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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
終末の風
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<6>希望の光

 朝の陽の光を受けて、草木の緑に溜まった露が淡く煌めく。

 まだ少し肌寒いこの日の早朝は、景色が霧に包まれてハッキリしなかった。やや湿気を帯びた大地が、足元を濡らす。

 けれど、歩き辛いのは足元ではなく視界の悪さが原因だ。遠くを見通せない景色は、旅人の不安を煽る。

 何より初めて歩く道程。何処でどう間違えるかわからない。

 それでも、先頭を歩くジェイクの足取りは力強く……迷いが無かった。


「今日も暑くなるな……」


 立ち込める霧を見遣りながら、ジェイクが呟く。早朝から霧が出る……こんな日の日中は、良く晴れて気温が上がる。その事をジェイクは、今までの旅の経験から想定出来ていた。

 ジェイク達一行は、既に村を出発して、サマーシア王都へと向かっている。この調子なら、昼下がりの頃には王宮に入れるかもしれない。

 ……上手くいけば……の事だったが。


「それにしても……順調すぎますね」


 ジェイクのすぐ後ろを歩くカイルが、声を掛ける。

 酷く難しい顔をしていた。

 その言葉には、ジェイクも微かに頷く。


「まるで計画的だな。──王宮の中に、内乱の首謀者が居るんじゃないのか?」


 それは、宿屋で朝食をとっていた頃の話。王都からやや離れた地方の村で、内乱が始まったという一報を耳にしたのだ。

 内乱勃発は、まさにフォゼスタへ侵攻を始めたその日の事。

 期待と不安の交錯する様な眼差しを重ね合いながら、会話をしていた村人達の表情を思い出す。


「……複雑だろうな」

「……え?……」

「いや……」


 ポツリと呟いた言葉は独り言だったのだが……殊の外、声が大きかったのかもしれない。

 聞き返すように問いかけるカイルに、ジェイクは緩やかに首を振る。

 国王不在の今……ディクソンの政策の下で、サマーシアの民は重税に苦しんでいると聞く。

 また、独裁ともとれるその手腕に、振りまわされる周辺貴族も少なくはないだろう。スタンリーが良い例だ。

 恐らく皆、ディクソンに対する不満を多々抱えている。

 しかし、今や圧倒的権力と財力を持つディクソンに逆らえるものなど、存在しない。

 そんな中勃発した内乱は、サマーシアが抱える暗闇に差した一筋の光のように見えただろう。きっと彼らに希望を託している違いない。

 しかし、それが失敗すれば……今以上の悪政が、サマーシアに訪れるかもしれない……。村人の表情はそんな心境の表れ。

 ジェイクは、容易に察することが出来た。

 内乱はジェイクも心待ちにしていた出来事であったが……遠征当日というそのタイミングの良さに、違和感を覚えたのも事実。


「まあ……。国内の大半の騎士が遠征に出たという話だ。何処から情報が漏れてもおかしくはないが」


 これも、今朝宿屋で漏れ聞いた情報だったが……流石にそれにはジェイクも耳を疑った。

 国内の警備を手薄にしてまでする事か。逆に侵略してくださいと言っているようなものだ。

 そもそも秘密裏に事を運ぶなら、動かす人間は最小限に留めるべきではないか。仮に情報が流出したとしても、何処で漏れたのかを迅速に調べる事も出来る。

 ……裏を返せば、これだけ大掛かりに軍を動かし、仮に情報が漏れても些細な問題でしかないという事。

 少なくとも、ディクソンはそう思っているのだ。


「大した自信家だな……」


 ジェイクが漏らした呟きは、何処となく呆れたような溜め息と共に。

 寄せ集めの傭兵の戦力で、何を何処まで出来ると思っているのか。始めから騎士を正しく育てる事により、その国のあるべき騎士の姿が生まれる。

 それが裏付けされた統率力と、戦闘力を誇るのが西の大国コーエンウルフだ。

 王太子として、幼いころから厳しい教育を受けてきたジェイクにとって、ディクソンのやり方は到底受け入れられるものではない。


「此方の騎士達は戦闘経験に乏しく、実力が無いと言われていますが……」

「それは、聞いた事がある。サマーシアの歴代の王は、苦労したんだろうな」


 首を捻りながら考えるように言葉を紡ぐカイルに、ジェイクは頷く。

 サマーシアは、国王の外交努力で平和を築いてきた歴史のある国だ。此処近年は、周囲各国の侵略の脅威に晒されることも無い。

 それ故に騎士達の主だった仕事といえば、毎日の鍛錬と、国内の警備だけだったかもしれない……。

 実戦経験のない騎士が、勘が鈍るのは仕方のない事なのだろう。

 だからといって、一概に実力が無いとは言い切れないのだが。


「しかし……私は此方の騎士団長と、王室護衛隊長にお会いしましたが……。とてもそんな噂が、信じられるような方々ではありませんでした」

「そうだな。……スタンリー殿には俺も会ったが……」


 カイルの言葉には肯定の返事を。

 同時にジェイクが思い出すのは、アリシアと別れたあの日の事。

 無数の剣を向けられながらも、臆する事無く気丈に振る舞うスタンリーのあの姿……。


「──三年もあれば、変われる」

「……殿下?」

「──強くなれる」


 不意に音になる言葉。

 カイルは、少し先を歩くジェイクを見上げた。

 遠い眼差し……。前を見据えるその涼しげな瞳は、確かな光を宿す。

 重なるものがあるのか……或いは誰かを思い浮かべるのか……。

 カイルはジェイクの真っ直ぐな眼差しに、自身の瞳を細めた。







「…………スタンリー殿は、まだですか」


 その問いかけは、何処か呻くような声。

 ディクソンの赤の瞳がいつになく揺れていた。恐らく昨晩から眠れていないのだろう。その目元は、やや腫れているように見える。

 早朝の国王執務室。入口近くにあるソファの前で、ディクソンに対峙していた赤の騎士が、困惑気味に声を返した。


「恐れながら……フォゼスタ遠征軍へ通達を出したのは、先日の夕刻の事。休みなく馬を走らせたとしても、遠征軍に通達が届いたのは本日深夜から未明の頃でしょう」

「…………」

「……そこから、急ぎ戻って来たとしても……」

「ああ、わかった。もう良い」


 ディクソンは、片手をひらひら振りながら騎士の言葉を途中で切った。

 もう最後まで聞かずともわかる。つまり、スタンリーは未だ帰路の途中だという事。

 通常ですら半日掛かる距離。しかもあれだけの軍勢を動かして帰るのだ。どんなに急いだとしても、陽が落ちる前に帰り着くことはあり得ないだろう。

 まさかこんな事になろうとは……。ディクソンは唇を噛みしめた。


「……奴らは、今どの辺りに居るのです」


 ディクソンが問いかけを重ねる。それは腹立たし気に吐き捨てるように。

 奴らとは、腕輪の持ち主……即ち王位継承者を名乗る一行に他ならない。


「今は……ウィグスタン……という町の手前で応戦中のようです」


 返答に曖昧な言葉と口調が混ざるのは、ディクソンの眼前に居るこの男がサマーシアの民ではないからだ。

 ディクソンに雇われて、まだ日も浅いのかもしれない。サマーシアの地理に疎いのだという事が容易に伺える。


「……もう、目前ではないですか……!……」


 何気なく発せられた赤の騎士の言葉。

 けれどそれは、容易にディクソンの身体に戦慄を与えた。

 ウィグスタンは、王都に隣接する大きな商業の町だ。ディクソンが束ねる銀細工の大手ギルドもそこにある。

 ルデカ地区が王都とそう離れていないとは言っても、進軍の速度が速すぎるのではないか……。

 迫りくる不気味な脅威にディクソンはギリ……と、自身の親指の爪を噛んだ。

 最早その表情に、余裕の欠片もありはしない。


「何を悠長に構えているのです! 最低限の騎士を王宮に留め、残りは全て討伐に当たってください!──決して、そこから先に進ませてはいけません!」

「し……承知しました!」


 その声は、例えるなら怒号。

 我を失ったかのような形相に気圧されながら、赤の騎士は一礼し、その場を立ち去る。

 騎士が立ち去った後……全ての力を出し尽くしたかのように肩で息をするディクソンが、大きく項垂れながら傍にあったソファに腰を落とした。


「……なんだその強さは……。そんな強さは、あの殿下には無いはず……」


 三年前……まだ少年だった王子は、知的で聡明ではあったが、優しく争い事を好まない性格の所為か、剣技には長けていなかった。

 そんな少年がこの三年で、人数が少ないとはいえ、ディクソン自慢の傭兵を凌駕する程の強さを手に入れる事など……出来るのだろうか。


「……いや」


 ディクソンが、大きく首を振る。そもそもそんな事が、問題なのではない。

 あの晩……王子に止めを刺したのは、他ならぬ自分自身だ。

 腕輪を持つその者が、王子であるはずがない。頭の中が混乱する。

 ディクソンは、大きく頭を抱え込んだ。


「……一体……奴は誰だ……」


 弱々しい声が、部屋の中をゆらゆらと漂う。ディクソンは頭を抱えたまま動けない。

 しかし、こうしている間にも奴らは不気味な足音を立てて、じわじわと迫って来ている。

 じっとしているわけにはいかない。何か──何か──……。

 ────ポツリ。

 不意に……言葉が漏れた。


「……姫様……」


 次の瞬間……重たそうな頭をゆっくりと上げる。

 ──赤の瞳が怪しく光った。


「……そうだ。私には姫様が居る。あの方こそが正当な王家……そして最愛の妻」


 頭を抱えていた両の手をダラリと下ろすと、ディクソンが徐に立ち上がる。

 何処を見ているのかわからない眼差しはけれど、一筋の希望の光を見出したかのように輝いた。


「そもそも本物かどうかわからない腕輪を持つ者など、恐れる必要はない。……姫は……アリシアは、私のものだ」


 それは呟きと呼ぶには、確かな強さを秘めた音。一つ一つを噛みしめるように、ゆっくりとした声に乗せる。


 ニヤリ……。口元が奇妙に歪んだ──。


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