寝不足女子高生と森ガール叩き
三題噺『森』『メトロノーム』『悪のトイレ』
登場人物
真白(女子高生)
ゆめ(女子高生)
五蔵高校の教室、朝のがやがやとした喧噪に飛びこむ女子高生――真白。
「セーフ。おはよう、ゆめ」
ゆめは、真白が飛びこんだドア近くの席で宿題を写していた。
「あー、おはよー。うわっ、真白、髪が爆発してるよ。寝ぐせ直さなかったの? 寝坊?」
真白の髪型は水辺ではしゃぐ子供の水飛沫のようだった。
「うん。昨日の夜、遅くまでパパに仕事の手伝い頼まれちゃってさ。ふぁーあ。危うく寝過ごして遅刻しちゃうところだった」
教室の壁にかけられている丸時計は始業五分前を切っている。
「真白のお父さんって何の仕事してるんだっけ?」
ゆめの質問に、真白は寝ぐせを直したいと思いながらも答えた。
「調律師だよ」
「すっごい。ピアノとか大きなピアノとかすっごい大きなピアノとか調整する人でしょ」
「ゆめの頭はピアノをどう区分してるの」
「それとミステリーで最初は筆頭容疑者扱いされるんだけど実は違うことが中盤にわかって、でもやっぱり犯人だったりするお仕事」
全国の調律師が聞いたら訴えるレベルで偏見甚だしかった。本屋大賞にも選ばれた宮下さんの小説を渡して読ませようと、真白は思った。
「調律師といっても、ピアノじゃないよ」
「じゃあ何を調整するの? オーケストラの人間関係?」
そんな胃がキリキリするお仕事だったらパパに頼まれてもやらない。
「メトロノームだよ」
「メトロノーム……って、棒が左右にチクタクしてるやつだよね。音楽の授業で先生が使ってるみたいな。あれの何を調律するの?」
「その左右にチクタクしてる振り子が正しく機能するように調整するんだよ」
多くの機械式メトロノームはマイコン制御だ。真白の父親は宇宙でただ一人、手動でメトロノームを調理する腕を持つ職人だった。
「その奇跡の職人は、娘に宇宙でただ一人しかできないお仕事を任せたの?」
「そう。野球中継を見てたら目がしょぼしょぼしてきたからって」
「理由もしょぼいね。それで、どうやって調律するの?」
「ミリマイクロ秒まで正しく計測できる時計と見比べながら、永遠に振り子とにらめっこ。ズレてたら修正するんだけど、眠いと手元が狂ってもっとおかしくなったりするのよ」
ゆめは宿題から目を離さずに感想を投げた。
「へー、大変そう」
「全然大変じゃないみたいに言わないの」
「でも、世界でただ一人の職人さんだからお仕事が来るんでしょう? 私の宿題は私以外もできることに比べたら凄いじゃん、真白のパパ」
能天気なゆめの誉め言葉に、真白は嘆息で返す。
「いいわけないよ。そりゃあ世界中からお仕事は来るけど、メトロノーム調律師なんて労基はないし収入が不安定、おまけに眠る時間も不規則」
「規則正しいのはメトロノームだけってね」
「上手いこといわないの」
鞄を机に置いた真白は、お手洗いで寝ぐせを直したかったが、ゆめは話したいことがあるみたいだった。
「そっかあ、じゃあ、真白は昨日の特番みてないんだ。折角おもしろかったのに」
「テレビなんて見てる余裕なかったからね」
「面白かったのになあ。あれを見過ごしちゃたかあ。どうしようかなあ、もし真白が見たいなら録画した特番の内容を特別に教えてあげてもいいんだけどなあ」
「はいはい、どうぞお話しください、ゆめアナウンサー」
「アイドルが地方で暮らす番組だったよ」
「よくある番組じゃない。それの何が面白かったの?」
「そこに元々住んでいた人が厄介さんだったの。ことあるごとにアイドルに難癖をつける」
「そんな嫁姑戦争の次くらいに気まずい番組をやっていたのか」
韓流ブームでイケメンの次に流行った題材もドロドロ修羅場モノだったらしいから需要はあるのかかもしれない。
「山に芝刈りに行けーとか川で洗濯しろーみたいな」
「いつの時代の特番なの?」
なるほど、たしかにそれは見ようによっては面白そうだ。
「家庭的なアイドルだったから楽々とこなしちゃって、その人たちの不服を買うけど爽快感があったよ」
「家庭的な人と芝刈りの因果関係は薄いと思うな」
「それでその部族の人たちも――」
「部族!? 地方で暮らす番組じゃないの?」
「そうだよ。地方に野放しにされた未開拓の森で生活する番組だよ。未発見先住民の部族の人たちがいたから、急遽特番になったの」
未発見部族と初邂逅。アイドルからすれば幸か不幸かわからない状態だ。というか部族に洗濯を命じられたのか。
「体を張るアイドルだね」
「元々、森出身の森ガールだったらしいよ」
「森ガールは森育ちって意味じゃないけどね」
この女子高生には普通のファッション雑誌も読ませようと、真白は思った。
「SNSでも、ゴリラ野生人、略してゴリライドルって名前で揶揄されていたよ」
「ゴリラはわかるけれど、イドルの部分はどこから来たの?」
「アイドルのイドルだよ」
「ああ、ゴリライドルって呼ばれてたのはアイドルの方なのね。あれ、そのアイドルって男の人なの?」
「女の人だよ。でもボディービル選手権で優勝した森ガールだから」
「随分と多才なアイドルね」
それなのにゴリライドルという悪口をインターネットに書かれるなんて、運が悪いのか時代が悪いのか、と女子高生真白は世相を嘆いた。
「ちなみに私が最初に考案した」
「何をしてるの、ゆめ。人の悪口なんて言ったらダメよ」
「わかってるんだけどさ、こう、言いたくなっちゃうんだよね。ネット上だと匿名だから」
ここで私に言ってる時点で、匿名性の利をドブに捨ててるようなものだけども。
ユメは続けて言った。
「バレない場所から罪悪感に目を背けつつ、ちょっと面白いことを言いたくなるんだよ、SNSは」
「そういう自己満足の汚い言葉を、便所の落書きっていうのよ」
「まさにソーシャルネットワークのトイレだね」
何を言ってるんだと思う真白に、ゆめが「あれ」という。
「トイレで思い出したけれど、お手洗いに行かなくていいの?」
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。真白が振り返って確認した教室の時計は、始業の時間を指し示していた。
真白はボサボサ頭のままだ。
「ああもう! 寝ぐせを治す時間がないじゃない!」
「今からあの時計を調律してきたら?」
「ゆーめー!」
あとがきその1
( ・´ー・`)ドヤァ・・・
『悪のトイレ』は我ながら上手く扱えたと自画自賛。
あとがきその2
落語の台本を意識したから台詞が多いです。
鍵括弧を続けないようにと地の文を挟みましたが、邪魔になっているかもしれません。
来週の三題噺ではもっと読みやすさとコメディ成分を増やしたい。