスタークスが勝つと言っている。『嘘をつかないタイプ』のザムザがこうまでいうのなら間違いはないだろう。
(現状ではレスタークス殿下がかなり不利だと思っていたが違うのか?しかし・・・)
「戦に絶対はありません。いざと言うときは・・・」
「わかっておる。皆まで言うな。しかしおぬしも年に似合わず慎重ものだな」
「ジュリアスのやつがうるさいからですよ。頭を使えって」
ふてくされたようにいうラングだが、ジュリアスに対する信頼がみてとれてザムザにはおかしかった。
(ジュリアスか。隣国の王子にして若き天才軍師。まあ、わしがそうなるように育てたわけじゃが・・・。
しかし、ラングとはおよそ性格が合いそうにないが、レスタークス殿下を通じて二人は知己になったという。レスタークス殿下の恐ろしいところはまさにこういうところなのだろう)
「ジュリアスのやつにもよく言っておけ。シャルル程度の相手ではわしがでるまでもない。いっぱしの知恵者をきどるならそれくらいはわかるだろう、とな」
ザムザは話は終わったとばかりにラングを自室から追い出したのだった。




