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2 世界を渡る者2

 うん、多分僕は誰かに引きずり込まれたのだろう。

 本当に一瞬の事で、自分がどういう状態になっているのか全然理解できなかったのだ。


 そもそもあの状況で僕の腕を掴める人物などいやしない。

 僕の近くに人はいなかったのだ。

 家族とは離れて暮らしていたので、家には僕一人しかいないはず。

 そういえば体のどこもいたくない。あの状況から僕はどうなったんだ?



「というか、ここはどこだ?」



 青く広がる簡素な世界。

 地面と天井には白いマス目模様が描かれ、世界を仕切る壁などない、無限に広がっているかのような不思議な空間だ。

 現実的に考えて、今さっきまで家にいた僕が存在していい場所ではないだろう。

 その風景を例えるならそう……、簡素なディスクトップの壁紙のようである。


「マスター、ご無事で……うっ!?」


 唖然とする僕の後ろで声がした。

 それは透き通るような女の子の声。


 そちらへ振り返ると、光り輝く扉の前に女の子が座り込んでいた。

 銀色のボブカットより短めの髪で、ライダースーツのようなものを着用している。

 全身は銀色で、靴や手袋、スーツの関節部分や模様は黒と、ほぼ2色で統一されたカラーリングという、SFに出てきそうな神秘的な子だ。

 その子は苦しそうに、七色に輝く扉にもたれかかりながら立ち上がろうとする――が、


「う……ああぁ!?」


 なんとその扉は次の瞬間はぜるようにバラバラになり、大小さまざまな破片となって遥か彼方へ四散していった。


 そして支えをなくし、再び倒れこむ銀色少女。

 もちろんそんな様を放っておけるはずもなく、僕は慌てて少女へと駆け寄った。


「え……えっと、大丈夫? その……君は一体? というかここは一体?」


 とにかく抱き起して何かと質問しようとする……が、具体的に言葉として出てこない。

 今の状況が理解不能すぎて、何を聞いたらいいか分からないのだ。

 実際、こういう状態になったら何を一番に聞けばいいのだろう。


「ふふっ、無事でよかったです。マスター」


 僕の顔を見て微笑む少女。

 だが、その顔は無理に作っているのだろ。駆け寄ってみて気づいたのだが、彼女は右半身をケガしている。

 先ほど足がおぼつかなかったのはこれが原因だろう。


 それにしてもマスター?


 彼女は確かに僕をマスターと言った。

 という事は、僕はこの子の主ということだ。


 だが見当がつかない。

 僕はこの子に会ったことがないのはもちろん、見たこともないのだ。

 そもそも、現代日本でこんな銀髪少女とお知り合いなら、ちょっとした有名人にでもなれそうである。


「どうされましたマスター? あ、このケガですか? 大丈夫ですよ。見た目ほど酷いものではありませんので。それにしても危機一髪でしたね。まさかマスターに本棚が……あ、そうそう。それよりこの世界の説明をしないとですね」


 混乱する僕を尻目に、銀色少女は着々と情報をぶつけてくる。

 まずい。

 聞きたい事と聞かなきゃいけない事がごっちゃになって混乱具合がさらに加速しそうだ。


「ちょ……ちょっと待ってよ。現状の説明が欲しいのは確かだけど、まず一番の疑問を晴らさせてほしい。フーアーユー? あなたはどちらさんでしょうか? 僕を知ってるみたいだけど会った事あったっけ?」


 自分の額に人差し指を当てながら、慌てて少女の説明を遮った。

 この妙な空間の事も気になるし、僕自身がどういう状況に置かれているのか知るのも重要だが、まずは目の前の説明してくれている少女の身元を明確にしておくことが重要だろう。

 というか、彼女が何者なのか気になって他の事柄が頭に入ってこない。


「あ、失礼しました。私としては毎日のように会っていたので当たり前の事でしたので。マスターにとっては私がこの姿で会うのは初めてですからね。私の事が分からないのは無理もありません」


 また混乱しそうなことを言う少女。

 毎日のように会っている? 僕とこの子が?

 僕がまた困惑するような顔をすると、銀色少女は僕の手を離れ、姿勢よく正座してお辞儀をする。

 日本人の性か、僕も慌てて正座をして少女と向かい合った。

 どこまでも広がるワイヤー世界の中で向かい合う二人の人物。なんとも不思議な光景だ。


「私はツクモ。あなたが使うノート型パーソナルコンピューターの『ツクモ』です」


 ツクモ……ツクモ!? マジですか!?

 それは確かに僕が自分のパソコンに付けた名前だ。

 この名前を知っているのは僕しかいない。

 言われてみれば、確かにこの少女の色はパソコンのカラーとそっくりだ。

 パソコンが擬人化したら恐らくこうなるのだろう。

 しかし……。


「あ、マスター。パソコンが意思を持つなんてある訳ないって顔してますね。明確にはパーソナルコンピューターの付喪神です。ほら、物に魂が宿るっていうあの!」


 手を合わせて少し身を乗り出し、にこやかに自己主張する僕のパソコンを名乗った少女。

 まるで、これだけ説明すれば僕は理解すると確信しているような輝いた目だ。


 実際、僕は納得しかけている。

 普通の世界で女の子にこんな事言われても、ドッキリ番組か何かだと疑ってしまうだろう。

 しかし、僕を取り巻く環境が、肯定するしかないと言っている。

 そもそも、この空間自体が現実的ではないのだ。

 自分の部屋からこの不思議な世界に入り込んだ時点で、それまで培ってきた常識など意味を成さない。


 僕は少し考え込みながらも頷く。

 するとツクモは乗り出した身を引き、背筋を伸ばした正座に戻って、真面目な顔で続きを話し始めた。


「大切に使った物には魂が宿る。それが私たち『付喪神』です。この国の昔からの言い伝えですよね。私は、長年大切に使っていただいたマスターに恩返しをすべく、この世界に引き込みました」


 引き込んだ……ということは、本棚に潰されそうになった時に聞こえてきたあの声も、僕を掴んで引っ張ったあの手もツクモだったのか。

 なるほど。ツクモの言う恩返しとは、僕をあの状況から助けることだったんだな。

 ん? ということは、ここはどこだ? 

 普通の場所には到底見えないが……。


「マスターはあの瞬間の事、覚えていますか? 大きな揺れが起きて、本棚が倒れてきました。その時私は瞬時に危惧したのです。『このままではマスターが大けがを……いや、もしかしたら死んでしまうかもしれない!』と。そこで咄嗟にマスターを私の『中』へ避難させたのです。この仮想世界へ」


 仮想世界……ツクモの中!?


 僕は慌ててツクモのお腹を凝視する。

 中ってどういうことだ!? 女の子の中……微妙にいやらしい響きだ。


「ちょ、マスター! そんなにまじまじとお腹を見ないでください! 私のお腹にマスターが入っているとかそういうのじゃ……あれ? 表現的には合ってる……あぁもう! そういうのじゃありません!」


 サッとお腹を両手で隠し、顔を赤らめるツクモ。

 おっとマズい。いきなり自分のパソコンにセクハラ行為をするところだった。

 いや、パソコンへのセクハラってなんだよ? 言葉的にどうなんだ。


「こほん。先ほども申し上げたとおり、ここは私の中、つまりはパソコンのデータの中です。マスターが今いる場所は現実世界ではありません。すべてがプログラムで構成された、仮想世界です。今現在私たちがいる場所はディスクトップ。ちょうどマスターが開いていた画面ですね」


 再び姿勢を正して真面目に語りだすツクモ。

 神秘的な顔をしていながら、なかなかに喜怒哀楽が豊かだな。

 見ていて面白い。


 それにしても仮想世界か。

 いよいよもって現実離れした話になってきた。

 まぁ、ネットでよく現実世界が実は仮想空間ではないかという仮定が飛び交っていたことだし、僕が何をもって現実と断言するのは難しいところだが。


「なるほど。ツクモの説明でようやく自分の状況が理解できたよ。危ない状況だった僕を、ツクモが別世界に引き込んで助けてくれたんだね。ありがとう」


 僕は正座のままツクモに頭を下げる。

 鶴の恩返しならぬパソコンの恩返しか。

 日々、ツクモを大切に使っていて心底良かった。

 ここから出た後も、またここに来れるのなら是非とも通い詰めたいところだ。

 何と言っても、意志あるパソコンと会話出来るんだからな。


「それであの……、正直ここからが重要な話なんです」


 それまで軽快に話していたツクモが、ここにきてあからさまにしょんぼりしながら、今後の楽しい計画を立てる僕の思考を遮ってきた。

 ここからが重要? これまでの話でもうお腹いっぱい、というか僕の理解のキャパシティー限界なんだけど。


「実はですね。このままだとマスター、帰れないんですよ。現実世界に」


 …………。

 流石に頭の理解メーターが臨界点突破しそうだ。

 帰れない。え? 帰れない?


 僕はまさかこの簡素なワイヤー世界で一生を迎えるのか? 

 ツクモと二人っきりで? 

 デジタル世界のアダムとイブになり果て……いや、それはそれでありなのか?


 あまりの事に思考を巡らせ挙動不審になる僕。

 腕を組んでしきりに頭をひねり、今後の行く末を瞬時に想像できるだけ想像してみた。

 そんな僕を見たツクモは、両手を振りながら慌ててなだめてくる。


「マスター! 大丈夫です! そんな心配そうな顔しないでください! 『今』は帰れないだけです! そのうち帰れるようになります!」


 オロオロしながら僕の顔を覗き込んでくるツクモ。

 まるでパニックになる飼い主を心配するペットのように。


 そうだ。ツクモの説明は途中だった。

 話を最後まで聞かずパニックになるとは、僕もまだまだ冷静さが足りていないみたいだな。

 この状況で冷静でいろという方が酷かもしれないが。


「マスターをこの世界に連れ込んだ直後、私は本の下敷きになりました。幸いにも、起動するには問題のないくらいの損傷で済みましたが……、その衝撃で現実と仮想を結ぶ扉が爆発四散してしまいまして」


 扉が爆発四散。

 あれだ。

 最初にツクモを見付けた光景。


 確かにツクモの寄り掛かった扉は崩壊し、破片が遥か彼方へ飛び去った。

 あの扉が現実へとつながる扉だったのだろう。

 なるほど、あの時ツクモが苦しそうだったのは……。


「そういえばツクモ! 右半身のケガ! その傷は現実での損傷の影響なのか……。大丈夫なのか? 今は平気そうに話してるけど無理してるんじゃ……」


 僕は慌ててツクモの右手をとる。

 銀色のスーツの所々が赤く滲んでいるその様は、とても今まで笑顔で話してくれていた少女のものとは思えない、痛々しいものであった。


「私の事は心配無用です。付喪神として新たな生を受けた私なら、少し損傷していようが電力の補給が無かろうが、活動を維持することは可能ですから」


 そっと僕の手を自分の右手から剥がし、僕の膝へと返してくるツクモ。

 正直、付喪神の生態など知らない。

 知っていたところでツクモに適応されるとは限らないのだが、ツクモが大丈夫というのなら、それに従うしかないか。

 少々不安は残るが。


「えっと、どこまでお話ししたでしょうか? そうそう! 扉が壊れたところですね。簡単な話、マスターが現実に戻るためにはあの扉を直さないといけないんですよ。そのために四散した扉の破片を探しにいかなければなりません」


 ほうほう、まるでゲームのクエストみたいなお題が平然と提示されてきた。

 流石仮想空間。こういうところまで定石に則った仕様なんだな。

 少々面白くなってきたじゃないか。

 今後の指針が定まるというのは不安な状況でも前向きになれる。


「なるほど。破片さえ集まれば、僕は帰れるんだね。それじゃ探しに行こうか。これだけ何もない空間なんだ。何かあればすぐ見つかるだろう」


「あ、破片はこの空間にはありませんよ?」


 早速破片を探すために立ち上がる僕に、すかさず一時停止をかけてくるツクモ。

 これまでの説明で事態を気楽に考えていた僕は、急に嫌な予感に襲われる。

 この空間に、破片が無いだと?


「破片はこのディスクトップから直接行ける世界。つまり、マスターがショートカットを作った世界に飛び込んでいってしまったのです。ここにある直通扉。そこを突き破って色々な世界に……」


 ツクモの言う色々な世界。

 それは恐らく、僕が頻繁にプレイするゲームの世界を指しているのだろう。

 わざわざいくつかフォルダを経由しなくてもたどり着けるショートカットファイル。

 ディスクトップにはそれがいくつも並んでいるのだから。


 探し物はそこに飛び込んでしまったということだ。

 僕は思わずガックリとうなだれる。

 広大な世界が広がるゲームの世界から、どうやって破片となった扉を見付ければいいのか。

 それこそ、タイ焼きの山から大判焼きを探し出すようなものである。


「幸いにも、私は扉の気配を追うことができます。それに、マスターには協力者がたくさんいるではないですか。皆さんと協力して、元の世界に戻れるよう頑張りましょう!」


 かわいいガッツポーズをしながら、励ますように意気込んでくるツクモ。

 しかし……協力者か。僕には協力者がたくさんいるのか。

 ツクモは本当に何の脈絡もなく新しい情報を次々と出してくるな。


 常識的に考えれば、初めて来る空間に知り合いがいるわけないじゃないか。

 それともツクモのような、意思を持った何かが他にもいるというのか?

 いや……もはや考えるのをやめて、素直にツクモについていけばいいんじゃないか? 

 実際、常識から外れたこの空間で僕の常識が通用するはずもない。

 しばらく言われるがままに流されてみよう。


「それではえっと、この扉ですね。丁度この世界にも扉の破片は飛び込んでいます。誰かが見つけて持っていてくれると嬉しいんですけど」


 そう言いながらツクモは後ろを向いて手をかざす。

 すると、どうだろう。

 何もなかった空間に光る粒子が集まりはじめ、光り輝く白い扉を形作っていく。

 それはまるで、最初に見た現世への扉のよう。


「さあ、行きましょうマスター。フリー2D格闘ゲームエンジン『メビウス』の世界へ!」

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