1 世界を渡る者1
23時59分50秒。
自分たちの拠点世界であるメビウス。
その緑の庭に足をつける、僕と兎の獣人であるルーミィ。
後ろを振り返ると、漏れる光をかき消しながら転移門は閉ざされた。
「…………くっ」
だが、ルーミィがおもむろに振り返り――――転移門に向かって体当たりした!
「開いて! 開いてよ! マスター! この扉を開けてください! 皆さんが……皆さんが!!」
「ルーミィ! やめるんだ! 今戻れば君も……」
ルーミィの押す力によって扉が少し開き、光が……マズい!
僕はルーミィを抱えて、ゲートから力いっぱい引きはがした。
その勢いで、二人一緒に後ろ向きで倒れこんでしまう。
「いやぁぁぁぁぁ!! ツキミさん! ツキミさぁぁぁぁん!!」
時刻は午前0時。
扉が完全に閉まると同時に、漏れ出ていた光もスゥっと消え去った。
「やだやだやだ! あぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
再度駆け出し、転移門に張り付くルーミィ。しかし、その扉はもうピクリとも動かない。
当然だ。その向こうには、もう何も無いのだから。
寝ころんだ状態のまま、ゲートを夢中で叩き続けるルーミィを見つめる。
この選択で本当に良かったのだろうか。
「なぁ、データであるキャラクターたちには魂ってあるのか? このプログラムの世界に
は、リアルのような感情があるのか?」
僕は、近くにいる神に近い存在に尋ねてみた。
この世界に入ってから、ずっと疑問に思っていたことだ。
「それはご自分の目でお確かめください。目の前にいい判断材料がいると思いますが?」
体を起こすと、転移門にしがみつきながら座り込むルーミィが視界に入る。
まだ大きな声を上げ、涙を流しているようだ。
なるほど。声の主はあれで判断しろというのか。いいだろう。
そういう答えでいいんだよな?
この世界で僕が見た答え。それは…………。
~時は遡り 某県 某市 とある山の山頂~
今日は黄砂だろうか。日が傾き始めているというのに夕焼けは見えない。
空一面が真っ白だ。
月のように怪しく誇張する白く輝く太陽の様子が、普段なにげなく見る曇り空とは違うものだと物語っている。
僕が今立っているのは、自宅近所の山の頂上。
走って数分で登り切れるくらいの小さな山の上にある公園だ。
ここは、不変的日常に彩りをつけるために行っているランニングの折り返し地点である。
いつもは山頂にポツンとあるベンチで一休みした後にすぐに下り始めるのだが、今日はその場を動くのがもったいないほどの景色を目の当たりにした。
周りに桜が咲き乱れ、時折吹く強い風で花弁が一斉に舞い上がる。薄暗くなりつつある空に吹き荒れる桜吹雪。
「綺麗だ……」
誰もいない山頂の広場。
その中に僕一人だけが立ち、目の前の光景を独占している。
真っ白な空。真っ白な太陽。
咲き誇る桜さえも白く見え、まるで幻想の世界に迷い込んだ……そんな錯覚を抱くような景色である。
「マ……ター…………」
「!?」
誰かの声が聞こえた気がした。
誰もいないはずの広場から微かに聞こえた。
急いで周りを見渡すとそこに……確かに『誰か』がいた。
白を基調とした黒の模様の入る着物を着ている、銀髪ショートの女の子。
歳は18くらいだろうか。
静かに僕を見据えるその神秘的な姿は、まるで物語の世界から迷い込んできたような不思議な印象を受けた。
だってそうだろう。
現代日本で銀髪の女の子と出会うなんて、そうそう無いことだ。
そんな子と人気のない山の広場で出会うのだから、不思議な感覚を抱いてもしょうがない。
「どうも、こん……」
僕が挨拶しようと声をかけた時だった。
急につむじ風が起こり、周辺の地に落ちた花弁を全て巻き上げ、目の前の風景を飲み込んでしまった。
あまりの風に、両腕を顔の前で組んで咄嗟に目をつぶる。
だが、突風はその一瞬で終わり、周辺は瞬く間に元の静寂を取り戻した。
さわさわと揺れる桜の木。
地面には花弁が舞い落ち、雪景色の様。
空は相変わらず真っ白だ。
何もかもが元に戻った風景の中に、ただ一つの変化がある。
あの子がいない。
さっきまでいた銀髪の少女。
その姿は、花弁の中に散ってしまったかのように山頂の広場から忽然と消え去ってしまっていた。
いや、もしかしたら『いない』状態の方が現実的に正しかったのかもしれない。
よくよく考えれば、こんな田舎の山の中に、あんな神秘的な人物がいるはずがない。
僕の見た幻覚、もしくは「こんな風景の中なら不思議な人物と出会えるかも」という妄想からうまれた産物だったのかも。
そう考えると恥ずかしい。
僕は現実と想像の区別もつかないのか。
両手で顔をはたき、屈伸をして体の状態を確かめる。
よし、しばらく景色を見ていたおかげで、すぐ走り出せるまでに体力は回復しているっぽい。
額に流れていた汗も風に流され、今なら全力疾走を維持したまま山の麓まで駆け下りれそうだ。
今日はこのままノンストップで山を降りてしまおう。
心に帰りの走路を思い描き、一気に僕は走り出す。
山頂の広場を抜ける前にちらりと桜の舞う木々を見ると……やはりそこには誰もおらず、ただただ桜が風に吹かれながら花弁を散らせている風景だけが残っていた。
~自宅~
「さて、今日も作業に取り掛かるか」
自室に到着した僕は、何をするより先にパソコンの電源をポチッと押す。
なぜそれが一番か。
理由は簡単。何年も使っているノート型パソコンで、起動するのにやたらと時間がかかるからだ。
そのため、とりあえず電源を押して着替えや手洗いなどを済ませる。
待ちながらぼーっとしている時間が苦行だからね。
(今日もちゃんと動いてくれるかな。また途中でフリーズとかは勘弁願いたいけど)
そう思いながらパソコンの前に腰掛ける。
型が古いため、新しめの重いソフトを使おうとすると、作業の途中で動かなくなることが結構な頻度で起きていた。
長い時間保存せず、途中で強制終了せざるを得なくなった時など、軽く昇天しそうになる。
それでも、今のパソコンは昔からあったアプリを何の問題もなく全て使えたため、なるべく新しいパソコンには取り換えたくなかったのだ。
新しいパソコンに変えると、使えなくなるアプリが発生しそうだからね。
そこで僕は、この長年起動しながらも頑張っているパソコンに「ツクモ」と名前をつけて大切に使っている。
このツクモが僕のネットでの活動の生命線なのだから。
正常に起動し、ディスプレイにパスワード認証画面が表示される。
そこへ、僕だけが知る合言葉を入力し、エンターキーを押してディスクトップへ……画面が切り替わったその時だった。
遠くから聞こえる地響き。
少しずつ揺れだす家の床。
「これはまさか……地震!?」
咄嗟に危険だと判断した時には遅かった。部屋は大きく揺れだし、僕めがけて近くにあった本棚が倒れてくる。
「あ、まず……」
「マスター! こちらへ!!」
「え?」
あまりの危機的状況からか、コマ送りのように見える部屋の中で、高速処理する脳がありえないものを目撃する。
どこからともなく伸びた手が僕の腕を掴み、どことも分からないところへ引きずり込んだのだ。
2019/06/12
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