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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
それからの空
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<7>合流。そして……(2)

 ジェイクら四人は、クリスを先頭に王家の間へと続く回廊を走っていた。

 ここに来るまでの間、赤の騎士とも遭遇したが、先頭を走るクリスの姿を視界に認めると、赤の騎士は奇妙な表情を浮かべ、戸惑いながら彼らを見送った。

 クリスは、王室護衛隊の隊長だ。

 その隊長が、いわば敵を先導するように走っているのだ。これほど不可解な光景は無かっただろう。


「良いのか? 裏切り行為だろう」

「忠実に任務を遂行しているだけです。姫様をお守りするのが、我らの役目ですから」


 クリスの背中に、気遣うような声を掛けたのはジェイクだ。

 クリスはけれど、その言葉に振り返りもせず、走りながら淡々と言葉を返す。その声に、ジェイクはそれ以上言葉を重ねる事はしなかった。


 ここに来るまでの間、ジェイクはアリシアが今どういう状況にあるのか、経緯も含めてクリスから説明を受けていた。

 間違いなく今、アリシアはディクソンと二人きり。そう考えるだけで、ジェイクの平常心が音も無く崩れていきそうになる。

 辛うじて平静を保っていられるのは、自身がその場所へ向かっているという事と、クリスの色を成さない淡々とした口調のせいかもしれない。

 ジェイクの涼しげな眼差しは、どこか観察するようにクリスに向かっていた。


「この奥が王家の間です」


 静かにそう告げたクリスの足が止まった。

 そこは控えの間。国王に謁見する貴族が待機する場所だ。

 しかし、王家と呼べる人物がアリシアしかいない今は、アリシアの登場を待つ場所と言うべきだろうか。

 本来なら控えの間に常駐する騎士は、王室護衛隊でなくてはならない。

 しかし、今その場所を警護していたのは……。


「バラード隊長殿。そちらのお方は、まさか」


 クリスの姿を認め軽く一礼はするものの、後ろに居る見慣れない二人を訝るのは、赤の騎士。即ちディクソンの私兵だ。

 しかし、クリスは向けられた問い掛けの返答はしない。

 無表情のまま入り口の両端に立つ赤の騎士二人の間を素通りするように歩き出した。


「お待ちください。この先を通すわけにはいきません」


 すかさず赤の騎士が入口を塞ぐように身体を動かす。

 その行動に、クリスは赤の二人を交互に見つめた。

 睨みつけるわけでもないその視線はけれど、元々の瞳の鋭さ故か、色を成さない表情故か……赤の騎士達が怯むのに十分な効力を発した。


「私は王室護衛隊の隊長だ。貴方がたが宰相様の私兵であろうとも、この場所の警護に就いている以上、貴方がたの上司は私の筈だが」

「でっ、ですが」


 凍りつきそうなほどに冷たく響く、クリスの無機質な声。

 その声を聞き慣れない二人の騎士は、その場で僅か固まった。


 その様子を背後から見つめていたジェイクが、更に追い打ちをかけるように声を出す。


「そうやって、頑なに入室を拒否するという事は、中にアリシアとディクソン・バーナムがいると言っているのと同じ事」


 言いながら、腰に収めていた剣に手を伸ばした。

 その声は、クリスの冷たさとは明らかに種類が違う。涼しげな中に確かに感じる風格と威圧。

 入り口をふさぐ二人の騎士は、クリスの背後から姿を現すジェイクへと視線を移した。

 ジェイクは言葉を続ける。


「そこを退け。いくら雇われているとはいえ、命を懸けてまで分の悪い戦いを続ける程、頭が悪いわけじゃないだろう」


 視線の先。

 その姿とその声。

 赤の騎士はジェイクに恐れを抱くように大きく瞳を開いた。

 その気配を背中に受けるだけの、クリスですら表情が止まる。

 全てを圧倒する存在感。それは、無条件で畏怖してしまえるほどの気高さを内包する。


 格が違う。

 そう思わざるを得ない空気が、そこある。


「……っ……」


 赤の騎士は、黙ったまま塞いでいた入口から離れた。

 戦うまでもなく敵わないのだと、全身で感じてしまったのだろう。

 その動きに呼応するようにクリスが前進し、入り口の扉を開く。

 その後には、ジェイクら一行が続いた。


「貫録勝ちだな。恐れ入ったよ」


 ジェイクの背後でアランが茶化すように、声を掛ける。

 しかしアランもまた、ジェイクが纏う空気にたじろいだ一人だ。この若さであれだけの気迫……そう簡単に出せるものではない。

 成程、これが生まれながらにして上に立つ者の気概か。

 この緊迫した状況にありながら、アランは楽しげな笑みを作った。


「こちらが姫様のお部屋で……」


 王女の間。本来アリシアが居るであろう部屋の前で、クリスの足が止まった。

 けれど、後ろのジェイクに掛けた声……語尾が消える。

 視線はアリシアの部屋ではなかった。

 ジェイクが追いかけるように、クリスの視線の先を見遣る。


 すると通路の最奥。

 二人の赤の騎士が並んでいた。

 ジェイクは二人の騎士から視線を外すことなくクリスへ問いかける。


「あそこは?」

「あの場所は、今は亡き王妃様のお部屋ですが」


 クリスの表情が、不思議なものでも見ているかのように揺れた。

 それもそのはず、今は亡き王妃の部屋だ。誰も使うはずが無い。

 なのにどうして、その場所に。しかもよりによって赤の騎士が?

 疑念を抱いたのはクリスだけではない。

 恐らくここに居る全員が、同じ事を思ったに違いない。


「行こう」

「はい。フランクは、念の為姫様の部屋の中を」

「わかりました」


 ジェイクの声に頷いたクリスは、フランクに声を掛けて王妃の部屋へと走り出した。

 続くジェイクとアラン。

 一人残ったフランクは、アリシアの部屋の中を確認した後に合流するだろう。アリシアの部屋と、王妃の部屋はそう遠い距離ではない。赤の騎士との距離は、徐々に近くなる。

 既に赤の騎士も向かってくる三人の存在には気付いている筈だ。

 けれど、何故なのか。二人はその場所を動こうとはしない。

 ジェイクが訝しげに瞳を細めた。

 その時。


 ──ドン!──


「……?……」


 音がした。二人が並んで立っている扉の奥。


 ──ドン!──

 ──ドン!──


 繰り返される音。

 それは間違いなく扉に何かがぶつかる音だ。

 それは、中に人がいる事を意味する。

 まさか……。

 ジェイクの胸がざわついた。

 眼差しは、音のした扉へと固定される。

 まさか……まさか……。


「────!……──っ……!」


 声が、聞こえた。


 途端。

 弾かれたように、ジェイクはクリスを追い越した。


 駆ける。

 駆け抜ける。


 それは、今までとは比べようのない速さ。

 聞こえたのだ。

 声が。紛れも無く、その人の声が。

 ジェイクはその声を、大きく自身の中で響かせる。


 ──……ジェイクっ……!──


 やがて、小さく呟いた。


「──今行く」


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