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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
それからの空
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<8>再会(1)

 ジェイクは、あっという間に赤の騎士のそばへと駆け寄った。一人が慌ててジェイクに立ちふさがるように前へと立つ。

 しかし次の瞬間、ジェイクの放った拳が、前に出た騎士の頬にめり込んでいた。拳の勢いで騎士は通路の脇へと跳ぶように倒れ込む。


「ひっ……!」


 一瞬の出来事だった。

 あまりの速さに、扉の前に一人残る赤の騎士がうろたえる。

 その、赤の騎士にジェイクが言い放った。


「退け。手加減はない」


 静かに響く声。

 けれどそれは、容赦のない一言だった。

 ジェイクが身にまとう空気も、今までになく鋭く高圧的。いや、それは殺気だったのだろう。

 赤の騎士は、ジェイクに怯えながらその扉から離れていく。

 即座にジェイクが扉を開いた。


「──!──」


 ジェイクの眼前に広がる光景。瞳に映し出されたのは、ベッドの上で馬乗りになっているディクソンの姿。

 ディクソンの身体で陰になっている為か、その下にいるであろうアリシアの姿は見えない。淡い色のドレスと、そこから伸びた白い手足が辛うじて見えるだけだ。

 ジェイクは、勢いそのままにディクソンめがけて駆け出す。

 ディクソンはジェイクの気配に気付かないのか、振り向こうともしない。それだけアリシアに意識が集中しているということだろう。

 ジェイクの瞳に、怒りの炎が宿る。


「それ以上──」


 ベッドに辿り着いたジェイクは、二人の間に割り込むように身体を差し入れると、力任せにディクソンを引き剥がした。


「なっ……!」


 勢いよく、ベッドの下に転がり落ちるディクソン。ここで漸く、ジェイクの存在に気付いたらしい。地面に尻餅をついた状態で、赤の瞳を大きく開いた。

 見上げた先に、ジェイクの姿。その表情……静かに揺らめく炎が見えた。

 ジェイクは、射抜くようにディクソンを見下ろす。


「アリシアに触れるな」

「何故……貴方が……」


 ジェイクを見つめるディクソンの表情は、明らかに動揺の色に染まっていた。

 当然だろう。ディクソンの部隊は、内乱軍と戦っていたはずだ。進軍の中に、コーエンウルフの王太子が居るなどという情報は、入って来ていない。

 まるで、化け物でも見ているかのような狼狽えよう。

 そのままディクソンは、凍りついたように動けなくなる。


 ジェイクはもう、ディクソンを見てはいなかった。

 ベッドの上。倒れている柔らかな淡い色のドレスに身を包んだアリシアの顔を覗き込む。

 頑なに瞳を閉じて、動かないアリシアが、そこに居た。

 結い上げていたのであろう銀の髪は、髪飾りが外れて解けている。更にドレスの肩紐がちぎれて、胸から上の肌が露になっていた。言うまでもなく、ディクソンの仕業だ。

 アリシアの身体は、小刻みに震えていた。


「……アリシア」


 ジェイクが、アリシアに声を掛ける。

 聞こえていないのか、あるいは閉ざしているのか、アリシアの表情は動かない。

 ジェイクは、アリシアの頬に、そっと手を伸ばした。


「アリシア」


 指先が、柔らかな頬に触れる。

 ピクン。

 アリシアの身体が、小さく跳ねた。

 ジェイクは、優しく掌でアリシアの頬を包む。


「アリシア」


 そのまま、じっとアリシアを見つめる。

 触れる掌の体温に気付いたのか、優しく下りてくる声に気付いたのか。

 アリシアは閉ざした瞳をゆっくりと開いた。


 広がる視界。

 映る。

 映しだされる。


「……ジェイ……ク……?」


 何処か虚ろな眼差し。

 けれど、眼前に見えたその姿に、アリシアは一つ、大きな瞬きを。

 重なる視線、ジェイクは涼しげな眼差しを緩やかに細めた。


「ああ……。待たせたな」

「殿下っ」


 その時、入口から大きな足音を立てて、部屋の中へと勢いよく入って来た者がいた。

 クリスだ。その後ろにアランもいる。

 ジェイクは入口へと視線を向け、クリスと眼差しを合わせると、小さく頷いた。

 その仕草にクリスも頷きを返すと、倒れたままのディクソンの元へ歩み寄る。


 そのクリスに、アランが背後から声を掛けた。


「捕らえろ。アリシア王女を強引に連れ去った挙句、凌辱しようとした重罪人だ」

「はっ」


 アランの声。その口調。

 今までものとは、まるで違う。

 けれどクリスは、戸惑う事なくその声に従うようにディクソンを後ろ手に捕らえ、持っていた手縄でその腕を縛っていく。


「……っ。何をする!」


 いきなり腕の自由を奪われ、ディクソンは抵抗した。

 けれど、クリスはその声が聞こえないかのような素振りで、淡々とディクソンの腕を拘束する。

 ディクソンは更に声を荒げた。


「私は、ディクソン・バーナムだぞ!」

「んなこたぁ、知ってるよ」


 その声に応えたのは、クリスではなかった。

 アランは面倒臭そうに頭を掻く。

 そこで漸くディクソンは振り返り、声のした方へと眼差しを向けた。


 刹那。


「……バカ……な……」


 その表情は驚愕に染まる。

 信じられないと。

 大きく開かれた瞳が、そう物語っていた。


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