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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
旅立ちの詩
8/69

<3>最後の夜・巣立ちの朝

 夕刻。参拝者や、治療を終えた患者が去った後、境内の扉は閉じられる。

 その後、その日一日を無事に終えた事の感謝の気持ちを込めて、夕べの礼拝が始まるのだが……。

 この日の礼拝所は騒然としていた。


「神子様! フィオナが外へ出るって本当ですか!?」

「どういう事ですか!? 説明をください!」


 礼拝所の最前列で、神子イレーナとマリア、それと神子の補佐役である数人の娘たちがフィオナを取り囲んでいた。

 マリアは未だに泣いているように肩を震わせている。

 その最前列に向かって、皆がそれぞれに声を上げているのだ。


「静かになさい!! まだ決まった話ではありません!」


 補佐役の娘の一人が、娘たちに声を掛けると、一同からの大きな声は収まった。

 しかし、小さなざわめきは収まる事は無く……そのざわめきの中、イレーナはフィオナに語りかけていた。


「フィオナ……無理に自分の運命を決めてはいけません。貴女が行く必要など、何処にも無いのですよ?」


 細いフィオナの肩に両手を置き、諭すような優しい口調。ジェイクと対峙した時の、気丈な神子ではない。慈愛に満ちた神子だった。強さも厳しさも慈愛と共に有る……イレーナはまさにレイアの神子なのだ。

 フィオナは、イレーナの温かな愛が大好きだった。


「いいえイレーナ様。……これは、私の運命です。これでやっと、神殿のお役に立てますわ」

「駄目よフィオナ!」


 二人の会話にマリアが大きく首を横に振る。


「私が来年神子になったら、補佐してくれるって言ったじゃない! ずっと一緒だって……離れないって」

「そうですよフィオナ。貴女は娘としての務めを、誰よりも果たしています」


 マリアに続いて声を掛けたのは、イレーナの補佐役の娘だ。付け加えるようにイレーナも言葉を出した。


「貴女は、神殿の中に居る全ての者から愛されています。……誰もが貴女を必要としています。貴女は此処になくてはならない存在なのですよ?」


 その言葉に、フィオナはヴェール越しに口元に指先を当て、一際驚いたように


「……ま。イレーナ様ったら。そんな事言われたら私自惚れちゃいます」

「こら、茶化さない」


 イレーナはフィオナの肩に手を置いたまま、ガクリと肩を落とした。


「そうやっておどけたり、茶化して弱い心や本当の気持ちを隠す……貴女の悪い癖です。……怖いのでしょう?」


 イレーナはそう告げると優しくフィオナを抱き寄せた。イレーナから伝わる体温……言葉。何もかもが温かい。

 フィオナは、いつまでもこの温もりに包まれていたかった。

 ……けれど。


「イレーナ様……もう逃げているだけの子供ではありません」

「何言ってるの。まだ子供よ私達。子供で良いのよ」


 再び会話に入るマリア。フィオナは、ゆっくりとイレーナの腕から離れると、そのままマリアに抱きついた。


「マリア有難う……大好き」

「フィオナ……私も大好きよ」


 マリアは胸に飛び込んできたフィオナを、ギュッと抱きしめた。

 イレーナは、フィオナの様子に細く息を吐く。


「フィオナ……決心は固いのね」


 そう告げるイレーナの声は、苦しげだった。

 フィオナはマリアの腕の中で、ゆっくりと頷く。


「……はい」

「フィオナ!!」


 叫ぶマリアをよそに、イレーナは眼前に広がる娘たちに向かって声を上げた。


「静かに! ……今夜は……フィオナと過ごす最後の夜です。……皆……思い残しの無いよう……フィオナとの時間を……過ごしましょう。……礼拝を始めます」


 その声に、娘たちの声は一瞬にして静まり返った。イレーナの声が……震えていたような気がした。







「おはようございます。お二方、神子イレーナが本殿でお待ちです。ご案内差し上げます」


 翌朝。ジェイクとマーカスが朝食を終えると、機械的な口調で娘の一人が迎えに来た。

 あからさまに刺々しさを感じるその対応を不可解に思いながらも、二人はその娘に連れられて本殿へと向かう。本殿に到着するまでに、数人の娘たちとすれ違うものの、皆一様に二人を敵視しているようだった。

 何かあるのか……ジェイクは訝しげに眉をひそめた。


「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」

「お蔭様で良い夜でした。お心遣い感謝いたします」


 本殿の中に居たのは、意外にもイレーナただ一人だった。案内をしてきた娘も、入り口でイレーナにお辞儀をすると、足早に去っていく。

 ジェイクは立ち去る娘の後ろ姿を、不思議そうに眺めた。


「……? どうかされました?」


 ジェイクの眼差しに気付いたのだろう。イレーナがジェイクに問いかけた。


「いえ……今朝から、娘の方々の様子がおかしいというか……」

「それはまあ……そうでしょうね」


 イレーナは、その言葉に大きく頷いた。

 顔が見えないというのは、なかなか厄介だ。表情から心情が汲み取れない。

 だかしかし、ジェイクには心当たりもある。

 ……というより、それしか思い当たる節が無かった。前日の一件だ。


「あの……昨日の……」

「……とても聡明な子でしてね……」

「……は?」


 ジェイクの言葉を、遮るように。……思いに耽るようにイレーナは声を出した。ジェイクは勿論、何の話なのか理解できない。

 イレーナは言葉を続ける。


「一を知って十までを理解しようとする、努力家でもありました。普通なら十年かけて覚えることを、数年で修得してしまうのです。並大抵の努力で出来ることではありません」

「はあ……」

「また、自分の役割をよく理解しました。とても責任感が強いのです。誰よりも先に行動し、誰からも信頼がありました」

「あの……一体……?」


 どうにも落ち着かないこの状況に、ジェイクは思わず問いかけた。

 イレーナは二人を誘導するように、片手を差し流し……歩き出す。

 二人は、訳が分からないままイレーナの後について行く。


「……今、この神殿の中で最も力の有る者は、彼女を置いて他には居ません。私ですら敵わないでしょう……」


 イレーナの言葉を聞きながら、出てきたのは、入口前の小さな広場だった。

 一人の娘が他の娘に取り囲まれている。

 イレーナが、その娘に向かって手を差し出し……告げた。


「──フィオナ。……彼女があなた方に同行します」

「……フィオナ……」


 ジェイクはイレーナが告げた名前を繰り返す。そうして、イレーナが差し出した指先の向こうの娘を見つめた。


「……断っておきますが」


 イレーナは、差し出した指先を戻しながら二人に向き直る。

 その声に、怒気のようなものが見え隠れするのは、気のせいではないかもしれない。


「フィオナをあなた方に渡すわけではありません。彼女が自分の意志でフォゼスタへ向かうのです。……たまたま同行するだけですよ」

「承知いたしました。……感謝いたします」


 ジェイクは深々とイレーナに頭を下げた。無論マーカスも続くように丁寧なお辞儀を。

 イレーナも二人に返すように軽く頭を下げると、何か決心したように


「……行きましょう」


 告げて。娘たちの輪の中へと向かっていく。

 ジェイクとマーカスもそれに続いて歩き出す。


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