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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
迷いの森
20/69

<6>面影に涙を添えて

 さらさらと風が流れる。木々の葉か微かに揺れた。

 ──寒いのは気のせいじゃないだろう。

 あれから月はどれくらい傾いただろうか。

 ジェイクは毛布を二枚取り出すと、変わらず光を放つフィオナの方へと向かい、一枚をその肩に掛けた。

 もう一枚は、男の身体に


 ──バサッ──


「おいおい。随分扱いに差があるじゃないか」


 苦笑交じりに男が抗議すると、戻ろうとしていたジェイクが立ち止まり


「置いてやっただけ有り難く思え」


 ニヤリと。口角を上げ不敵な笑みを向けて立ち去った。

 フィオナがクスクス笑いながら、男の身体に乗った毛布を掛け直すと男はフィオナへと視線を移し


「そこ笑うとこか? おい」

「だって、男の子の喧嘩って感じなんだもん」

「子ども扱いかよ……。あんたいくつ?」

「一六だけど?」

「年下じゃないか。俺一九」

「大差無いじゃない。細かいこと言わないの」

「なんだよそれ……っ……」


 言いかけて、男はむせた様にゲホゲホと咳き込む。

 フィオナは男の身体を横に向けて、背中を支えた。


「……大丈夫?……ねえ、そのマスク……呼吸辛くないの?」


 男の瞳以外の全てを覆い隠すその黒い布は、その口元もきつく縛っているようにも見えて、フィオナは不安げに問いかけた。

 男が気を失っている間、何度もそのマスクを外そうと考えたものの、本人の意思無しに外すのは気が引けて、結局外せないままでいたのだ。


「あぁ?……ああこれか」


 その言葉に、男は今気付いたかのように顔を覆うマスクに触れ


「普段はもう慣れてるから、気にならないけどな……」


 そのまま口元へと大きく引き下ろすと、頭を覆う布も同時に外した。

 そうして横にしていた身体を仰向けに戻し


「……確かにこっちの方が楽だな」


 大きく深呼吸をし、フィオナに笑いかける。

 口調に似合わず、上品さが漂う優しげな表情。

 細く柔らかな金髪の下で揺れる淡い碧の瞳が印象的だった。


「……どうした? あまりの美形に見惚れたか?」


 フィオナは男の顔を見た瞬間から、驚いたように目を見開き固まっていた。

 男を片時も視線から外そうとしない。

 男は茶化すようにフィオナに声を掛けた。

 フィオナは、その声で漸く我に返る。


「ごめんなさい……。よく知ってる人に……似てたから……」

「──――あんた……神殿育ちじゃないのか……」


 フィオナの言葉に、何か気付いたのだろうか。男の視線は、鋭く変わる。

 フィオナは、小刻みに首を横に振った。それが問いかけの答えなのだろう。

 男は深く息を吐き


「……よく言われるが……似てるだけだ」


 そのまま天を仰ぐ。

 フィオナは、ずっと男の顔を見つめたままだ。その眼差しはまるで大切な人を見るような……。

 やがて、その瞳に光るものが生まれた。


「……泣くな。……別人だって言ったろ」

「……っ……ごめんなさい……」


 フィオナは口を固く閉じ、必死に涙を止めようとしていた。

 瞬きをしないその表情……言葉に苦笑しつつ、男はゆっくりと視線を変える。


「……あいつが見てるぞ」


 移した眼差しの先……ジェイクと視線が重なった。ジェイクは二人の様子に怪訝そうに眉を顰め……徐に立ち上がると、二人の場所へと歩みを進めた。


「……マスク外したのか」


 再びフィオナと男の間に入り、静かにしゃがみこむと、表情が露わになった男に視線を投げる。

 男はニヤリと笑みを浮かべるものの、元々が穏やかな顔立ちだからだろうか、あまり嫌味らしく見えなかった。


「ああ。あんたに負けず劣らずの美形だろ?」

「……」

「こら、無視すんな」


 その言葉に、ジェイクは無反応。

 フィオナへと眼差しを移すと、気遣うように声を掛ける。


「どうしました?」

「いえ……」


 ジェイクの言葉に、フィオナは空いている片手を横に振る。

 やや涙交じりのその声ではそれ以上のことは言えず、困ったように瞳をそらした。

 男が割り込むようにジェイクに声を掛ける。


「あんた過保護だなあ。俺があまりにも美形だから、感動してんだよ」

「大した自信家だな。……口調と顔が不釣合いだ」

「うっ……。人が気にしてることを……」


 ジェイクの言葉に、男はわざとらしく傷ついた表情を浮かべた。

 フィオナは二人のそんな会話のやり取りに小さく笑う。


「お二人……仲が良いですね」

「…………は?」


 その言葉は二人同時に。

 訳が分からない。

 そう言いたげな表情を二人はフィオナに向け


「何処をどう見たらそうなるんだ!」


 男がフィオナを指さし、まるで抗議でもするかのような声。

 フィオナはきょとんと首を傾げた。もうその瞳に涙は無い。


「だって、さっきから楽しそうに会話するなあって思って……」

「天然か……そうか。何処までも天然なんだな……。恐ろしい……」


 男はがっくりと肩を落とし、憐れむようにジェイクを見上げた。


「あんたも大変だな」

「いや……もう慣れた」


 ジェイクは、しみじみと告げられその言葉に、片手を上げつつ苦笑する。


「そういや、あんたら……これからフォゼスタの王都に行くのか?」


 不意に男が、声を掛けた。この森の先はフォゼスタ王都だ。まだ道のりは長いが、一本道といっても過言ではない。男が問いかけたのは、おそらく王都へ行く目的だろう。ジェイクは軽く頷いた。


「サマーシアとの国境付近の、小競り合いを収めに行くんだ。その前に王に挨拶に行かなくてはならない」

「……あんたら、どっかの騎士か?」

「コーエンウルフだ」

「おいおい、大国じゃないか……。けどな……それ、止めといた方がいいぞ」


 男の表情が険しく変わる。ジェイクはその表情を訝しげに見つめた。


「どういうことだ」

「国境を出てフォゼスタに居座ってる連中な。あれ難民じゃなくて傭兵だぜ」

「……なんだと?」


 男がクイ……と親指を立てた。おそらくフォゼスタ国境を差したのだろう。

 ジェイクとフィオナはその言葉に表情が固まった。男は言葉を続ける。


「知らなかったろ? 傭兵の間じゃ割と有名な話なんだけどな」

「お前傭兵だったのか……」

「見えないだろ? だから顔隠してんの」

「……詳しく聞かせてくれないか」


 告げたジェイクの声は固い。


「簡単に言うと、サマーシアはフォゼスタを狙ってるんだ。正確に言うとサマーシアの宰相だけどな」

「……あそこに王は居ないんだったな……」

「良く知ってるなあ。そうだ。王は三年前に殺されてる」


 サマーシアの悲劇……。これは有名な話だが、それは東側諸国に限っての事だろう。

 西国コーエンウルフのジェイクが、この話を知っているとは思わなかった。

 男はジェイクの言葉に感嘆した。


「で……だ。王の代わりが当時から宰相をやっていた奴だ。そいつが国土拡大を目論んで、政策を転換したのさ。その一発目がフォゼスタ侵略って事だ。てっとり早く傭兵を侵入させてな」

「成程……。騎士だと一目瞭然だからか」

「それもあるだろうが……サマーシアの武力は、そんなに高くない。元々平和的な国だしな。イチから騎士育てるより、傭兵の方が即戦力になるって事だろ。高い金で傭兵雇うもんだから、傭兵の中ではあそこの宰相は上客らしい。……ま。高い税金せしめてんだから、宰相自身は痛くも痒くもないけどな」

「酷い……」


 二人の会話に、フィオナは空いている片手で口を覆った。


「だから、あそこは近いうちに戦場になる。……どうしても行くってんなら、きちんと武装すべきだ」


 そこまで告げて、男はチラリとフィオナを見た。

 フィオナは愕然としているのか、表情が固まったままだ。


「……ここからは俺の独り言な……」


 繋げた言葉はやや低めの声。


「……サマーシア国内で、内乱が始まる。奴の目がフォゼスタに向いている今なら、奴を倒せるって事だろう。上手くいけば……奴の時代は終わるな」

「よくそんな情報……」


 ジェイクが告げる途中で、男が軽く腕を上げた。


「……独り言な?」


 再び同じ言葉を繰り返しニヤリと笑う。

 しかしその笑みは、顔立ちのせいか上品な微笑みにしか見えなかった。


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