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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
それからの空
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<9>再会(2)

「貴方は……」

「よお! 久しぶりだな。元気してたか?……って、襲われて元気なわけねえよな」


 王妃の間。

 ジェイクに支えられるようにしてベッドから身を起こしたアリシアは、入口に居たアランへと視線を向ける。

 肩には毛布。露になる胸元を隠すために、ジェイクが被せたのだ。

 アランはアリシアに笑みを向けると、軽い口調で返答をしながら、二人に近付いていく。


「どうしてここに?」


 彼の事は憶えている。瀕死だった彼を治したのは他ならぬアリシア自身だ。

 けれど、全く状況がつかめていないアリシアは、答えを求めるようにジェイクへと眼差しを移した。

 ジェイクは、アリシアの眼差しに頷くと、言葉を涼やかな声に乗せる。


「あいつと合流してここに来たんだ。あいつは内乱側の、恐らく首謀者」


 ここで、一旦言葉を止めると、ジェイクはアランへ視線を投げた。

 確認するように、続ける言葉はアランへと。


「そうだろう?」

「お。察しが良いねえ。さすが王子様」

「それは関係無い」


 感心した様に。と言うよりは、何処かはしゃぐようなアランの返答に、ジェイクはフイと顔を背ける。

 相変わらずな二人のやり取り。本来ならここでアリシアが微笑ましく笑みを作る場面だが、今のアリシアはそうではなかった。

 ジェイクの言葉。そして続いた二人の会話に、悩むような、思い詰めるような、そんな表情。

 アリシアは、アランを見つめた。

 戸惑いは言葉へ。

 言葉は震える声に乗る。


「貴方は一体……」


 内乱の首謀者。それは王位の継承を名乗る者だった筈だ。

 アリシアにとって、その人物はたった一人しか居ない。


 けれど。


「だって、あの晩違うって……別人だって……」


 あの晩。アランの傷を治療した夜。

 その顔を見て驚いたアリシアに、アランは似ているだけだと。別人だと言っていた。

 何が本当なのだろう。アリシアの瞳が、大きく揺れた。

 動揺するアリシアの表情に、アランは決まりが悪そうに片手を広げ、自身の顔を覆った。


「嘘ついて悪かったよ。あんたが妹だなんて、知らなかったんだ」

「……え?」


 返される言葉。それはアリシアを、更に迷宮の奥へと誘う言葉だった。

 アリシアを知らない。確かにあの夜、アリシアとは初対面のような接し方だった。

 けれど、彼は今アリシアを妹だと。そう、言った。

 逆に言うと、彼はアリシアの兄だという事だ。

 訳が分からない。アリシアの表情が固まった。

 その時。


「姫様。その方は、姫様の知っているアレン殿下では、ございません」


 混乱するアリシアを、手助けするような声。

 いつもと変わらない、無機質な音。

 アリシアは、声が聞こえた方角へと眼差しを向ける。そこには、ディクソンを捕まえたまま動かないクリス。そして、視界の端。部屋へと入ってくるフランクの姿が見えた。

 クリスは、アリシアの眼差しが重なったことを確認すると、淡々とした口調で、言葉を続ける。


「その方は、アレン殿下の双子の兄。アラン・プリムローズ王太子殿下でございます」

「──兄だと!」


 その言葉は、アリシアにとって衝撃的なものだった。驚きはそのまま表情になる。

 けれど、それ以上に驚愕し、それを声にしたのは、言葉を一番近くで聞いていたディクソンその人。

 声は、まるで叫びだった。


「馬鹿な! アレン殿下が双子だったなんて話は、聞いたことが無い!」

「はは。実物を目の前にして、よく言うよ」


 肩を竦めながら、アランは言葉を吐き捨てた。

 そうして徐に片腕の袖の中を、もう片方の手で弄っていく。

 ややあって、袖の中から取り出されるものがあった。

 アランは、それをディクソンの眼前に見せつける。


「これは、あんたが三年間探し続けて来たものだ」

「それは……!」


 アランが目の前に見せた物。それは腕輪だった。

 細やかな文様が複雑に絡み合う、酷く精巧な造りのそれは。


「王位継承の……腕輪」


 呟きは、アリシア。

 言葉はぼんやりと、輪郭のはっきりしない口調。

 けれど、眼差しは真っ直ぐにその腕輪を捉えていた。

 アリシアの声に、アランは大きく、確かな頷きを見せる。


「いいや」


 アランとアリシアに、けれどディクソンは首を振る。


「真偽に掛けなくてはならない。その腕輪がまだ本物と決まったわけではありません」

「しつこいな、あんた。俺のこの顔と腕輪で、立派な証拠になるだろ」


 尚も足掻くように言葉を出すディクソン。

 アランは、呆れた様に息を吐いた。

 そんな中、おもむろにアリシアが立ち上がった。

 隣に座っていたジェイクが、不意の出来事にアリシアを見上げる。


「アリシア?」


 その声に、アリシアは振り返り、小さく笑った。

 肩に掛けている毛布が落ちないよう、両手でギュウと握りしめながら、言葉を返す。

 それは先程とは違う。柔らかな中にしっかりと、どこか決意すら感じ取れる声だった。


「腕輪の真偽を確かめる役目を担っているのは、王家の女主人。即ち、今なら私よ」


 そうして、アリシアはベッドの端に備え付けてある装身具用のタンスへと足を延ばした。

 ジェイクは、アリシアを視線で追いかける。

 謎めいた言葉には、問い掛けを。


「役目?」

「そう。これは国王夫妻と、その娘にだけ代々伝えられるの。こんな時の為に、ね」


 アリシアは、タンスの何段目かの引き出しを開け、中をゴソゴソと探っていく。

 ややあって、取り出した物を片手に持ち、アランの元へと歩み寄った。

 アランが不思議そうにそれを見つめる。


「それは?」

「腕輪よ。これは、王妃の腕輪」

「──!──」


 アランに返したアリシアの声。その言葉に唯一人、反応を示した人物がいた。

 ディクソンだ。

 その反応に気付いたのか、アリシアがディクソンに見えるように腕輪を胸の前で差し出す。

 アランが手にしている腕輪より、幅も細く女性らしい印象を与える優美な装飾のそれ。

 ディクソンには見覚えがあった。


「それは、陛下の婚姻の儀の時に……」

「そう、婚姻の証。王妃の証として、国王が婚姻の儀の時に婚姻相手の腕に付ける物」


 ディクソンは、国王と王妃の婚姻の儀に出席している。

 その際にその腕輪の儀式も勿論見ていただろう。腕輪に憶えがあるのも当然の話だ。

 けれど、腕輪はその儀式で王妃の手に渡ると、それ以降、公の舞台で披露される事は無い。それをどうして今、アリシアが手にしたのだろう。

 ディクソンは、驚きながらも怪訝な表情を浮かべた。

 アリシアは、差し出した腕輪を胸元に引き戻しながら、言葉を紡いでいく。

 透明な音。優しく、語るような声。


「物事の判断が出来るようになった頃、こっそり父が教えてくれたの。そして今、貴方に繋ぐわ」


 そう言ってアランに向き直ると、アランの持つ腕輪に王妃の腕輪を近付けた。


「あ、それ逆。ひっくり返して?」

「ん? こうか?」


 アリシアは、一目見るなりアランに向きの変更を指示。

 一体腕輪の何処を見て、そう言ったのだろうか。

 アランは首を傾げながらも、アリシアの指示通りに腕輪の向きを変えた。

 アリシアは満足気に頷くと、自身の持つ腕輪を近付けて、淵と淵を合わせ、少しずつずらしていく。

 動かされる二つの腕輪。その紋様が動いていく。

 やがて。


「出来た」

「これは……!」


 刹那。

 アリシアは嬉しそうに笑みを。

 同時にアランは驚いたようにアリシアを見つめた。

 アランは、アリシアから腕輪を半ば強引に受け取ると、重なった二つの腕輪を胸の前に、突き出した。

 そのまま、皆の視界に入るようにゆっくりと腕を動かしていく。

 上下に重なった腕輪に瞳を凝らす一同。重なる腕輪に、いち早く反応を示したのは、やはりディクソンだった。


「なんと!」


 思わず漏れ出た言葉は驚愕の声と共に。瞳を大きく開きながら息を呑む。

 傍に居たクリスとフランクも気付いたのだろう。腕輪を凝視したまま表情が固まった。

 ただ一人。

 訳が分からないと言ったふうな表情で、首を傾げたのはジェイクだった。

 重なる腕輪に浮かび上がったのは一つの紋様。それは花の形をしているように見える。

 ジェイクは、首を傾げたまま、疑問を声に出した。


「一体それは……?」


 その声に、言葉を返したのはクリス。

 腕輪へと眼差しを向けたまま、一つ一つ丁寧に、慈しむように告げられる。


「プリムローズの花。これは、サマーシア国王家の紋章です」


 それは、アランの腕輪は本物であるという事が、証明された瞬間でもあった。

 クリスの言葉に、ディクソンが大きく肩を落とした。

 アランは、王妃の腕輪をアリシアに返すと、ディクソンを見下ろす。

 肩を落としたディクソンは、一回り小さくなったようにも見えた。

 アランは何処か冷めた眼差しでディクソンを見つめたまま、ゆっくりと口を開く。


「俺は、あんたのせいで生まれた瞬間に、王家を離れた」


 それは、告白だった。


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