ただ、彼はいなくなった
その日から数日して、彼はいなくなった。
ーーどこいっちゃったのよーー
彼の消息は杳として知れなかった。彼の母親も彼を心配していた。しかし、彼の父親が、今は1人になりたい時期なんだ、今はそっとしておいてあげなさい、と言ったらしく、特に探すという事はしなかった。
ーーそっとしておく、ってそのまま帰って来なくなったらどうするのよーー
ああは言った私だが、そばにいない事がどれだけ不安にさせるのか知らなかった。
私はパチンコ屋の近く、彼がよく行っていた場所、その他思いつく限りの場所を探したが、見つける事はできなかった。
やがて1週間が2週間になり、1か月が3か月となった。
私は美術館を巡る事にした。ひょっとしたら、彼に会えるかもしれない、いや、生きている事だけわかれば、そっと遠くから確認するだけにしようと思っていた。
「あれ、これって…」
私は、彼の同級生だった、渡邊、と言う人が絵画展をしているのを新聞で見つけた。
ーーひよっとしてこの絵画展に来るかもーー
私は絵画展に出かける事にした。
絵画展は人ごみに溢れていた。
「あれ、君は小鳥遊の…」
「私を覚えてくれてたんですか?」
渡邊は私を見て、それと分かったようだ。
「さっき、小鳥遊が来てたからさ」
「俊が来ていたんですか?」
「ああ、1人で来るわけないと思ったからさ、一緒に来たんだろ?」
私は慌てて会場を出た。見渡せばまだ近くにいるかもしれない。
「どうしたのさ」
渡邊もつられて一緒に来た。
「別々だったの?」
彼は息を切らし、
「何か事情があれば訊くよ」
と言った。
私は渡邊に事情を話した。
「へえ、そう言うことか。右手をなくした事は知っていたけど、それからどうなったのかは知らなかったからさ」
「一緒に探すのを手伝って下さい」
「どうなのかなそれって」
「どういう事ですか?」
「左で絵を描かせるんでしょう? それは不可能ではないだろうけど、小鳥遊にとっては苦痛だよ」
「それは…」
「細かいタッチをら左手で情感を出すのは至難の技だ。それに小鳥遊は大学を辞めた。もう2度と絵を描かないと決めたのに、それを無理やりする事に意味はあるのかい?」
渡邊は優しく言う。私は下を向いた。
「来賓の名簿がある。一応、君に見せるけど、悪用しなと誓えるなら、小鳥遊が書いた住所を教えよう」
私は手渡された名簿に彼の名前を見た。住所も書いてある。そこに行く事にした。