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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
旅立ちの詩
6/69

<1>レイアの娘

 リンリン……リンリン……。

 起床の鈴が鳴る。神殿の朝は早い。レイアの娘は夜明けと共に目覚め、素早く身支度をし、朝の礼拝に向かわなくてはならない。鈴の音を聞いた娘たちは、皆一斉に着替えを始める。


「……フィオナ。朝よ」

「……ん……」

「珍しいわね。いつも朝は一番に起きるのに。夜更かしでもしたの?」

「……ううん……そういうわけでもないんだけど……」


 此処は本殿の真裏にあるレイアの娘の居住区。

 まだ薄暗い中、フィオナと呼ばれたその少女は、大きく伸びをしていそいそと身支度を。腰まである豊かな髪をキリリと結い上げ、頭上から二つ折りの白の薄布……ヴェールを被る。

 頭上でヴェールを髪留めで固定すると、短い方の一枚を顔に被せた。

 レイアの娘は、人前で自身の顔を晒すことはない。視界がハッキリしないのが少々難点だが、歩きなれた場所なら何の苦も無く動き回ることが出来る。


「さ。行きましょ」


 短く声を掛けたのは、起こされたフィオナの方。二人は、静かに部屋を後にした。


「おはようフィオナ。今日は一番じゃないのね」

「ほんと。私達と一緒だなんて珍しい」


 礼拝所へと向かうのは、皆一緒だ。少女の姿を見つける度に掛けられる声。顔が見えなくても、体形や仕草で少女を特定出来るのだろう。明らかにフィオナより幼い小さな娘に声を掛けられると、フィオナはバツが悪そうにヴェール越しに頭を掻いた。

 レイアの娘たちは、六歳から二五、六歳までの幅広い年齢層で構成される。しかし、年齢が上だからと言って先輩とは限らない。神殿に入る年齢がそれぞれ違うからだ。神殿に入ってからの四年は修学の期間、それからの三年を務めの期間とされ、それが終わるころ漸く一人前の娘と認められる。

 フィオナの年齢は一五~一六歳程だと思われるが、先程声を掛けてきた一〇歳程度の少女の方が、娘としては先輩という事なのだろう。

 程なくして礼拝所へと辿り着くと、レイアの神子が礼拝の準備に入っていた。皆それぞれ所定の位置に付き、礼拝が始まる。シ……ンと静まり返る中、神子の声が高らかに響いた。

 レイアの神子は、修学を終え務めの時期も後半に入る、一三歳から一七歳のレイアの娘の中から女神の声を聞くものとして唯一人選ばれる。選ばれた娘は、神殿を束ねるものとしての役割と自覚を一年かけて、神子から教わる。

 そうして一年後「神子継承」の儀式を経て神子となるのだ。おそらく今、神子の傍で緊張したように身体を強張らせて礼拝を見つめているのが、次代の神子という事だろう。

 その少女は、神子の言葉……身振り手振りを見逃さないよう、真剣に見つめているようだった。


「フィオナ。今日は開門と庭園の清掃でしょ? 一緒に行こ?」

「あ、今日当番一緒なのね? もー、お腹すいて清掃どころじゃないわよ」

「気が早っ。朝食はまだまだ先よー?」

「……お腹持つかしら……」


 礼拝後。娘たちは神殿内や境内の清掃、入場門の開門、朝食の支度など、それぞれ分担した仕事に取り掛かる。フィオナは隣の少女から掛けられた言葉に、お腹をさすりながら呟いた。刹那、周囲に笑いが広がる。


「じゃあ、今日も一日頑張りましょう~」


 空が闇から明るさを取り戻し始めた頃……フィオナの弾む声が礼拝所を後にした。







 この日は、酷く日差しが強かった。きちんと舗装されたこの街道は、聖地サシャーナ入口の集落から神殿へと向かう一本道。この道には遮るものがほぼ皆無だった。

 その道を通る二人の青年の姿。一人は、ややぐったりしているようだった。足元にくっきりと映る自身の黒い影を見つめる青年のやや垂れ目の瞳に、苛立ちが見え隠れする。

 我慢できなくなったのか、後方を歩く青年をチラ……と見る。後ろを歩くのは、深い海を思わせる藍色の髪を纏う……前を行く青年より若々しく見えるものの、気高さを感じさせる整った顔立ちの青年だった。


「今日は、やけに暑いですね。殿下、喉乾きませんか?」


 告げられた言葉に、青年は考えるように涼しげな瞳を彷徨わせ


「まあ、暑いのは当然だが……。休憩するか?」


 クィ……と親指を突出し、街道の脇を差す。周囲に何もない街道のど真ん中。脇に座り込む位しか休憩の方法は無かった。


「いっ……いえっ。殿下が大丈夫なら、大丈夫です」


 意外にも平気な様子の青年に、慌てて両手を振り。いそいそと前を歩き出す。その様子に、後ろを歩く青年は小さく肩を竦めた。


「それにしても、懐かしいですね。三年ぶりですか」

「……三年前は神殿まで行ってない……」


 感慨深げに話す青年とは対照的に、さらっと反論した青年は何かを思い出すように遠くを見つめた。前を歩く青年はその言葉に、勢いよく反応し


「そうでした。殿下の傷は何故か治ってしまったんですよね。あの晩……何かあったんですか?」

「さあな……」


 問い掛けには短くそう答えるだけ。そのまま何か想いに耽る様子に、問いかけた本人はそれ以上の追及はせず。

 二人は神殿へと続くこの街道を、静かに歩いて行く。




 太陽が真上に差し掛かった頃。二人は神殿の門を潜った。入り口付近に居た娘らしい少女に声を掛けると、娘は本殿の入口へ二人を案内し。


「すぐ戻ってきますので、少しの間此処でお待ちください」


 そう告げると、娘は素早い身のこなしで立ち去った。二人は遠くなる娘の姿を見送ると


「……よくあの格好で、苦も無く動けるな」

「レイアの娘は、俗世とわが身を切り離すという意味で、皆白いヴェールを深く被るらしいですよ。……確かにあれでよく動けますね……」


 静まり返った空間の中。自然と声は小さくなるのか、ヒソヒソと声を重ねた。

 程なくして、数人の娘たちが二人の元へと向かってくる。先頭を歩く女性のヴェールは他の娘とは、長さが違う。責任者……といったところか。

 女性にしては背が高い方だろう。他の娘達より、頭半分上に突出している。二人の前で立ち止まると、その女性が軽くお辞儀をして声を発した。


「遠い所から、ようこそお越しくださいました。私は神殿を束ねるレイアの神子のイレーナと申します」


 その言葉に答えるよう、二人も軽く頭を下げ

「初めまして。西の国コーエンウルフから参りました。ジェイク・ハルフォードと……」

「マーカス・ウィンストンと申します」

「立ち話もなんですから、こちらへ……」

「……恐れ入ります」 


 簡単な挨拶を交わすと、神子イレーナの先導で、一行は神殿とは少し離れた場所にある建物の中へと入っていった。

 華美な調度品などはないものの、きちんと整頓されていて落ち着いた趣がある。神殿の管理施設だろう。その一角にある……応接室だと思われる部屋の中へ。


「お掛け下さい。暑かったでしょう? 今飲み物を用意させております」

「あ、いえ。どうかお構いなく……」


 イレーナの言葉にやんわりと手を横に振ってはみたものの……ジェイクは隣のマーカスをチラリと見遣る。マーカスの喉がゴクリと鳴った……ような気がした。ジェイクは小さくため息をつきながら椅子に腰を落とす。

 程なくしてノックの音。コップを乗せたトレイを持った娘が部屋の中へと。


「失礼いたしま……」

 娘は入ってくるなり立ち止まった。どうやら視線の先はジェイクのようだ。そのまま動かずにいるその様子に、皆が注目する。


「……どうしました?」


 向けられたイレーナの声に、娘は漸く我に返った。


「も……申し訳ございません。余りにも凛々しいお姿でしたので……見惚れておりました」


 言いながら、慌ててコップをテーブルの上に置いていく。


「へえ……見えるんだな……」


 そう呟いたのは、マーカスのほう。聞き逃さなかった娘は、コップを置き終えた後マーカスへと向き直り


「……ま。失礼な。多少は透けて見えるんだから、貴方の顔だってちゃんと見えてます」


 そう言って、ベーと、舌を出した……ように見えた。


「これ、やめなさい。はしたない。……申し訳ありません」


 慌てて、イレーナが娘を諌める。次いでマーカスに謝辞を。その様子を見たマーカスは呆気にとられるものの、隣のジェイクはクスッと小さく笑い。


「……今のは、お前が悪い」

「す……すみません……」


 マーカスが、娘に向かってバツが悪そうに謝ると、娘もトレイを胸に抱きながら小さく呟いた。


「私も言い過ぎました……」


 そうしてゆっくりとお辞儀をすると、クルリ回転してその場を去ろうと歩き出す。イレーナが問いかけたのはそれと同時だっただろうか。


「……で。お話というのは?」


 一呼吸おいて、ジェイクが声を。


「……レイアの娘を、一人頂きたい」


 ──娘の足が、止まった。


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