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初めてのひと

作者: ごま豆腐

かなり思いつきに書き始めた短編。計画性の無い性格が表れてます。すみません。


 君に初めて会ったのは、白い壁の中だった。


 初めて会った君は、今にも消えて無くなりそうな、普通の、ただの人間だった。


「……ねぇ、貴方、もしかして、死神?」


 今にも折れそうな指で、私に触れ、今にも消えて無くなりそうな笑顔を私に向けて、君はそう言った。


 この時、私は君を無視して、そのまま君の命を終わりにしていれば良かったのかもしれない。

 ただ、君があまりにもその時の私の存在とかけ離れた事を言うものだから、今にも消えて無くなりそうな君が、私に向けた皮肉に聞こえたんだ。


 だから、愚かにも、歳を無駄に重ねただけの私は、今にも消えて無くなりそうな君を揶揄りたかった。

 何か君の皮肉に仕返しをしたかった。

 ただ、有限の時を生きている君が、それだけで憎く、羨ましかった。


「……私が死神だと? むしろ、そんなものとは全く縁がない」

「では、天使様……?」

「君の首に触れる牙は、君が逃げようとするその前に、あっという間に君を殺す事ができるというのに、その私が天使だと? 君は、一体私を何だと思っているんだ?」

「分からないわ。だから、聞いているの」


 ベットの上の君の呼吸は、笑うだけで苦しそうなのに、私に優しく笑いかけてそう答えた。

 その言葉を聞いて、私は、彼女の首にかけている手を離し、そのまま、彼女の横に寝転がった。

 寝転がると、彼女のシーツから甘い花の匂いがした。


「少なくとも、死神でも無ければ、天使でもない、ただ、――人では既に無いがな」

「――貴方様のお名前は?」

「――さぁな……私の名も、存在も既にこの世界では、歴史ですら無い、お伽噺の様なものだ」

「……――では、貴方様は、……お伽噺の、王子様という事ね」


 君は、楽しそうにそう言った。


 私は、その時、久しぶりに笑いたくなった。

 私を王子と呼ぶ存在はもう何千年も前に消え去っていた。


 だから、私は、『王子』という、その懐かしい響きに、昔を思い出し、それを与えてくれた君の話しを、もう少し聞いても良いような気がしていた。

 私を人であった頃に一瞬でも引き戻してくれた君の言葉を。


「そう……だな。確かに、王子と、そう呼ばれていた頃も有ったか」


 自嘲しながら、そう答えると、君は、私の方を向いて、目をキラキラさせ、私に言った。


「王子様、ここで貴方様と私が出逢えたのは、神の采配……いえ、運命だと思いますの。ですから、私が話せなくなる後少しの間だけ、私の王子様として、私の恋のお相手になってくださいませんか?」


 君は、目を輝かせてそう言いながらも、その胸のあたりに握られていた手が少し震えていたのを私は、ただジッと見ていた。


 いつもの私なら、きっと一蹴したに違いない。何をくだらない事を、と。

 だが、この時の私は、今にも消えて無くなりそうな君の図々しくも、精一杯の言葉に、少しだけ応えて上げても良いような、そんな優しい気持ちに久しぶりに成っていたのだ。


 今思えば、きっと、私は、この時から、君を好きだったのかもしれない。

 それとも、君が『王子』と呼ぶ事で、私が、人であった頃の気持ちを少しだけ思い出しただけなのかもしれない。


「いいだろう。その代わり、君は、毎晩、この部屋に来る私を何でも良いから楽しませろよ?」


 私は、頷くと同時に、その言葉をただ思いつきに言っただけだった。


 今にも消えて無くなりそうな君に私を楽しませる事なんて、無理だろうと思っていた。

 でも、何の代償も無く、君の願いを叶えてあげられるほど、私が生きてきた過去は、生きてきた年月は、長すぎ、残酷で、残忍で、過酷だった。

 だから、無償の優しさを、君に上げる事が出来なかった。

 ただ、頷くだけの優しさが、あの時の私には持てなかった。


 何も見返りのない恩は、何れ、何倍にもなって、自身を傷つけるだけだと、経験からそう思っていたから。


「有難う。こんな図々しいお願いを聞いてくれるなんて、なんて素敵な私の王子様なの」


 君は、そう言って、目元を少し緩めた。


 消えそうな君のその微笑みなのに、未来を諦めない君の強さが溢れ出ていて、眩しかった。


「しかし、王子、と君は言うが、私は今君をこの手で殺そうとしていた所だ。今更だが、その名称は改めた方が良いだろう」

「ふふふ、そんな事無いわ。だって、王子様は、お姫様を眠りから覚ますのが役目ですもの。私は、貴方(おうじ)様の口づけで目が覚めたのだから、王子様、で有っているでしょう?」


 君は楽しそうにまた笑ってそう言った。


 私は、それを横目で見た後、横向きに寝た状態で、ひじを曲げた片方の腕で頭を支える姿勢になり、言葉を続けた。


「王子様……ねぇ。君は、お伽噺の王子を信じているのか?」

「信じているも何も、今目の前にそのお伽噺の王子様がいらっしゃるから、信じるしか無いわ」


 君のあまりにも疑いの色が見えないその言葉に、私は酷く驚いた。

 だから、訝しみながら、彼女の言葉の意図を探るように尋ねた。


「それが、私だと?」

「ええ、お伽噺の様に、優しくて、強く逞しくて、それでとってもハンサム。絵本に描かれた様な金の髪に、青い瞳では無いけれど、貴方の漆黒の髪も深紅の神秘的な瞳も、とても素敵だわ」

「……君の国では、命を狙う輩を王子と呼ぶのか? この黒髪を災いと呼ばれても、王子と呼ばれる事は久しく無かったが?」

「災いは、人の心が齎す不安の表れよ。ただの人に、人々を破滅させるなんて、そんな事出来ないわ。だって、人は思っているよりも強い生きものだから。だから、私も貴方に簡単に殺されたりしないわ。それに、私は、貴方を利用する悪い女なのだから、王子様」


 君は苦笑しながら、そう答えた。


 きっとこの少女は、聡いその頭で、私が何者で、何の為にここにやって来たのか知っている。

 知っていて、私に殺されないと虚言を吐くのだ。

 私をただの人、と言い切って。

 そして、まだ、成人にも満たないだろう、その体の最後を、少しでも満足出来るように、私を王子様と呼び利用してるだけなのだ。と、だから、同情は、優しさは、必要ない。ただ、この遊戯に付き合ってくれ、そう言われている様な気がした。


「……私が人に見えるのか。――全く、この国のお姫様は、本当に厄介な存在だな」

「私を厄介というのは、ただ、私を知らないからよ」

「そうだろうか? 厄介でないなら、わざわざ私は、君の元にやって来て、君の命を奪わないはずだが?」

「命を奪うより、もっと簡単に私を役立たずにする事が出来るわ。――こうして目の前に王子様を寄越して、私の心を一瞬の内に奪って下されば、私はきっと、あっという間に愚かで役立たずな女に成り下がるわ。私は、恋をまだ知らないけど、きっと貴方に恋をして、愛を知るわ。いいえ、知るべきなのだわ。そして、あっという間に役立たずになるのよ」


 君は、頬を赤くして、私に恥ずかしそうに笑いながら、そう言った。


 その言葉が、その笑顔が、消えて無くなりそうな君の存在が、その時は、ひどく印象に残って、君の部屋を出た後も、君の事ばかり考えていた。


◇◆◇◆◇




 君の王子になると約束した次の日から、私は約束通り君の元に毎晩現れた。


 今日は一体何度目か、毎晩、君の元に訪れる度に楽しませようとしてくれる君の優しさに、私は知らずうち心を許し始めていたのかもしれない。


 その証拠に、いつの間にか私の訪問に君は、喜んでくれるだろうか? と、忘れかけていた、誰かに会う時に得られる、緊張と期待に胸を踊らせる様になっていた。

 ベットの上に寝ている君の横に腰をおろして、私は、その白い陶器の様な頬に触れて、優しく話しかけた。


「やぁ、元気かい? 姫君」


 私は、滑稽と分かりきっていても、恥ずかしげもなく、久しぶりに王子を演じて上げようと思っていた。

 君がきっとそれを望んでいるのだろう、と思ったから。


 君は、閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げて、私に微笑んでくれた。

 それだけで、私は何故だか、君への優しさを与える以上に、此処に居て、君の王子役をする意味が有るような気がした。


「まぁ、王子様。今日は、お早いのね」

「ああ、君の顔が早く見たくてね」

「私、まだ化粧もしておりませんわ。あんまりお早いと、素顔を見られて、恥ずかしいですわ」

「君は、いつだって美しいから、そんな事は心配する必要が無いよ」


 私と君が会うのは、つい最近の出来事なのに、私達の会話は、随分昔から知り合いで、先日出会ったより以前から恋人であったかのように、いつの間にか、お互いそう振る舞っていた。


 君はその事を何も言わなかったし、私も君の王子として話し相手になると約束したのだから、とそれをやめる気には無れなかった。

 だから、不思議にいつも私達二人しか居ない部屋で、会話に意義を唱える人は、誰も居なかった。


 君がゆっくりと身体を起こそうとするので、私は、君の身体を支えるように脇に手を回して、君の身体を私に寄りかからせた。


 初めて会った時は、君は自分の力で起き上がる事が出来たのに、知らぬ内に、君の身体は、君の意志を無視して、蝋人形のように固くなっていった。


「ふふふ。私こうやって、誰かにこんなに近くで、触れたのは、初めてですわ」


 少し恥ずかしそうに、顔を背けた君がそう言った。


「貴女は、私の運命の人らしいから、初めては、私が全部奪うという、神の采配なのだろうね」


 君の命を奪いに来た翌日以降、私は、こうやって、君の隣で睦言を囁いた。

 それがどんなに滑稽でも、君は、すぐにでもその命の灯火を消してしまいそうだったから、道化師のように、君の望む王子様を演じたかった。


 私が、何故この少ない時間、この少ない会話でそう思ったのか、分からない。


 ただ、初めて会って以来、君の言葉や笑顔をもっとみたいと、心が、久しぶりに高揚し、彼女の笑顔に頬が緩んだ私がいた。

 だから、君とこの関係が終わるまで、私の側では、いつも笑顔であって欲しいと思っていた。

 君が私を楽しませようとしてくれるのと同じ様に。


「それって、とっても素敵な事ね。私、王子様と出会ってから、毎日が本当に楽しいの。何も私の身体は変わらないのに、不思議よね」

「私も不思議だよ。会う度に、君の表情が豊かになっていくから」

「まぁ、それって慰めかしら? 例え慰めでも、この動かなくなる身体も、少しは役に立つわ」

「どうしてだ?」

「私の侍女が言うにはね、世の中の男女が寄り添うには、沢山の理由と偶然という名の必然が、絶対、絶対、必要らしいの。でも、私は、そんな理由や偶然が無くても、王子様に触れてもらえるわ」


 ニコリと君は、恥ずかしげもなく、言うのだ。

 私は、君のその言葉に、年甲斐も無く、挙動不審になった。

 何と反応するべきか分からなかった。


「ふふふ。こういうのを役得というのかしら?」

「病が役得か? 君は、出会った頃から変わっているな」

「そうかしら? 私がもし健康であったなら、きっと他の女の子と変わらないわ。私を変わった者にさせているとしたら、この病のせいね。……――だから、やはり、私は役得なのよ」


 君は何か含むように笑いながら、そう言った。

 ――今でも思うが、病なんか無くても、やはり、君は変わっているよ。


「では、その変人の姫は、今日こそ私に白旗を上げる気になってくれるかな?」

「まぁ、変人だなんて。それに、私、負けるのは嫌いなの。今日こそ王子様にギャフンと言わせてみせるわ!」


 意気揚々と、君は私にそう言って、サイドテーブルの上にあるチェスボードをお互いの足の上に載せ、私達は夜の間、君が眠りにつくまでチェスをした。


◇◆◇◆◇


 私と君の妙な関係が続いて2ヶ月過ぎた頃、とうとう君は自分の力て起き上がる事が出来なくなっていた。


 君は、ある晩言った。


『もう、此処には来ないで下さい』と。


 「どうしてだ?」と、尋ねれば、


「私が愛を知る前に病が私から全て奪って行こうとするから、きっと王子様の事も何もかも、呼吸する事すら忘れ、そして、私は、今の幸せも、貴方という存在も何も持たずに死んでいく事になるのだわ」


 この時、私は、君の泣き顔を初めて見た。

 いつも笑顔の君の美しい瞳から流れる雫を、私はただ、ただ、美しいと、そう思ってしまった。

 慰めとも、肉欲でもなく、ただ、君を愛して、君という存在を崇拝していた私に、君がみせる涙に、私は何も抗う事も受け入れる事も出来ず、立ち尽くすだけだった。


 何千年と生きてきたのに、少女一人、まともに救う方法すら知らない愚かな私だった。


 いや、救う方法は知っていた。


 ただ、私は、それを実行したく無かった。君に私と同じ苦しみを与えたくなかった。


 立ち尽くすだけの私に君は、言葉を紡いだ。


「それか――王子様が初めて私に牙を剥いた時の様に、私の血を貪り食って、今すぐ貴方様のものにしてください」

「それは、今すぐ死にたいという事か? それが、君の望みだと?」

「私の望みは、この病に侵されたときに全て叶わぬものとなりました。せめて、誰かを好きになってみたかったけれど……。――――王子様は、いつも素敵なのに、私は、……――王子様に相応しい物語のお姫様には成れなかったわ」


 君の瞳に再び、涙が溢れてくる。


「君は、愛を知りたいのだろう?」

「ええ、そうよ。私は、愛を知って愚かな女になるべきなの。でも、私が愛を知る前に、私は、近く、病によって、愚かな女に成り下がるわ」


 彼女は、自分の意志で、もう涙を拭う事すら出来ず、ただ、ベットのヘッドボードに寄りかかって、首を少し背けるだけだった。


「私は、君に……君は……」


 何を言えば良いのだろう。この、強く美しい人に、私は何を言えば、君を救えるのだろう。


 考えても、考えても答えは出て来なかった。


「王子様、私の願いは一つだけですわ。もう、此処にはいらっしゃらないで下さい」


 君は、流れそうになる涙を堪え、毅然としてそう言った。


 出会ったときからそうだった。


 君はいつも私に優しい。



◇◆◇◆◇



 君と手を繋いで歩いく夜の街は、街の明かりがキラキラ輝いている。


「ねぇ、王子様? 私達、そろそろ名前を教え合うべきではありませんか?」

「そうだね。君の名は、何というのだろう?」

「私は、エマ、と言いますの」

「エマか……それは、素敵な名前だ」


 私が微笑むと、彼女は慣れない足取りで、私の腕に手を回して言葉を続けた。


「王子様は何と仰っしゃられるの?」

「私は……レグルスと……」


 恥ずかしさに、目線を反らせて、答えると、彼女の驚いた声が聞こえてきた。


「まぁ! 本当に王子(レグルス)様でしたのね!!」

「……駄洒落みたいな名前で、言いたく無かった」

「あら、素敵なお名前ですわ! レグルス様?」


 彼女はそう言って、私の隣で笑っていた。


 もう彼女のその笑顔は、今にも消えてしまいそうな儚さは無くなっていた。

シリアス……苦手なようです。

にも関わらず、何故またシリアス設定思いついたのか……。


最後のやり取り……駄洒落ですね。すみません。シリアスぶち壊しですね。すみません。

元王子な王子レグルス様という完全な駄洒落が落ちってどーゆー事。

もっと色々、落ちに相応しい場面が何故書けなかったのか。……アイデア貧困ですね。

精進します。


ごま豆腐

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