タンザナイト2
千夏は友人から知り合いの結婚式に一緒に行かないか?と誘われた。
友人は千夏の車に乗って行けると助かると言っていた。
その知り合いは田舎町の寂れた教会で式を挙げるそうだ。
ちょっと遠いため、泊まりがけの旅行になる。
去年高校時代の友人が挙式した時に新調した黒のタイトなドレスを用意する。これに羽織る薄布と黒の花飾りのついたサンダルを履くことにした。
「向こうに行くまでに着替えればいいかな」と、比較的ラフな格好で、ドレス類を車の後部座席に乗っけた。
「よろしくね!」
友人はワンピース姿で現れた。
千夏は車を運転しながら友人とキャッキャウフフと話がはずんだ。
「どこに泊まるの?」
「チャペルクリスマス」
「ちょっと!それラブホテルじゃないの!」
「内装が凝ってるのよ!後学のため!」
「後学のためとか言いながらなんで内装が凝ってるのを知ってるんだ?」
「バレたか。実は彼と行ったことがあって」
「明日の知り合いの結婚式もその彼と行けば良かったじゃないの!」
「もう別れたのよ」
千夏は開いた口がふさがらなかった。
「うわあ、おっしゃれー」
ふかふかのベッド。天蓋の代わりの色とりどりの薄布。女心をくすぐるドレッサー。照明もぴかぴか。広いお風呂。
「こういうところがあるんですね」
「そうですね」
二人で枕投げなどしながらホテルのオムライスを食べた。
結婚式かぁー。まどろみながら、千夏は眠りについた。
千夏。
彼がタンザナイトの指輪を千夏の指にはめて微笑んでくる。
光あふれ、厳かな音楽が鳴り響く。
なんて幸せなの?
うわあああん。
千夏の泣き声に横で寝ていた友人が飛び起きる。
「どうしたの?」
「あの、あの人が夢に出てきたの」
ぐすん、ひっく。
涙がぼろぼろ流れる。
あの人は別の人と結婚してしまっていた。なぜあんな夢を見たのだろう?
なんて幸せな夢!
現実は容赦ない。
それでも生きてかなくちゃならない。
「よしよし。千夏、明日は新郎新婦を祝福してあげてね」
「もち、ろん」
嗚咽混じりに答えた。
田舎町では見慣れないよそ者の千夏たちに視線が厳しかった。
やがて時間が訪れて、教会に入って待っていると、一人の男が近づいてきて言った。
「先程は失礼いたしました。今日はここに来られたんですね」
「はい」
「歓迎します」
町ぐるみで同じ宗派に入っているらしく、千夏からしたら、一種、異様に思えた。
大勢が入り乱れて挨拶を交わし、牧師の話が始まった。
新郎新婦が前に呼ばれて、結婚式が始まった。
「どっちが花嫁?」
誰かが呟いた。
花嫁は質素な白い服を着ていたが、千夏の格好の方が目立っていたのだ。
「なんで言ってくれなかったの?」
「私も知らなかったから」
友人は悪びれずに言った。
教会の片隅で所在なげに壁に寄りかかって立っていると、年配の夫婦が近づいてきて言った。
「今日は娘の結婚式に参加してくださってありがとうございます」
「あ、はい」
「どうしてしかめてらっしゃるの?何かありましたか?」
「いいえ!」
友人が間に入ってくれて、事なきを得たが、ここから逃げ出したかった。
指輪の交換で宝石のついていないシンプルなものが使われた。
千夏は自分のはめているタンザナイトの指輪を後ろに隠した。
質素だけど幸せなんだよね。
自分は物質的に恵まれているけれど、心は満たされていないと思った。