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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
胸騒ぎの雨
29/69

<8>雨の終わりに

 詰所を出た三人は遅い昼食を終え、それぞれの部屋へと続く庭園沿いの通路を歩いていた。

 普段なら、此処から色鮮やかな景色を一望出来るのだろう。しかし今日の景色は普段とは一変していた。

 勿論屋根はある。少々の雨が降ったところで、普段なら濡れるような事は無いだろう。

 けれど雨は激しさを増し、風も強い。横殴りの雨が、通路に降り込んできていた。


「……随分空が暗くなったな。まだ夜には早い筈だが」


 アリシアを庇いながら歩みを進めるジェイクが、通路から見える空を遠く眺め、ぼんやりと告げた。

 その言葉に後ろを歩くマーカスは、ウンザリした様に小さく息を吐き、肩を竦めた。


「……せめて風は何とかなりませんかね」

「確かにな。……これじゃあ、まるで嵐だ。……アリシア大丈夫か?」


 ジェイクは、傍らのアリシアを気遣うように声を掛ける。建物とジェイクの間に挟まれるように歩くアリシアは、雨の被害はゼロに等しかったが。


「……私は大丈夫だから、ジェイクもっとこっちに寄って? 濡れてるでしょ?」


 アリシアは、ジェイクの肩が雨にかかっている事が気になって仕方ない様子で、ジェイクの服の端をしきりに引っ張っていた。

 しかし、アリシアが引っ張る程度でジェイクを動かせる筈もなく


「この位、濡れたうちに入らないだろ。……ほら、もう終わる」


 心配そうなアリシアを、楽しげに見遣りながらも歩は進めていく。

 程なくして、三人が使う客室のある建物の中へと入っていった。


「それでは、私は此処で……」

「ああ。ゆっくり休め」


 屋内を歩いて暫くすると、マーカスと別れる。マーカスの部屋は二人が使う客室より手前にあるからだ。

 雨は当分止みそうにない。今日はもう、身体を休める以外に出来る事が無かった。

 やがて、奥にある二人の部屋へと辿り着く。本来、太陽の光が眩しく照らし出すのだろう室内は、今は薄暗いままだった。

 ジェイクは明かりをつけようと、部屋の奥にしつらえてあるランプの場所へと歩みを進める。

 バルコニーへとつながる大きな扉からは、黒い雲が空を覆っているのが朧げに見える。扉を打ち付ける雨の滴が視界を遮っているのだ。

 アリシアは、入口の扉付近にあるランプへと手を伸ばした。程なくして柔らかな明かりが、辺りを照らす。

 アリシアは明かりを消さないようにそっと手を離すと、室内へと身体を動かし、視線を巡らせた──その時。


「──……っ!──」


 大きな光が部屋全体を突き刺すように差し込んだ。

 間髪入れずに建物が揺れているような激しい地響き。

 ──雷だ。


「……近くに落ちたな……」


 流石に今の雷はジェイクも衝撃だったらしい。

 反射的に自身の身を隠すように屈み、頭上で光を遮るように片腕を上げた。


「アリシア大丈夫か?」


 ジェイクは身体を起こすと、即座にアリシアの元へと駆け寄った。

 位置的にアリシアは光の衝撃を目の当たりにしたはずだ。


「……大丈夫……。ちょっと……目が……」

「ああ……光が入ったな……」


 アリシアは、光を避けるように身体を反転させた状態でしゃがみ込んでいた。

 目が開けられないのか、瞼を閉ざしたまま。

 ジェイクはアリシアの背にそっと手を乗せ、その表情を覗き込む。

 ──刹那。再び光が二人を包んだ。

 ジェイクはアリシアを庇うように抱き寄せる。暫くして──音。

 激しく響くそれに、アリシアは身を縮めた。


「大丈夫だ。……さっきよりも遠い」


 ジェイクの言葉はアリシアを安堵させるように、耳元で優しく響く。

 アリシアは細く息を吐くと、肩を落としジェイクに身体を預けた。


「……覚悟はしてたけど……ここまで酷いのは反則よ……」


 力なく告げる言葉は、どこか非難するような。

 ジェイクはその声に、何かに気付いたように瞳を瞬かせ……小さな笑みを浮かべた。


「お前、雷気にしてたのか。さっきから空見て、変な顔するなとは思ってたが」

「やだ……見てたの? 気付かれないようにしてたのに」


 漸く瞼を開いたアリシアは何度か瞬きを繰り返す。

 視界に映し出される景色を確認するように眺めると、すぐ傍にいるジェイクを見上げた。

 それは何処か驚いたような眼差し。

 ジェイクは笑みを湛えたまま、アリシアに視線を合わせ


「歩けるか?」


 告げると立ち上がり、アリシアに手を差し出した。

 アリシアはコクリと小さく頷き、差し出された手を取り立ち上がる。

 そのまま二人はソファへと向かった。


「……お前の事はいつも見てる」


 それは、アリシアの問いの答え。アリシアをソファに座らせると、静かに……けれど、確かに届く声で。

 涼やかな眼差しはアリシアへ。


「もう……あんな思いはさせない。──離さない」


 決意に満ちた言葉は、酷く柔らかで穏やかに響く。

 ジェイクの伸ばした指先が、アリシアの首筋へ……僅かに残る傷跡に触れた。


「ジェイク……」


 アリシアの隣に腰を下ろしたジェイクは、アリシアの銀の髪を一房手に取り弄ぶ。

 その様子を見つめるアリシアの眼差しは、戸惑いの色が見え隠れして……。

 何か言葉を探すように視線を彷徨わせた。


「あ……でもほら……。捕まったからサマーシアの情報が貰えたわけで……。悪いことばかりじゃなかったでしょう?」


 そうして見つかった言葉。アリシアは顔の横で人差し指を上げつつ、安堵しながらジェイクに声を掛ける。

 けれどジェイクはその言葉には苦笑し


「たまたまだろ? あまり俺を甘やかすな」

「そんなつもりじゃ……だって私……ジェイクが無事な方が嬉しい……」

「……バカ」


 言いながら恥ずかしげに俯くアリシアに、ジェイクもまた、頬を僅か染める。

 けれど、続ける言葉は憮然とした声色で


「俺は、お前が無事な方が良いんだ」


 言いながらアリシアの肩を抱き寄せた。

 抵抗する事もなく、ジェイクの元へと身体を預けるアリシアだったが、急に思い立ったように顔を上げる。

 ジェイクは驚いたように、顔を少し後ろへ逸らした。

 アリシアは、やや睨み付けるようにジェイクを見遣り


「ジェイク、最近バカバカ言い過ぎ。私、そんなにバカじゃないわよ」


 そう言うと、プクッと頬を膨らませた。

 ジェイクは、勢いよく告げられた言葉に呆気にとられるも……ややあって大きく噴き出す。


「……っ……はははっ!……」

「もうっ……そこ笑うところじゃないから」


 アリシアが非難を重ねるけれど、ジェイクの笑いは止まらなかった。

 ──ジェイクのこんな風に勢いよく笑う姿を、初めて見たかもしれない。

 アリシアは不満げな様子を表しながらも、そんな事を思っていた。

 やがてジェイクの笑みに釣られるのか、アリシアの表情も笑顔に変わっていく。


 ──雨は少しだけ、その勢いを弱めていた。




「サマーシアでは、ジェイクが先頭に立つの?」

 問い掛けはアリシア。やや不安げな声を、傍らのジェイクに向かって。

 不意に向けられた言葉に、ジェイクは穏やかな笑みを向けた。


「……不安か?」


 問い掛けに問い掛けを。けれどそれは肯定だったのだろう。

 アリシアは、コクリと頷く。


「……ディクソンは……私から父と兄を奪ったわ。……あの人は私から大切な人を全て奪っていく……」

「アリシア……」

「貴方まで失ってしまったら…………私…………」


 サラリと胸元へ落ちる銀の髪が、アリシアの表情を隠す。

 ジェイクはアリシアの髪を払い上げ、その頬に触れた。

 顎にそっと指先を掛け、顔を上げる。

 ──思いつめたような表情が露になる。


「……俺を誰だと思ってる」

「……ジェイク……」

「そうだ。……過信するつもりはない。慎重に事を進めていく。……そんなに心配するな」


 向けられた声は降り続ける雨音と溶け合って、アリシアの耳元に優しく届く。

 アリシアは、頬に触れるジェイクの大きな手に自身の手をそっと重ねると、頷くように瞳を閉じた。


「……それにしても……。どうしてあいつは王にならないんだろうな。今は王位空白なんだろ?」

「それは多分……腕輪が無いからだわ」

「……腕輪?」


 ジェイクの問い掛けに、アリシアは瞳を開くとコクリと頷いた。


「サマーシアは小国だけど、歴史の長い国なの。王家には代々受け継がれる王位継承の腕輪があって、その腕輪を持つ者しか王位継承は許されていないわ」

「……その腕輪は、今何処に?」


 アリシアの頬に添えた指先を外しながら、ジェイクが問いかける。

 その言葉に、アリシアはゆっくりと首を横に振った。


「……王の腕輪は、王位を受け継ぐ者に極秘で渡されるの。腕輪は王位継承の時まで持ち出すことを許されていないし、その場所を教える事も許されていない……。恐らく兄が在処を知っていたんだと思うけど……」

「成程……。腕輪の在処を聞く前に……」


 ジェイクは藍の髪を掻き上げ、ため息交じりに呟いた。

 言葉を最後まで言わないのは、アリシアへの気遣いだ。

 緩やかに視線を移し……アリシアを見つめる。


「信じろ。……俺は居なくならない。────絶対だ」


 強い言葉。

 強い眼差し。

 強い決意。


「……有難う……」


 アリシアは緩やかに頭を下げ……ジェイクに心からの感謝を。

 その言葉に、どれだけ救われるか。

 その眼差しがどれだけ心強いか。

 アリシアはそのまま、ジェイクの肩にコツンと頭をぶつける。

 ジェイクはアリシアの肩に腕を回し、強い力で抱き寄せた。




 雨はやがて終わりを告げようとしていた──。


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