<6>合流。そして……(1)
回廊に足音が響いていた。
王宮の内部への侵入を成功させたジェイクとアランは、迷う事無く玄関ホールの東側通路に向かい、二階へと続く階段を上る。
王宮の中にも勿論赤の騎士……傭兵は居た。ただ、数はそう多くは無い。
王宮の外に重点を置いていたのだろうか。或いは、内部に侵入される事を想定していなかったのかもしれない。
決意の眼差しで向かってくる傭兵を、先頭を行くジェイクが最小限の動きで、的確に射止めていく。変わらぬ無駄のない動き──。
大振りのアランには、到底出来ない真似だった。
「なあ。目的の場所わかってんのか? 闇雲に走ってんじゃねえよなあ」
「当然だ。間取りは全て頭の中に入っている。目的地は王家の間だ」
「うへえ。どんな頭してんだよ」
アランの問い掛けの声に、ジェイクは変わらぬ涼しげな表情。
その言葉に、アランは驚いたようなうんざりしたような、奇妙な表情を浮かべた。
初めて入る王宮の間取りを知っているのは、事前にアリシアに描いてもらった見取り図を、何度も繰り返し見ていたからだ。
それは、初めて貰った恋文を、飽きもせず読み返す行為に等しい。
今ではアリシアの顔を思い浮かべるように、見取り図を思い浮かべる事が出来る。
ジェイクは思い描く見取り図を、なぞるように王宮内部を見つめた。
二人の駆ける足は、その会話の間も速度を落とす事は無い。
そうして二人が、階段を上りきったその時。
「──うわっ! なんだよ急に……」
ジェイクの足取りが緩んだ。
急に迫ってくるその背中に、アランは慌てて足を止める。ジェイクの背後に居た身体を少しだけ横にずらし、前方、ジェイクの視線の先へと眼差しを。
「……あ……」
そこには、二人の騎士が居た。
それは赤の騎士服ではない。深緑のそれは、王国騎士団だ。
一人は闇を背負うかのような漆黒の艶めいた髪に、鋭い眼差しの青年。その身長はジェイクよりやや高い。
もう一人は対照的に、騎士と呼ぶには酷く優しげな顔立ちの……穏やかそうな青年だった。
背後からの足音に気付いたのだろう。二人は、ジェイクとアランに対峙するように立っていた。
戦うのだろうか。出来れば王国騎士団との争いは避けたい。
そうは思いながらも、ジェイクは片手に握っていた剣の柄に力を込めた。ジェイクの歩みは止まっていない。二つの距離は緩やかに縮んでいく。
すると、漆黒の長身の騎士がジェイクへと近付いてくる。
彼は剣を抜いていない。戦う気は無いという事だろうか。
ジェイクは、戸惑いながらもその足を止めた。
青年は、ジェイクの傍まで距離を縮めるとその場で立ち止まり、跪く。
ジェイクは、僅か瞳を見開き青年を見つめた。
「恐れながら、コーエンウルフ国王太子殿下とお見受けいたします」
言葉は、何の色も表さない無機質な声。音は真っ直ぐにジェイクの元へと届いた。
けれど。
「なあんだってえ?」
その言葉に真っ先に反応したのは、ジェイクの後ろに居たアランだった。
勢い良くその身を乗り出し、まじまじとジェイクを見つめる。
「あんたっ。王子様だったのか! それならそうと早く言えよ!」
「いや、すまない。とっくに気付いてるものだと思ってたが」
アランの勢いに、やや押されるように身体を傾けるジェイク。その表情は、意外だと言いたげな驚きの色が混ざっていた。
「ああ、いや」
驚いたようなジェイクの表情に。ふ、と。アランは我に返る。バツが悪そうに若干瞳をそらした。
「なんとなくお前の騎士が、お前に対して恭しいな。とは、思ってたんだが」
まさか、王太子だったとは。と、アランは言外に滲ませる。
アランの言動と、その様子に、黒髪の青年の後ろで控えるように跪いたもう一人の王国騎士団の青年が、声無く笑った。
視界の端に映るその笑みに、アランはその青年をジロリと睨み付ける。
クリスはその様子には関心が無いのか、気に留めることなく言葉を続けた。
「私は、王国騎士団王室護衛隊隊長のクリス・バラードと申します。後ろに控えているのはフランク・ウォーレン。王室護衛隊の隊員です」
「王室護衛隊……では」
「はい。サマーシア第一王女殿下の護衛は、我々が当たっております。……が」
クリスは此処で言葉を止めた。
意味ありげな中断。
ジェイクは、手にしていた剣を鞘に収めながらも、そこに感じる不穏な空気に眉を顰めた。
次の言葉は待たない。恐らく紡がれるであろう言葉を、推理するように自ら発した。
「アリシアの身に何か?」
「申し訳ございません!」
その問い掛けに、大きな声で謝辞を述べたのは、クリスの後ろにいたフランク。
先程浮かべていた笑みなど、とうに消えている。
「私が至らなかったばかりに、姫様が」
「殿下」
フランクの声を、強引に断ち切るようにクリスが言葉を差し込んだ。
フランクへと向けていたジェイクの眼差しが、瞬時にクリスに戻される。
クリスは、淡々とした口調で言葉を続けた。
「今は一刻を争います。説明は姫様の所へ向かいながらでも、よろしいでしょうか」
「ああ。ぜひそうして欲しい」
それは故意なのか無意識なのか。
酷く無機質な声色で、事務的に述べられる言葉。
けれど、淡々とした口調は無駄に感情を呼び起こさない。その分ある程度は、冷静に対応することが出来る。
その言葉の裏に、何が隠されていようとも。
ジェイクの言葉に、クリスは頷くと立ち上がる。
「行きましょう。──こちらです」
そう言うと、先導するように走り出した。
ジェイクとアランは、長身のその背中を追いかけるように駆け出す。
フランクは二人の背中を護るように最後尾へと回った。




