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狐、或いは出会い

思い出せる記憶は少ない。

自分の名前も、生まれた場所も、年齢さえも分からない。

ただ覚えているのは自分が男だったことと……


――――――――――


「ぐ……ぁ……」

声が聞こえる、音が潰れたような声が。

眼前はぼやけていてよく見えない。

誰かが目の前にいて、手を伸ばしているように見える。

そして苦しくて息ができない。

首を絞められている。

そう感じた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

苦しそうな誰かの声。

これも、自分の声なのだろうか。

薄れいく意識の中で、擦り切れた記憶の中で。

たしかに自分は死んだのだと、そう実感した。




暖かい風が頬を撫でる。

揺り起こされたかのように自分は目覚めた。

ここは一体何処なのだろうか。

周りを見渡すと大きな鳥居、真っ赤で巨大な鳥居が目に入る。

「……神社?」

なんで神社に自分はいるのだろうか。

そもそも自分は誰だ?

なんでこんなところで倒れているんだ?

思い出そうとしても、思い出せない。

まるで白いキャンパスを見渡すかのように、自分の記憶はどこかに行ってしまった。

ただ覚えているのは、自分は男だったこと。

そして自分は何者かに殺されたこと。

胸糞の悪い記憶しか覚えていないことを確認し、肩を落とす。

その時、違和感を覚えた。

何かとてつもなく大きな違和感。

胸だ。

胸がある。

人間だ、胸がそこに存在してて当然なのだが。

『男にしてはやたら胸がでかい』

つい首を傾げてしまう。

違う、これは自分の身体じゃない。

直感がそう告げていた。

試しに体をまさぐってみる。

お尻は、大きい。あとなんか付いてるな。

くびれもある。

そしてやはり、胸が大きい。

「……女みてぇな身体だ」

そう呟いた声も、なんかやたらトーンが高い。

いやまさか。

そんなはずはない。

「…………」


俺、記憶喪失で女体化しました。




「……うわぁ!?」

後ろから大きな声が聞こえる。

振り向くと袴を着た少年が箒を落とし驚いている。

「あぁごめんなさい。俺……気がついたらここにいて……」

「と、というかなんだそれ!」

「ん?」

少年が俺の頭を指さして声を上げる。

なんか頭に付いているのかな。

あった。

三角で、モフモフしてて。なんていうかこれ……。

「……耳?」

耳、しかもこれは獣の耳だろうか。

そんなものがなんで頭に。

「……とにかく鏡かなんか見せてもらえません?」

向こうも混乱してるだろうがこちらも混乱しているのは同じだ。

少年の好意で手鏡を持ってきてもらった。

「ひぇっ」

驚く声を出してしまう。

それもそうだ。

頭の上に乗っていたのはまるで狐の耳。

そして尻になんか付いてるなと思ったらそれは狐の尻尾だった。

「……モノノ怪?」

「いや、こっちが聞きたいんだが」

こちらを警戒しながら見ている少年は俺に問いかける。

申し訳ないが俺も少年の問いに答えられる答えは持ち合わせていない。

そもそも自分が誰で、なんでここにいて、しかもこんな人間離れした格好をしているのか分かってないんだ。

「しかもよく見たら俺も袴着てるじゃん」

「うん、そうだね」

「俺も神社の息子だったりしない?」

「うちの家族にそんな人外いないし、そもそもお前女じゃん」

確かに。

今の自分は女だった。

でも女になる前はたしかに男だったはずなんだが。

それ以外を思い出せない以上、その記憶も正しいのかどうか怪しいが。

「とにかくお話をさせてほしい」

「なんのお話さ」

「今の自分の現状について話させてほしい」

そう言って神社の敷地内の少年の家に入れてもらう。





「おー、神主生活して長いこと経ってるが本物のお稲荷様は見たことないぞ」

「いや、そういうわけじゃないと思うんだけど」

家に入れてもらって迎えてくれたのは男性一人と女性二人だ。

うち女性一人は助成というより女の子か。

少年とあんまり年齢は変わらないように見える。

「ハハハ、コスプレイヤーってやつ?」

「いででででで!」

軽く笑いながら女の子は俺の耳を引っ張る。

めっちゃ痛いな、これ

「んで、自分の記憶は殆ど無くて気が付いたらこの神社の前に倒れてました、と」

女性は深く考えながらこちらを見る。

なにか思い当たる節でもあるのだろうか。

「父さん、せっかく出しウチで養ってあげられないかな」

「うぇ!?」

まず俺が驚く。

見ず知らずで名前すら名乗ってない俺を養ってくれるなんて微塵も思ってなかったからだ。

「ボクは賛成だよ、なんかモフモフでいい感じだしー」

女の子の方はまるで何も考えてないような声で賛成してくれる。

ありがたい、ありがたいのだが……。

「いや、あの。マジでいいんですか?自分金も持ってなければ名前すら覚えてないんですよ?怪しまないんですか?」

「ふーむ、まぁもう一人養ってもいいくらいにはみんな稼いでるしなぁ」

「いや、でも……」

「それに」

そう言って『父さん』と呼ばれた男性が自分の肩を掴み、耳元で囁く。

「君からはただならぬ力を感じる。つまるところ『人外』の力が君に宿っている可能性がある。そんな人間らしきモノをこの街に無責任に放つわけにはいかないからね。神社の神主として」

そう言って耳打ちされた内容は、あまりにも非現実的で。

そしてあまりにも今の状況を裏付けるような話だった。

そういうことであれば、自分が男から女に変わってしまったことも何となく頷ける。

ただ何故自分がそんな風になってしまったのか。

そもそもそのきっかけは一体なんだったのか。

そこで思い出すのが、『殺されたような自分の記憶』だった。

もしかしたら自分を殺した相手を探せばこうなった訳も、そして男に戻る方法も分かるかもしれない。

「……自分、こうなったきっかけみたいなのが分かるかもしません」

「本当かい?」

そう言うと男性は肩をバシンバシン!と叩く。

「そういうことであれば話は早い。その原因とやら、一緒に見つけようじゃないか」

そう言うと男性は俺から離れていった。

流れがよく分からない、という顔をしつつも少年はやれやれと言った顔で話しだした。

「とりあえず自己紹介から、俺の名前は『四季冬次』で、この姉弟の中で末っ子だ。俺が一番お前と年が近いかな。よく分かんないけどこれからよろしくな」

少年、冬至の後ろから女の子がひょこっと顔を出す。

「ボクの名前は『四季秋葉』だよ!これからよろしね、キツネちゃん!」

なんだかよく分からないあだ名をつけられてしまったが、まぁいいか。

「そして私は姉弟の一番上、長女の『四季春菜』だ。これでも学校で教師をやっているんだ」

教師か、すごいな。

オーラが他の二人とは違うと思ったのは春菜さんが成人してるからなのかな。

「そして私が一家の大黒柱、父の『四季月花』だ、よろしくな……あー、えっと。名前が思い出せなかったんだっけな」

そう言うと悩んでしまった。

確かに名前がないのは非常に不便だ。

「よし、君の名前は今日から『藤原小町』だ。どうだ、いい名前だろう」

「ま、父さんにしてはいい感じなんじゃないか」

ハッハッハと笑う月花さんを尻目にため息をこぼす春菜さん。

「いや、名前ってそんな簡単に決めていいものなのか!?」

「まぁ、いいんじゃない?」

あまりの流れの軽さから驚く冬次にまぁまぁと諭す俺。

まぁ、楽しそうだし。ここでお世話になろうかな。

自分は一体何者なのか、その答えが知りたい。

こうして俺は改めてこの『四季家』にお世話になることになった。


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