月あかり
少年は苦痛を知っていた。
少女は寂しさを知っていた。
2人は出逢い様々な苦楽を共にすることとなる。
2人は互いに、血を分けた大切なモノであった。
少年は傷つけられる事の辛さを知っていた。
少女は独りで背負うことの辛さを知っていた。
山奥にひっそりと佇む研究所がある。
そこでは、いまだかつて成功したものはいない
人造超能力者 の開発に勤しんでいた。
そこで少女は囚われていた。
彼女に暖かい感情を向ける人間は一人としていなかった。
いや、一度だけ始めて見る感情を目に宿した人がいた。
だがもう、少女は彼を忘れていた。あまりに毎日が長くて。
たった1人で、ただ時間が過ぎるのを待つ日々。
決まった時間に血液を採取され、あとはただ1人でぼうっとしている。
空虚が胸を満たす。
少女には、名前さえなかった。
寂しくて、悲しくて、退屈で、彼女にとって世界は色褪せていた。
ただ「細胞を意のままに変化することができる」超能力の持ち主というだけで、
生まれてからずっとこの真っ白な部屋に閉じ込められている。
少女は虚ろな瞳を、窓からのぞく月に向けた。
月は好きだ。
太陽ほど煩くなくて、銀色が優しく包み込んでくれる。
知らず胸の奥が疼いた。
片や少年は、実験体No,6としてその研究所に居た。
仲間と遊んでいるときはたまらなく楽しかったが、
白衣を着た大人どもにはいつも嫌悪感が募る。
少年は大人が嫌で嫌でたまらなかった。
決まった時間に、赤い液体を注射で体の中に入れられる。
その時に体全体を内側から襲うような凄まじい痛みを感じる。
少年はもう幾度となく体験しているのに、
毎回あまりの苦痛に意識を失った。
叫び声も、涙も、もうなくしてしまった。
ただ、仲間と励ましあいながら過ごした。
大人にもまともな人間がいると知ったのは、富岡律という男に会ったからだ。
彼は、いつも愛情深い目をしていた。
少年達に辛いことをするのを、嫌がっていた。
その代わり彼は、色々な話をした。
外の世界の話や富岡自身の話。
少年達自身の話もしてくれたし、研究所の話もしてくれた。
なんでも、研究所の地下にはお姫様がいるだとか!
彼らは、富岡律を好いていた。
何故ならその男はいつも優しい目をしていたから。
富岡律は、少年達の為にできることをしていた。
ある日、研究所はなくなった。
富岡律が死を覚悟して、資料や研究道具に火をつけたらしい。
少年はその時、1人になってしまっていた。
つい1時間ほど前に、最後の仲間が
実験失敗で今は亡き者となっていた。
彼は、血まみれの富岡に使命をあずかった。
お姫様を救ってやれ、と。
顔色は悪いくせに、微笑んだその男がとても格好良かったから。
富岡はもう一言残し、息絶えた。
つ き あ か り は み か た だ
───月あかりは、味方だ。
謎が残っているように仕向けたつもりです