王子は女騎士に脅される
(いや、まいったね。どうも。どうしてこんな事になったんだろうか)
青年は厳しい顔をした少女の視線を避けるように自分の部屋の飾られた高価な絵画、というよりもその額縁に目をやる。
この場合絵画に直接目を向けるよりも少女の視線をかわせると思ったのだが、特に効果はなかったらしい。
「ともかく認めていただけますね!」
ダンッ!と目の前の机を叩かれて青年はビクッと反応してしまう。
少女は言葉使いこそは丁寧だが有無を言わせる気がないのがよくわかる。綺麗な顔をしているがその目つきは鋭い。
また、長身の少女が仁王立ちになっているため、豪華な椅子に座っている青年は見下ろされるような格好になっており迫力がある。
「いや、俺はいいと思うんだけどね・・・」
「あなたがよければそれでいいでしょう。あなたはこの国の第一王子なんですよ。大抵のことはあなたの承認があれば認められます!」
そう、少女が言うようにこの弱気な青年はこの国の第一王位継承者であるレスタークス王子だ。。リサリア王国の王族は皆、秀麗な容姿をしているがこのレスタークスも例外ではなく、少し間の抜けた感じはするがまず美男子だといっていい。
レスタークスがその美しい顔で煮え切らない表情をしていると、少女はさらに言い募ってくる。
「それとも私の実力に不満があるからですか?」
「とっ、とんでもない」
少女―長身の女騎士クロエに詰め寄れられてレスタークスはぶるぶると首を振る。
「私が女だからですか?」
「いっ、いや、だから俺はいいと思う。そう言っているんだが」
「では殿下が任命してくれたということで話を通しておきますので!それでよろしいですね?」
「よ、よろしいです」
勢いに押されて自動的にうなづくばかりのレスタークスをしりめに、「失礼いたしました!」をおまけのように付け足してクロエは出て行く。
「一体なんだったんだ。今のは」
(なんで自分の近衛騎士に任命する事を脅迫されないといけないんだろう。普通近衛騎士は主君を護衛するもので、主君を脅すことなどありえないはずだと思うけどなあ。それにどうして脅してまで俺の近衛騎士になりたいのかよくわからん)
レスタークスが女騎士の行動に頭を悩ませているとノックの音がする。
(まさか、まだなにかあるのか?)
レスタークスは顔を曇らせるが、応えないわけにもいかない。
「入りたまえ」
「失礼いたします」
そう言って入って来たのは先ほどの女騎士と対照的に小柄でかわいらしい少女だ。ショートカットにした金髪がふわふわで少女の幼い顔立ちに似合っている。
「なんだ、シーファか。驚かせないでくれ。いや、君は悪くないんだが」
「何かあったのですか?」
シーファと呼ばれた少女は綺麗な眉をひそませてたずねてくる。
「たいしたことではないよ。忘れてくれ」
レスタークスの忠実な侍女であるシーファはその言葉に従って「わかりました」と言うが気にしている事が丸分りになるほどそわそわしている。
「ちょっとクロエと揉めただけだよ」
たいていの事には動じないシーファが珍しい反応をしたのでレスタークスはそう付け加える。しかし、その付け加えはシーファを落ち着かせるどころかよりその心中をかき乱す。
(殿下の忘れてくれというお言葉に逆らう事になるけれど、このタイミングでクロエ様が来ていたというなら無礼を承知で確認しなくては私は心配で頭がおかしくなるだろう)
シーファは意を決してレスタークスをその大きな瞳で見つめると、
「臣下の分際でこのような事をお尋ねする無礼を承知でおききします。クロエ様の要件はなんだったのですか?」
緊張した面持ちのシーファの質問に、レスタークスは微笑む。
こういう表情をしている時のシーファは間違いなくとんでもない勘違いをしているはずなのであえて軽く笑ったのだ。
「ああ、俺の近衛騎士になりたいんだって。クロエの実力なら申し分ないし、承諾したよ」
「ああ、なんだ、そういうことなのですか。私はてっきり・・・」
「シーファはなにか知っているのか?クロエの様子がおかしいと思っていたのだが・・・」
シーファは『しまった!』という顔をするがレスタークスの問いに答えないわけにもいかない。
「クロエ様が縁談を勧められていると聞きましたので、てっきり殿下との縁談話かと思ったのですが・・・」
レスタークスはシーファに全てを言わせないで合点がいったとばかりに手をたたく。
「そうか!それで納得がいったよ。どうしてクロエが怒りながら近衛騎士になりたがったのか。近衛騎士になれば『自分は近衛騎士として殿下に仕えています。そんな身分でありながら今は結婚する事などできません!』とでも答えるつもりだろう。クロエも考えたなー。ははは」
「ははは、ではありません!非常に不愉快です。前々から思っていましたがクロエ様は殿下に対しての態度が失礼極まりないです。自分がまだ結婚したくないからって殿下を利用するなんて許せません!」
「よいではないか。たいていの者は僕に対して無礼ではないか。それを表に出している者が少ないだけで。クロエは裏表がないだけ俺は好きだがな」
「好きなんですか?!」
「うむ。よい騎士だと思っている」
「ああ、そっちですか」
シーファはホッと胸をなでおろしていたが、思い直したように、
「・・・とにかく無礼な態度はよくないです」
「しかし、あれだな。クロエももう縁談が来るような歳なのだな。まあ、性格はキツイが美人だし、あれでよいところもあるからモテるかもしれんな。・・・それに比べて俺は本当にモテないな。王子という立場なのにこれほど毛嫌いされるのも珍しいよな」
レスタークスは苦笑する。
実際レスタークスは十八歳になろうというのに縁談の一つもないという状態は異様だった。政治的な意味もあって一国の王子ともなれば物心つく前に婚約者がいるのが普通だが、レスタークスの王子としての『評判』が広まるに連れて他国の王達は様々な理由をつけて断ってきている。
リサリア国よりも数段落ちる国でさえも「うちの王女では不釣合いなので」と断っている。普通なら第一王子との結婚であれば格下の国はまず断らないにも係わらずだ。
「馬鹿な女が多すぎるのです。見る目がないだけです」
「そうかなあ。俺が女性でも考えるよ。俺のようなグズ王子との結婚はさ」
「殿下はグズではありません!」
「そうかなあ」
レスタークスは同じ言葉を繰り返す。
レスタークスは自覚しているように物事を慎重に考えすぎる。そして、考えてから行動に移るのが遅かった。のろまだと言ってもいい。
ただ、行動が遅いだけならばまだよかったが、それに加えてよく大きな失敗もした。
リサリア国に古くから伝わる国宝の宝珠でボール遊びをして傷つけたこともあるし、会計係に勝手に命令を出して大金を使わせたこともあった。
また、姉姫が隣国の王子と婚姻する時の大事なパーティの前に式服を着たまま泥遊びをして汚したこともあった。
そしてこれは噂だが(というか本当の事ならかなり問題なのだが)、ある貴族の領地の穀物庫を花火で燃やした事もあると言われている。
これらの失敗は第一王子という立場だからなんとか許されていたが、普通の者なら10回は死刑になっているほどの大きな失敗を繰り返しており、その他にも小さな失敗をあげれば数限りない。
このように幼い頃からろくでもない事ばかりしていたレスタークスの下の部分をとって陰でグズ殿と呼ぶものはリサリア王宮に少なくない。
レスタークス本人もグズ殿と言われているのを知っているし、まあ、言われても仕方ないと思っている。
しかし、シーファの考えは違うようでいつも食い下がる。
「とにかく殿下をグズなどと言うのは許せません!殿下はこの世界に並ぶの者のいない唯一無二のすばらしいお方!」
真顔で主張するシーファにレスタークスはため息をつく。
「シーファは誤解をしている。俺は君の思っているような立派な人間ではない」
「そんな事はありません、。誤解しているのは殿下自身です。そうです!殿下はご自身を誤解していらっしゃいます。殿下は優しさと強さと賢さと美しさとたぐいまれなる美的センスと人並みの運動能力を兼ね備えたすばらしい方!」
シーファはレスタークスをこの上ない偉大な人に仕立て上げる。一部人並みのところもあるが。
(シーファはかわいくて性格もいいが、こういう風に思い込んだら正常な判断ができないところがあるからいまだにいい人の一人もできないのだ)
レスタークスは自分の事を棚にあげて勝手な事を考えている。
「そう、殿下は慈愛に満ち溢れています。その愛はこの世を照らす光。全ての生きる者たちの希望。私の命もその愛によって救われたのです」
(なんか、俺神様になってない?)
「・・・シーファ。以前に君の命を救ったのはたまたまだぞ。何度も言っているがそのことに恩を感じる必要ない」
レスタークスは謙遜してこう言っているのではない。どうもこの王子は本気でそう思っているらしいが、シーファにはそれが通じない。
「では、殿下は偶然で私の命を救ってくださったと。あの出来事は私の命を救うつもりではなく、単なる気まぐれでした事が偶然私の命を救う結果になったと言うつもりですか。そしてその結果自分が愚かな王子だと言われるようになったのも全部たまたまですか。私のせいで殿下が愚か者のように言われるようになったのも全部たまたまですか!」
シーファの言い方はしつこい。そのうえ・・・。
(泣くのは反則だよな。それにしてもこの反応はちょっと怖い)
号泣しながら自分をほめたたえてくるシーファをもてあましながらレスタークスは5年前の事を思い出していた。