<4>見送りながら祈りを込めて
「準備は終わりましたか? フィオナ」
イレーナの声が広場に響くと、フィオナを取り囲む娘たちが、一斉に其方へと向き直る。イレーナの姿を確認すると、まるで潮が引いて行くように速やかにフィオナへの道を開けた。鮮やかな身のこなしだ。
「イレーナ様。……はい」
イレーナと、彼女に続く青年二人は娘たちの開けた道を通り、真っ直ぐにフィオナの元へ。両脇の視界を埋める娘達の表情は、ヴェール越しで確認できるはずも無いのに、二人に刺さるその視線が酷く痛く感じた。マーカスは恐縮したように、身を縮めている。
「此処で用意出来る物は全て。……ちょっと大荷物ですが」
そう告げて、フィオナは肩を竦めた。足元を見ると、やや大きめの麻袋が四つ。フィオナの肩に小さめの麻袋が一つ。
イレーナは顎下に指先を添え、考えるように
「……そうですね……。あちらに何がどれだけあるか、分かりませんから……」
大きいと言っても、乾燥させた薬草の類が大半だ。重量的には然程ではない。イレーナは頷いた。
「下の村で馬を用意してあります。それ位の荷物であれば、問題ないでしょう」
「では、それまでは我々がその荷物をお持ちしましょう」
そう申し出たのは、ジェイクだ。後ろに控えるマーカスも頷いた。
イレーナはジェイクに向き直ると
「それは助かります。よろしくお願いします」
言いながら軽くお辞儀を。それを見たフィオナも慌ててジェイクにお辞儀を向ける。
フィオナが顔を上げた時にはもう、イレーナはフィオナに視線を戻し……見つめていた。言葉は無い。フィオナもイレーナをじっと見つめる。それだけで確かに伝わるものが二人の間には……有った。
やがて、イレーナはフィオナとの距離をさらに縮め、フィオナをそっと抱き寄せた。
「随分……背が伸びましたね」
言葉は呟くような小さな……優しい声。だからこそフィオナの耳元に確りと声が届くように自身の頭を下げた。フィオナはゆっくりと頷き
「……はい。イレーナ様に……皆様に育てていただきました」
イレーナを見上げて、笑った。これだけの至近距離なら、ヴェール越しでも相手の表情はきちんとわかる。イレーナは、フィオナの笑顔を眼差しの奥……焼き付けるように見つめる。
「……身体には十分気を付けるのですよ」
「……はい。……行ってきます」
そう言うと、フィオナはゆっくりとイレーナから離れた。
イレーナもフィオナを手放す。
……すすり泣く娘達の声が聞こえた。
「……行ってらっしゃい。お帰りも言わせてくださいね? 貴女の帰る場所は……此処にあります」
告げて。イレーナも笑みを向けた。
──酷く優しい笑顔だった。
「イレーナ様…………。有難うございます……」
──瞳が熱い。フィオナは、込み上げてくる何かを抑え込む自信が無かった。
……肩が震える。
瞳に……溢れそうになる。
──その時。群衆の中から一人、娘が飛び出してきた。……マリアだ。
「フィオナ! ……っ……絶対っ……帰ってきて……約束よ……ッ……」
フィオナの胸に飛び込むと、泣きながら叫ぶように声を上げた。まるで、前日の応接室の再現だ。フィオナはマリアを宥めるように背中を擦る。
「マリア……。ええ……そうね……有難う」
マリアの乱入のお蔭で、フィオナは幾分落ち着いたようだった。嬉しげに笑みを浮かべながらマリアを抱きしめる。その様子を見ていたイレーナは、フゥ……と溜息を漏らし。
「来年神子になる貴女が、そんなに取り乱してどうするのです。……イチから鍛え直さなくてはなりませんね……」
「……ええっ!?」
イレーナのその言葉に、マリアはガバッと身を起こし、イレーナに向き直った。
瞬間、広場にドッと笑いが生まれる。
「……さ。何時までもこうしていたのでは、日が暮れてしまいます。」
そう告げると、イレーナは傍に居るジェイクへと視線を投げた。
ジェイクは、その様子に了承したかのように軽く頷くと、動き出す。
「では、参りましょう……フィオナ殿」
静かに告げながら、フィオナの足元にある麻袋を持ち上げる。元々重量の無いそれらは、難なくジェイクの背に収まった。そのままフィオナの背後へと足を運び、クルリ……イレーナへと向き直った。
「フィオナ殿は、責任もって私がお守りします」
凛とした声に乗せて言葉を告げる。
イレーナはコクリと頷いた。
「ええ。頼みましたよ」
イレーナのその言葉が合図。
ジェイクは、踵を返し歩き出す。マーカスもそれを追いかけるように歩き出した。
フィオナは……
「皆……元気でね」
軽く手を横に振り、後ろ髪を断ち切るようにジェイクの後を追いかける。フィオナを呼ぶ娘たちの声が……泣き声が……次々と聞こえてくるけれど。
……もう振り返ることは──しない。振り返れば立ち止まってしまいそうで……それが怖かったのかもしれない。程なくして、三人は境内の門を超えて……。
「行って……しまいました」
イレーナの隣にいたマリアが、泣きながら呟いた。その肩を、イレーナが慰めるようにポンポンと叩く。
「女神は、どうしてあんな細く儚い少女に、次々と過酷な運命を背負わせになるのでしょうね……」
そう呟いたのは、いつの間にかイレーナの傍に控えていた補佐役の娘。呟いて……細く息を吐く。
イレーナは、姿の見えなくなった境内の門を見つめた。
「……祈りましょう。あの子の幸せを……平穏な日常が訪れることを……」