表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
それからの空
64/69

<10>腕輪の秘密(1)

 王家に待望の後継ぎが生まれたのは、ディクソンが宰相として政治に介入しだした頃だった。

 王妃ナタリアへ自身の存在を誇示する為か、実際に政治に熱心だったのかは、今となってはわからない。しかし、ディクソンのその尊大な立ち居振る舞いや、攻撃的な言動は、王家にとって脅威な野心家として受け止められる事となる。

 かといって、王家と繋がってしまったディクソンを、簡単に遠ざける事も出来ない。

 そんな中で生まれた王子だった。

 この大陸に双子を忌み嫌うような習慣は無い。全ての命に手を差し伸べる事が、レイアの女神の教えだ。

 けれど、この時の国王は素直に二人の王子を喜ぶことは出来なかった。


「二人のうち、一人はいつかあんたに利用される。兄弟で争いが起きるかもしれない。国王は、そう危惧したんだ」

「成程。だから、二人一緒に育てる事が出来なかった」


 アランの言葉に納得するように声を出したのは、ジェイクだ。

 ジェイクの隣には、王妃の腕輪を元の場所に戻し終えたアリシアが座っていた。

 アランは、ジェイクへと視線を向けると軽く頷いた。


「まさに苦渋の選択だったらしいが。俺は、王位継承の腕輪と共に、人知れずスタンリー家に預けられたんだ」

「スタンリー。確かに彼なら……」


 今度はアリシアが呟きを。

 ジェイクを視界に入れたままのアランには、隣で呟くアリシアの表情が見て取れた。

 アランは、視線を動かさないまま瞳を細めた。

 微かに笑うような、それだった。


「そう。逆に言うなら、王室護衛隊の隊長だったスタンリーにしか、出来ない事だった。スタンリーは、俺の育ての親だ」


 愛しい人を懐かしむような柔らかい表情の中で、紡がれる言葉は優しい声に乗る。いつしかその口調は、いつもの軽薄なものとは、違ったものになっていた。


「スタンリーには感謝している。生まれたばかりの俺を優しく、厳しくも育ててくれた。今俺が此処に立っていられるのはスタンリーのお蔭だ」

「スタンリー家に、王家からの惜しみない援助があったからこそです。陛下は、常にアラン殿下の事を気に掛けていらしたと聞いております」


 言葉を紡いでいくアランに、割り込むように声、一つ。

 色の無い音で淡々と響いていくそれは、紛れもなくクリスのもの。

 ディクソンの傍に立つ長身のクリスが、ゆっくりと見下ろすように視線をアランへと。

 ディクソンの腕を拘束している綱は、後から来たフランクの手に渡っていた。

 アランはクリスの声に小さく肩を竦める。


「分かってる。傍で見守ることが出来ないと、心を痛めていた事も聞いている。遠くから見る事も叶わない人だったけど、俺は父として大切に思うし尊敬もしている。……じゃなきゃ、こんな事しない」


 そう言うと、アランは僅かに瞳を伏せた。



 アランとクリスの様子。

 どうやら今が初対面ではないような話しぶりと、その対応。

 アリシアは、当然のように首を傾げた。

 そういえば、最初にアランを双子の兄だと告げたのはクリスだったと、アリシアは今更ながらに思い返す。


「あの……。クリスはどうしてそんな事を知ってるの? 貴方たちって、以前からのお知り合い?」


 アリシアの口元からたどたどしく紡がれた言葉は、クリスとアランの耳元へ。

 二人はアリシアへと視線を向ける。

 飾り気のない真っ直ぐなアリシアの表情に、二人はどちらからともなく苦笑のような笑みを漏らした。

 クリスが声を出す。静かな音。それは、問いの答え。


「悲劇の事件の後、半年ほどが過ぎた辺りでしょうか。私は、団長の指名で護衛隊長になりました。アラン殿下の事を聞いたのは、その時です」

「と言っても、顔を合わせたのはつい最近の事だけどな。俺はこの顔だから、国内だと迂闊に動けないって事もあって、事件の後すぐに国を離れたんだ」

「ああ、成程。顔を隠していたのは、用心の為か」


 クリスの説明に付け加えるように、アランがアリシアに言葉を向ける。

 けれどその声に素早い反応を示したのは、アリシアではなくジェイクだった。

 間近で響く涼しげな声。

 アリシアはジェイクへと眼差しを移す。

 アランはピンと人差し指を立てると、嬉しげに声を弾ませた。いつの間にかその口調は、普段の軽いものに戻っている。


「ご名答! さすが王子様だねえ」

「全く関係ないな」


 アランの言葉に、ジェイクがつまらなさげに息を吐いた。

 最早お約束のような光景。

 アリシアは二人のやり取りを交互に見遣ると、緩く瞳を細める。

 それは、淡い笑み。

 それを見たアランが、ほっとした様に肩を落とした。


「やっと、笑ってくれたな」

「え?」


 不意の言葉にアリシアはアランを見つめる。

 柔らかく響く声は、いつもの、今までのアランのそれでは無かった。

 流れる金の髪の下で、碧の瞳が優しく揺れる。響いた声と、その表情……想起せざるを得ない、懐かしい人が居た。


 それは自然の流れで。

 零れ出た言葉も自然な事だった。


「お兄様……」


 その声に、アランはゆっくりと頷く。


「ああ。あいつの代わりにはならないが、俺もお前の兄だ」


 向けた言葉は、たった一人の大切な妹へ。

 愛しげにアリシアを見つめながら、その名前を、アランは初めて呼んだ。


「アリシア」


 その音は酷く温かく、感慨深げに響いていく。

 アリシアはゆっくりと瞳を閉じた。

 声を、言葉を、耳だけでなく身体全体で感じるように。


「まあ、恐怖のおっさんに拉致られた挙句に、襲われそうになったんだもんな。いつも通りってわけにはいかねえよな」


 何処かごまかすように前髪を掻き上げると、アランは視線を変えた。


 途端に表情が引き締まる。

 変えた視線、その眼差しに映し出されたのはディクソンだった。

「──さて」


 鋭い声を、ディクソンに落とす。

 フランクに捕らえられたままの、ディクソンの肩が小さく震えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ