賞をとる
私は1人で彼のところに行くのが怖かったので、渡邊と一緒に行く事にした。住所に示されたところは都内。比較的近いところに彼はいるみたいだった。
着いた部屋のドアのチャイムを押した。すると、彼ではなく別の男性が出てきた。
「渡邊じゃないか」
出てきた人物は渡邊を知っていた。
「なんでお前がここに?」
渡邊は動揺したみたいだ。
「お前こそ何の用だ?」
「いや、それより、小鳥遊いるだろ? 小鳥遊に用があるんだ」
「小鳥遊なら、動物園だろ。何をしているかは知らんさ」
そう言って男は部屋のドアを閉めた。
「渡邊さん、先ほどの人とはお知り合いなんですか?」
「知り合いってほどじゃないけど、奴は悪い噂を聞く」
「どんな?」
「贋作だ。奴は贋作師なんだよ」
「贋作って、ひょっとして絵を本物のように描いて、本物として売るっていう…?」
「ああ、そうだ。でも、小鳥遊の居場所がわかったんだ。取り敢えず、動物園に行ってみよう」
私と渡邊は動物園に行った。
「あれ、小鳥遊じゃないか?」
渡邊の言葉より早く、私は俊を見つけていた。
私達は遠巻きに見ていた。
ひたすら左手を動かしている。
絵を描いている。
彼は絵を描いているのだ!
渡邊は声をかけようと彼に近付こうとした。だが私はそれを止めた。
「なんで? せっかく小鳥遊に会えるのに。会って話をしたいだろ?」
私は首を振った。
「絵を描いている。それだけわかれば十分なんです」
「そうか。君がそう言うなら、会わないでおこう」
私は帰り道で渡邊のしゃべるのを聞いていた。
「贋作師はいろんなタッチを研究する。きっと小鳥遊はそんなタッチを勉強したくて一緒にいるんだろう。以前の自分のタッチを習いたくて。そして先生として絵を習っているんだろう」
渡邊は独り言のように言う。
私達は電車に乗った。電車の揺れが心地良かった。
1年経ち、彼の絵が絵画コンクールに出され、賞を取った。私はその絵をみようと絵画コンクールの会場に出掛けた。
題は『梅の木と春の日』…私が卒業した時に撮った写真から起こしたのだろうか? それは梅の枝に手を伸ばしている女性が着物を着ている絵だった。
それから一月後、彼は自宅に戻って来た。
「真奈美、会いたい」
一言電話で言い、彼は私に会いに来た。
「約束だ。もう一度絵を描いた。ここまでの道のりは平坦じゃなかった。でも絵と真奈美は忘れられなかった」
「私、動物園で俊が1人で絵を描いていた事知っていたんだよ。1人で苦しかったね。これからは毎日一緒にいよう。苦楽を共にしようよ」
アトリエの彼は絵を描く。雨の散歩からわたしは帰ってきた。
「右手痛む?」
「少し。でも、左手があるから大丈夫だよ」
「ムリしないでね」
たとえ、右手の絵でなくても、私は好きだ。右手でどんなに上手く描こうとも、今の彼の左手には劣るだろう。私は何か飲みものを淹れるわ、と言い、お茶を出す。左手で飲む彼のたくましいまでの腕と精神力を私は見続けていた。長い間、ずっと。
劇終
稚拙な文章です。お読みいただきありがとうございます。