<12>収束(1)
王都へ内乱を仕掛けた首謀者が、正式な王位継承者……つまり王子だったという情報は、その日のうちにサマーシアを駆けぬけた。
国中に歓喜と安堵の声が上がったのは言うまでもない。
それはディクソンの失脚と、再びおとずれる平穏の日々を意味することでもあったからだ。
「まあ、すぐに元通りっていうわけには、いきませんがね」
スタンリーはそう言いながら、一息つくように大きく肩を落とした。
ここは国王の執務室。
かつて宰相であったディクソンが、わが物顔で使っていた場所だったが、今はもう違う。国王が座るべき椅子には、現国王アランが座っている。
スタンリーは、執務室に入ってすぐの場所にある、応接用のソファに座っていた。
スタンリー一行がサマーシアに戻ってきたのは、内乱成功とディクソン失脚の一報が国内を駆けめぐった日の翌朝のことだった。
「まだ、始まりの場所に立っただけにすぎません」
「……そうですね」
言いながら苦笑するスタンリーに応えるように、涼しげな声が届く。
ジェイクだ。
細長い机をはさんで向かい側のソファに、ジェイクは座っていた。
「ですが、そう時間はかからないのでは? 今のところ、驚くほどに順調ですし」
ジェイクは、感心したようにスタンリーを見上げた。
帰って来てからのスタンリーの仕事ぶりは、まるで全てが最初から用意されていた計画だったかのように、鮮やか且つ順当だった。
ロザリー以下、ディクソンの息のかかった侍女や従者たちは、全て解雇。当座の生活に困らないように、ディクソンの私財から少し多めの給金を持たせて王宮を立ち去らせた。
ロザリーは最後までディクソンの傍を離れる事を嫌がったが、ディクソンが南の塔へ入った事を伝えると、ギクリと表情を強張らせて、力なく立ち去った。
赤の騎士と呼ばれるディクソンの私兵も同様だ。
彼らは元々ディクソンの私兵として雇われていた傭兵だ。ディクソンと傭兵との間に契約書はあっても、主従関係は存在しない。
故に、彼らの立ち去り方は、あっさりとしたものだった。
傭兵が去った後の王宮は、がらんどうとしていて、少し寂しげに思えた。
しかし暫くの時間も経たないうちに、内乱に加担していた元王国騎士団の者達や、ディクソンによって不当に解雇された者達が、王宮内に復活する。
スタンリーの采配は見事なものだった。
「それはまあ」
感心するジェイクに、スタンリーは照れたように頭を掻いた。
「計画を立てる時間は、たっぷりありましたからね」
大柄な体格を小さくするように恐縮するスタンリーの姿は、少し微笑ましげで、ジェイクは涼しげな表情に、ささやかな笑みを忍ばせた。
スタンリーは、改めてジェイクに向き直ると
「ですが、ここまで上手くいったのは王太子殿下の助力あってのことです。感謝しても、しきれません」
スタンリーの謝辞。
ジェイクは、僅か驚いたように瞳を開くと、訝しげに首を振る。
「私は、何もしておりませんよ」
「いいや」
その二人の会話に、執務机に座るアランは声を挟んだ。
「正直、あんた達が合流してくれてなかったら、もっと時間が掛かったかもしれない。しかも、俺の国王宣言にあんたは立ち会ってくれた。あれはディクソン・バーナムが失脚する最強の一手だったな。助かった」
そう言うとアランは立ち上がり、ジェイクに向かって軽く一礼を。
ジェイクは、何処かむず痒いのか、アランから視線を外すと
「止してくれ。らしくない」
「なんだよ。有り難いと思ったから、ちゃんとお礼言ってんのによ」
「お前の口から、そういう素直な言葉が出るとは、思わないだろ」
「こらまて。あんた、俺をなんだと」
「まっ、まあまあまあっ」
急に始まった口げんか。ソファに座ったままのジェイクに向かって、声を荒げながらアランが迫ってくる。
スタンリーは、慌てたように立ち上がると、ジェイクとアランの間に割り込むように身体をはさんだ。
両の掌を、それぞれの顔に向けると
「お二人とも、落ち着いてください。仲が良いのは分かりますが」
「良くないっ!」
なだめるようなスタンリーに、反射的にアランが声を上げた。
「この状況で、どうして仲が良いと思えるんだ! 嬢ちゃんみたいなこと言うなよ全く」
「嬢ちゃん?」
アランの口から出た耳慣れない言葉。
スタンリーは、それぞれに向けた手を下ろしながら、不思議そうに首を傾げた。
アランは、疑問符付きのスタンリーの言葉に「ああ」と声を上げると
「アリシアの事だよ。あいつも、俺達のこと仲が良いとか言って、はしゃぎやがって」
「ああ、そうでしたな。まさか陛下が、お二方と先に会われているとは、思ってもみませんでしたが」
「そう、偶然……だけどな」
スタンリーの声に返答をしながらも、アランの眼差しは何か考えるように何処か遠くを。ジェイクの隣にドカッと腰を下ろすと、盛大な溜息をついた。
アランの体重が下りてくる事で、ソファから大きな振動がジェイクに伝わってくる。
ジェイクは、隣に座ったアランを一瞥すると直ぐに視線を前方へ戻した。涼しげな表情が変わる事は無い。
ややあって、言葉。それは響くことのない小さな音の揺れ。
「出来過ぎた偶然だな」
「──全くだ」
ジェイクの言葉に、アランは大きく頷いた。やがて、どちらからともなく横目で視線を重ね合わせると、二人は自然に声無く笑った。




