本牧・タブー
本牧・タブーは最近できたわけじゃなく、十年以上前からあった小さい箱で、この国中のイカした変態どもの注目を集めるようになったのは、三年前オーナーが青髪のミツルツクってゴウツクに変わってからだ。
そのゴウツクは青髪どもの移民保護費欲しさに青髪どもの音楽? 音楽と言っていいかもわからない音が出る交信? 的なモノに使う「ピッケ」というリング状の楽器を安い打ち込みの前で演奏させ、踊らせるスタイルを確立した。「ピッケ」、私たちはリングと呼ぶけど、直径三十七センチのリングを右手で持ち、回すと、輪の中に残像のように浮かび出る花弁を左手の指で弾くと音が出る。右手でリングを回す速度と左手で花弁を弾く強さと速さで音階が生まれ、多くの花弁を一度に弾くと和音が生まれ、それが連なるとメロディーが生まれる。
安い打ち込みのBPⅯを左足のペダルでコントロールし、右手でリングを回し、左手で花弁を弾く、狭いステージから見える狭いフロアにひしめき合うモヤシの袋のようにギュウギュウ詰めの青髪たちとちょっとの黒髪の変態たち。
むせかえるほどの汗と垢の臭い。ブラッシュラッシュ中毒どもが吐く甘ったるいラムコークのような臭い。それが混ざり合い吐き気を催す渦を巻く。
青髪ども特有の肩関節が、打ち込みに合わせて筋肉をポップさせ、それが大量の虫が見せる蠢きのようで悪寒を呼び込む。
そして私はステージの上、渦の支配者で、虫の女王になる。
今晩のステージに上がるのは八人、リングがステージの上に三つ。リングはたかいから自前のヤツはみんな小型で、練習ぐらいにしか使えない。だからステージの上でみんな輪しながら使う。
八人の中で女は私一人、だから私の演奏は盛り上がるし、みんな私の演奏を求めて「ケチャ! ケチャ!」とコールする。「女だから人気がある」「たいしたテクニックもないのに」とか嫌み言うヤツはまるで分っていない。女だからいいのだ。女が演奏するからいいのだ。テクニックとかみんな気にしていない、ノれればいいし、一瞬アがれればいいのだ。それが分からないヤツに私はいつも、
「それならちんこ切れば? 胸にシリコン入れてさ、女の私より人気でるよ」
と、本質を教えてあげるのだが、大概殴られる。
一度ステージ前に殴られ、その日生理だったし、鼻血噴きながら、下からも漏れちゃって、上も下も血だらけで、それもその日、白のガットシャツに白いハーフパンツだったからより赤が目立っちゃって、ステージは大盛り上がりで、私のあだ名はケチャップまみれのケチャになった。
最低なあだ名だけどみんなこれで覚えちゃったからケチャと呼ばれても、無視せず右手を上げるようにしている。私はアイドルだから。
ドアを開けてステージに立つ。私のほかに七人、だらだらと行進、一番年上のメウロからリングを持ち、ほかの七人はだらだら。
「ケチャ! ケチャ! くれ! くれ!」
軽く投げキッス、会場が沸き、メウロが嫌な顔をしながら左足のペダルを踏み、打ち込みのキックとスネアが安っぽく始まる。
メウロが右手の親指でリングを弾き、リングが回りだす。
結構遅いな。
七枚の花弁が舞い、それから三つを指で弾き和音から。
低い感じ、こんな重く始めるのか? オープニングアクトなのに?
重く始まり客の歓声は鳴らず、それでも重い和音が続く。
花弁が三枚から五枚、また三枚に戻り、それでも遅く重い。
本当にこのまま続けるつもりか? と思った瞬間メウロが右手の親指でリングを弾く。
加速するリング。上がる音域、高音の花弁が十二枚? いや十五枚は舞っている!
BPⅯは変わらない、ただ軽やかな高音の和音、そこから高速での単音演奏。流れるような、まるで散りばめた星のかけらを片っ端から割るレーザービームのような速弾き。
地鳴りのような歓声と弾け出す筋肉、青髪の肩がボン! ボン! と跳ねる。メウロの口元が笑い、自分が渦の中心にいるってことを、引き戻したってことを私に見せつけるような口元が笑い、鼻血が出そうだ。
残り二つのリングのうち右の新しいほうを掴む。肩に少し強い衝撃、誰だか分からないけど私の二番目が気に入らないのだろう、じゃ、あんたがやればよかったじゃん! 自分で前に出ないくせにヒトが前に出るのが嫌だとかクズ過ぎてまた鼻血が出そうだ。首の後ろがカッて開く感覚、頸椎が開く感覚、私のショウを、開いた頸椎からブチ撒ける準備はできた。
リングを親首で弾く。
二回弾く。
高速回転。
舞い散る二十七枚の花弁を弾く。
全てを弾く!
ペダルをべた踏みにする。
最高速まで上がるBPⅯ。
弾ける大量の肩の蠢き。
あ、鼻血。
ケチャ! ケチャ!
くれ! くれ!
くれてやるよ全部!
ほら弾けろ!
弾けて全員死んじまえ青髪!
◇◇◇◇
ラブホのシャワーの水圧が今一だしそもそもぬるすぎてほぼ水だ。首に後ろから噛みついてくるメウロが与えてくる痛みは甘い痺れで、下半身は突っ込まれ、上は食べられて、まるでフライドチキンだ。
「気持ちいいかケチャ」
「気持ちいいよ」
「ならもっと鳴けよ! 声あげろよ!」
「気持ちいいよ!」
「もっと! ほらどうした!」
「気持ちいいよ! 気持ちいいよメウロ!」
メウロが私の髪を掴み激しく左右に振る。暴力、まるで揚げられる前に、よく叩かれる鶏肉、今から射精され、衣をつけられ、カラッと揚げられるの、そんな感じのセックスをしたあと、ベッドの上にうつぶせになった彼の腕に甘噛みしながら、リングの話をする。
「俺は黒髪だけど、オープニングアクトを任されている理由が分かるか?」
「最高だから?」
「そうだ、俺は最高で、一番リングが分かっている」
「すごいね」
「ああ、俺は青髪の肩が揺れるツボが分かってるのさ」
「揺れる?」
「ああ、あいつらの肩は弾けない、揺れるんだ」
「そう?」
「ああそれが分かればお前も俺と同じ景色が見える」
「景色?」
「ああ、全部支配して、モノクロなんだ、音だって曖昧さ、そんな景色だ」
「すごいね」
「ああ」
私が噛む力を強くすると、メロウは私の青髪を軽く、甘く、毟るように、掴んで引っ張った。
「俺は少し前を歩きすぎている、だから理解されない」
「でも今日だってオープニングアクトだよ?」
「そんなちっちゃい話しじゃねえんだ!」
「……ごめん」
「ケチャは何も分かってない、トリクなんかより俺のほうが上なのに、それが世間は分からねえ」
「トリクの曲、売れてるよね、今チャートで三位だって」
「何が三位だよ! 青髪だからってリングがウマいって思われてるだけだ! あいつは!俺より下だ!」
「ごめんなさい」
「なにも分かってねえ! 誰も! 誰もだ!」
メウロはトリクがメジャーデビューしたことが気に入らない。去年まで同じステージに上がっていたし、ステージに上がり始めたのはメロウのほうが前だし、そのころからオープニングを務めることはメウロのほうがが多かったから、気に入らないのだ。自分より下の人間が自分より上に行く。演奏技術じゃない、何か別の要素で、スターになっていく。その不条理な世界に納得できない。
いや、世界は正しく、スターになるのに必要なことが、技術以外の何かなら、技術しかない自分は、スターにはなれない。
そんな現実という鏡の前に立たされ、いくら殴ろうとも、その鏡は割れず、叫んで、苛立って、腐っている。
メウロは負け犬だ。いい形のペニスを持った負け犬。




