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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
終末の風
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<7>思わぬ遭遇

 視界を遮る白い霧が晴れた頃。空は鮮やかな青に染まっていた。

 それは雲一つない快晴。強い日差し。ジリジリと焼き付けるような暑さ。

 時折吹き抜ける風でその熱は和らぎを見せるものの、流れる汗を留めるまでには至らない。

 暑くなる──。

 それはジェイクの予想通りの天候だった。


「……すまない。これから先は、休憩無しだ」


 申し訳なさげにジェイクが告げたのは、視界に映るものが緑豊かな景色から、石造りの街並みに変わった頃。

 勿論それに異を唱える者は居ない。皆一様に大きく頷いた。

 王都に近づいている……目に見えて実感出来るそれに、気分が高揚するのはジェイクだけではないのだろう。

 後ろを進む騎士達の足取りは、此処に来て一段と力強さが増していた。

 かといって、浮足立つものは居ない。

 それぞれが逸る気持ちを抑えながら、身を引き締める。


「……頼もしいな」


 騎士達の様子を見遣りながら、ジェイクが涼しげな瞳を僅かに細める。

 その声に、カイルが嬉しそうに微笑んだ。


「当然です。ここに居る騎士は、殿下が選んだ者達ですから」

「ああ……そうだな」


 ジェイクの言葉に返したカイルのそれは、弾む音に乗る。

 ジェイクは嬉しげなその表情を視界の端に収めると、ゆっくりと頷いた。


 太陽の光は、整備された石畳の街道に直接落ちる。その光が吸収されて熱となるのか、足元からも暑さを感じた。

 町中になればなるほど、木々の緑は姿を消していく。それ故に、涼を取れそうな影も無い。

 それでも、出来るだけ建物の陰になる場所を選んで、一行は歩みを進めた。


「……おかしいと思わないか?」


 それは唐突だった。

 周囲を見回しながら、ジェイクが零した言葉は問い掛け。

 その声にカイルがジェイクへと視線を移した。


「……何がです?」

「早朝の時間は、とうに過ぎてる。もう、人が動いても良い時間だ」

「あ……」


 続くジェイクの言葉に、反射的にカイルも周囲を見回す。そうして、大きく頷いた。


「確かに……人が居ませんね……」


 視界に入る景色は、店が多く混在している民家が立ち並ぶ場所。

 この場所に来る途中にも、市場らしい場所を見つけた。恐らく普段は人通りも多く、賑わいを見せる界隈のはずだ。

 しかし、今は酷く閑散としていて人ひとり見つけることが出来なかった。

 それは明らかに意図的。

 懸命に気配を殺し、何かから一斉に身を隠すような……。


「──近いんだろうな」


 口元に指先を添えつつ考えるように呟いたジェイクは、遠く……通りの先を見遣った。

 近くで戦闘があったに違いない。だから、住民は被害が我が身に及ばないように、姿を隠したのだ。

 何かを探すようなジェイクの眼差し。カイルもそれに習うように遠くを見渡しながら歩みを進める。

 やがて……その瞳を大きく見開いた。


「──殿下」

「……ああ」


 視線の先……ジェイクとカイルは同時に同じ場所を見つめた。

 ジェイクは途端に走り出す。それに並走するようにカイル……他の騎士達も二人を追うように走り出した。

 ……人が居たのだ。それも一人や二人ではない。

 更に付け加えれば、それはこの町に住む住民の姿ではなく、赤の騎士服を着た……ディクソンの傭兵だった。


「これは一体……」


 傭兵達は通路の端……中央問わず、散らばる鮮血と共に点在するように倒れている。

 しかし、倒れているのはディクソンの傭兵……赤の騎士だけだ。

 内乱側と思われるものも、王国騎士団と思われるものも居ない。

 応戦しているのは赤の騎士だけなのか? ジェイクの中で様々な疑問が湧き上がる。

 ジェイクら一行は、倒れている傭兵一人一人に駆け寄り、状態を確かめた。

 気を失っている者も居れば、辛うじて意識を繋いでいる者も居る。

 彼らの動きを、止める事が目的なのだろう。

 皆重症ではあるが、幸いにも命に別状は無さそうだった。


「……向こうの道から来たんだな」


 ジェイクが呟きながら、眼差しを遠くへと投げる。自身が通ってきた道とは別の道がそこにはあった。

 この場所は二つの道が合流する地点なのだ。

 町の造りや道路の広さ……建物の規模からみて、王都に次ぐ都市なのかもしれない。

 赤の騎士へと視線を落としていたカイルが、何か思い出したように顔を上げた。


「確かこの町は……王都の隣にあるウィグスタンという町だったかと。此処までくれば、王都は直ぐです」


 カイルの言葉は、その場にいたジェイク達騎士の士気を上げるのに、十分な威力があった。

 眼差しに力が溢れる。

 ジェイクは大きく頷くと、立ち上がった。


「……急ごう。彼らと合流するんだ」


 告げると同時。ジェイクはもう走り出していた。

 続くカイル達も走り出す。

 視線はもう、前しか向いていない。力強い足音が、石畳に響いた。







「カイル。道はこのままで間違いないのか」


 ジェイクの涼しげな声が響く。走っているにも拘らず息ひとつ乱れないのは、全速力ではないからだろうか。

 カイルがその言葉に背後から声を掛けた。


「はい。間違いありません。この大通りを、そのまま進んでください」


 カイルの言葉は、前を行くジェイクに向けたやや大きめな声。

 力強いその音に後押しされるように、ジェイクが迷いなく足を進める。

 やはり、王都に隣接する都市だけあって、大きな町だ。

 街道は馬車が往来出来るほどに広く作られてあり、何度も手直しされているのか路面の凹凸も少なく、躓く心配が無い。

 つまり走りやすいのだ。

 花の国らしく、道の端に花壇が設えてある所もある。

 ジェイクはそれを視界の端に収めながら、時折表情を和ませた。

 そうして、一行は町の中心部へ辿り着こうとしていた。


「────待て」


 それは唐突だった。

 ジェイクは立ち止まりながら片手を水平に出し、後ろを走る騎士達を止めた。

 制止を呼びかける涼しげな声は、静けさと研ぎ澄まされた刃物の先端のような鋭さを持つ。

 細められた眼差しは、何かを探るように周囲の景色を素早く駆け巡った。


「……囲まれていますね……」


 ジェイクのただならぬ様子に、後続の騎士も探るように周囲を見回す。

 通路の脇……店と店の間の小さな隙間……民家の陰……ジェイク達を取り囲むように、人の気配があった。


「……どっちだろうな……」


 変わらぬ表情でジェイクが呟く。

 一行は特に気配を消す事無く、ひたすらに前進して来たのだ。

 彼らがジェイク達に気付いたとしても、それは当然の事だっただろう。ただその彼らが、内乱側の者なのか……それとも……。

 ジェイクは周囲に視線を留め置いたまま、腰にある剣に手を伸ばした。

 ────その時だった。


「よう! 久しぶりじゃねえか!」


 それは、ジェイクから見て左前方にある民家から聞こえた。

 声の聞こえた方角へと、ジェイクの視線が向かう。

 一人の男が、ジェイクに向かって歩み寄っていた。

 その姿に、ジェイクの涼しげな瞳が大きく見開いた。


「お前は……」

「驚いたぜ。まさか、再会するとはな!」


 何の躊躇する事も無く、男はずかずかとジェイクとの距離を縮めていく。

 カイルは咄嗟にジェイクの前へと身を乗り出した。ジェイクを護るためだ。

 けれどジェイクは、それを止めるように片手をカイルの肩に乗せ


「ああいい。……あいつは、大丈夫だ」

「お知り合いですか?」

「知り合い……。ああ、まあ……。知り合いか……」


 カイルの問い掛けに、ジェイクは深く考えながらも曖昧な返答を。

 いつもとは違うジェイクの口調に、カイルは僅かに首を傾げた。

 そんなカイルを他所に、ジェイクは改めて近づいてくる男の顔を、まじまじと見つめる。

 柔らかく揺れる金髪に、淡く煌めく碧の瞳……。上品な印象を与える優しげなその表情。それに相反する口調。──忘れるはずが無い。

 フォゼスタに向かう途中の樹海で、アリシアの首筋に傷を付けた黒づくめ男の正体だ。


「お前……内乱側に加担してたのか。……それであの時……」

「ああ、あん時の俺の独り言な。……ちゃっかり盗み聞きたぁ、大した度胸じゃねえか」


 もう二人の距離は、手を伸ばせば届くほど。ジェイクの言葉に、男は悪戯っぽく笑みを浮かべたつもりだった。

 が、上品なその顔立ちからか、穏やかな笑みにしか見えない。

 けれどその弾む声に、ジェイクは涼しげな瞳を伏せながら、胸の前で拳を固く握りしめた。

 ……眉間に怒りのマークが見えるような気がする。


「貴様……。相変わらずだな」

「おいおい冗談だろ。本気にすんなよ」


 あの夜……独り言とは言いながらも、ジェイクに情報を提供していたのは、男の方だ。盗み聞き扱いとは、心外極まりない。

 ジェイクの怒気の籠った物言いに、男は乾いた笑みを浮かべ……胸の前で両の掌を広げながら、ジェイクを止める。

 ややあって、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し


「そう言えば、あの天然の嬢ちゃんは? まあ……この先は戦場だから、居ない方が良いけどよ」


 男が言葉にしたのは問い掛け。彷徨う視線はアリシアを探していたのだ。

 その言葉に、ジェイクの表情は止まった。


「……どうした。何かあったのか?」


 ジェイクの表情の変化。男はジェイクを心配するように見遣る。

 ややあって、ジェイクがぎこちなく口を開いた。


「あいつは、サマーシア王家の……たった一人の王女だったんだ。……この国の宰相に奪われた」


 酷く言い難そうに、言葉は途切れ途切れ。

 けれどそうする事で、それは逆にハッキリと男の耳元に届く音となる。


「なん……だって……!?……」


 ──男の碧の瞳が、大きく見開いた──。


「……どうした」


 男の声……表情に。

 今度は逆にジェイクが男に問い掛けを。

 男の表情は、まさに驚愕そのものだった。瞳を大きく開いたまま瞬きすらしない。

 片手で口元を覆うと、何かの衝撃を受けたかのように、身体を前方へ倒す。


「……おい」


 崩れ落ちてしまいそうなその肩に、ジェイクは支えるように手を掛けた。

 ──震えている?

 ジェイクは訝しげに男の表情を覗き込む。

 男は前髪を掻き上げるように、口元を覆っていた掌を動かし……額に乗せた。


「……そうか。だからあの時…………」


 溜息と共に吐き出す言葉は、後悔の色を濃く残す。

 淡く零した笑みは、酷く自嘲染みていた。

 ジェイクはけれど、男に何が起きているのか、さっぱりわからない。

 男は肩で大きく息を吐くと、顔を上げた。


「あんた……。嬢ちゃんを助けに来たんだな」


 その瞳は、先程までの震える物とは違う。強く……確りとした眼差し。

 ジェイクはその表情の変化に戸惑うものの、やがて、力強く頷いた。


「そうだ。──出来るなら、宰相……ディクソン・バーナムを討ちたいとも思っている」

「だったら、俺達と同じだ」


 ジェイクの言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべると、男は片手を頭上に高々と上げた。

 ……それが合図だったのか、周囲に身を隠していた者達が一斉に姿を現す。


「こいつらは、元々この国の騎士だった。ディクソンが、気に入らない騎士を次々と追い出して、傭兵をどんどん登用してったんだ。皆、ディクソンを快く思わない奴ばかりさ」

「成程……。隠れて鍛錬しながら、反撃の時を伺っていたのか」

「そういう事だ」


 男はジェイクの言葉に、軽く頷く。

 そうして、一歩ジェイクから後退すると、クルリと反転し


「彼らは、我々と志を同じにする……いわば仲間だ。これからは、彼らと協力してディクソンを討つ!」


 力強い言葉は、現れ出た男の仲間達に向けたもの。

 高々と張り上げる声は、取り囲む全ての者の耳に届くように。

 その者達は、元ではあるが騎士らしく、ジェイク達一行に一礼を向けた。

 再び男はジェイクへと向き直り


「まあ、そういう事で。……よろしくな」


 そう言葉を向けると、片手を差し出した。

 相変わらずの口調。……しかし、ジェイクの瞳に映る男の表情には、真っ直ぐな熱を感じ取れた。

 ジェイクは、男の表情と差し出された指先を交互に見遣ると


「……ああ、共に行こう。──全てを、終わらせるために」


 男の手を取り……固く握りしめた。


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