裸の王様
「だから王様、裸だって。周りの人も、教えてあげればいいのに」
出向先で出会ったその後輩の第一印象は、『学歴だけ立派なのび太』だった。
W大に一浪で合格。運動音痴で小太り。近眼でメガネ。朝に弱く、遅刻の常習犯。趣味は食べ歩き。
「ボクはエリートなんで、仕事しなくていいですよね? 先輩、代わりにやっといてくださいよ」
「お前の歪んだ選民思想は分かったから、いい加減働けよ」
そんな不毛なやり取りを、今まで何度繰り返してきたことか。十回超えたか?
『最近のW大は、ギャグまで教えてんの?』
と、最初は冗談だと思っていたのだが、どうやらヤツは本気のようだ。
『ボクはエリートなんだから、特別待遇をお願いしますよ』
と、マジで主張しているのである。かなりの重症だ。
ゆとり教育、新人類、宇宙人――。
様々な言葉が、頭のなかに浮かんでは消えてゆく。
「お前みたいなのを、“裸の王様”って言うんだよ」
吐き捨てる。
「低学歴には見えない服を身にまとってますよー、とか調子こいといて。王様服着てない、裸だよってオチだ」
「なんですかそれぇ!? ボクはW大ですよ」
「だからねぇんだよ、低学歴には見えない服なんてもんは。そろそろ目を覚ませ」
「これだけ言ってるんだから、いい加減、ボクの仕事を代わりにやってくださいよ」
『いい加減にするのはテメェだ! 殺すぞボケ!』
と、喉まで出かかって止めた。言ってもたぶん無駄だ。
下手をするとコイツは、親や教師から叱られた経験がないのかもしれない。一流大には、けっこうそういうのがいるらしい。
ましてやそれが、スーパーフ――もとい、W大のイベント系サークル出身では、一般的なモラルなぞ持ち合わせてはいまい。
しかし、そういった現代教育の不備を、オレが補ってやる義理はない。
「オメェの病気は分かったから、これ以上仕事の邪魔すんなよ」
こっちはただでさえ繁忙期で、残業がかさんでいるというのに。
「そういう話は家でママとしな、坊や」
「だからぁ、先輩がボクの言うこと、なんでも黙って聞いてくれればいいんですよ」
なんでだよ!? アホか。
「どうしてそうなる。じゃああれか。仮にお前がダッシュでジュース買ってこいと言ったら、オレはジュース買ってこなきゃならんのか!? そんなわけないだろ。その時はジュースの代わりに、パンチくれたるわ」
オレはお前のドラえもんじゃねぇ! 問題を丸投げしようとするな。
それに、以前にオレが空手の黒帯持ってる話したの、コイツは忘れてんのか? その時に、オレらの戦力差は下手をすれば、大人と小学生以上だと説明してやったはずだが。納得してなかったのか。
「お前は病気だ、病院行け。もう手遅れっぽいけど」
「なんですかそれ!? ボクはW大でエリートですよ」
「エリートだってんなら、人一倍働けよ。凡人とは次元の違う圧倒的なパフォーマンスを見せつけてこその、エリートだろうが。お前のどこが、エリートだってんだ」
「一流大学出てれば、エリートでしょ」
おいおい。駄目だコイツ。
「ボクW大、とか言って学歴自慢してるのがエリートじゃねぇよ。だいたい自分で自分をエリートとか言うか、ふつう」
コイツは、“無能”という名の病気にかかっている。マジで病院に行ったほうがいい。
いや……。
こうなったらもう、オレがこの手で直に病院送りにしたほうが、いっそてっとり早いのでは?
あー、そうか。それもありか。
『One bad apple spoils the barrel(ひとつの腐ったリンゴが樽全体をダメにする)』
とも言うし。
腐ったリンゴは、早めに処分したほうがいい。会社のためにも。
今は深夜で、オフィスには二人きり。
そうだ。気絶させて裸にして、それをデジカメで撮って、ネットに晒すと脅せば――。
怪我をさせてしまっても、オヤジ狩りに遭ったとでも言わせておけば――。
いける! 無駄にプライドが高い相手には、有効な手だ。
「うん、分かった、そうだな。素晴らしい解決方法を思いついたよ」
頷き、パンと手の平を合わせる。
「お前辞表書いて、明日会社辞めろ」
「どうしてそうなるんですか!?」
「そんなに仕事したくないなら、辞めるのが一番だろ。うん、それがいい。そうしろ」
「嫌ですよ、そんなの」
バカが。穏便に済ませてやろうと思ったのに。
「じゃあ、代わりにオレが今からこの手で、お前を仕事のない夢の世界へ送ってやるよ」
握り拳を作る。
「どういう意味ですか、それ?」
鈍いね。やっぱりアホだ。
「こういう意味だ!!」
“指導”という名の稲妻が、オレの右手から飛んだ。
「だから王様、裸だって。早く服着なよ」