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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
はじまりの風景
2/69

<2>泉の中の少女

  その道は、整備されたものではなく、何度も人が行き来し踏み固められて出来たのであろう道だった。おそらく、この地に住む者しか通らないのだろう。

  少年は時折聞こえる水音を頼りに、その道を進んでいく。茂みは森へと繋がっているのか、やがて木々の間を歩くように……。

  暗闇の中、足元が不安にならないのは月明かりが足元を照らすから。

 少年は迷うことなく、一歩一歩奥へと。徐々に……進むたびに大きくなる音のもとへと。

  そして一気に視界が広がる──。


「………!?………」


  泉だった。生い茂る木々の中心に現れたそれ。水面に浮かぶ月が、ゆらゆらと揺れる。

  しかし少年の視界が捉えたのはそれではなく……。

 

 ───パシャン──。


「…………」


  少女が居た。泉の中。少女は両手で水を掬っては投げ上げる。投げ上げた滴は光となり、少女を包み込むように広がっていく。

  それを見つめるやや大きな瞳はあどけなく……透き通るような肌と、仄かな紅色を纏った銀の髪は、月の光を浴びて……一面の花の開花を想起させた。

  ……つまりは裸だったのだが。


  人……なのか……? それとも……。


  突如現れたその姿。あまりにも幻想的なその光景に、惹きつけられる──。

  少年は少女から瞳を逸らせずにいた。


「……??……」


  水遊びも満足したのか程なくして少女は岸へと向かって歩みを進める。……視界の端。不意に何かを捉えたような気がして、視線をそちらへと。

  ──少年を見つけた。じっと……見つめられている……?


「あら……こんな時間にこんな所に来るの私だけだと思ってたのに……。残念……」


  少女はあからさまに肩を落としつつも、楽しげに言葉を向けた。

  ……けれど。


「???」


  反応が無い。少年は、じっと少女を見つめたまま動かないのだ。少女はきょとんと首を傾げ、少年に向けて大きく右手を振った。


「おーい」

「……ッ……わっ……」


  その声に。その仕草に。漸く少年は我に返った。表情は一気に赤みを帯び、慌てた様子で一八〇度向きを変える。その動作に少女はクスクスと笑った。


「なあに? こんな未成熟な乙女の裸に興味があるの?……あ、もしかしてソッチ系の趣味?」


  悪戯っぽい声色をその言葉に乗せながら。少女は岸辺に置いていた布で体を拭き始める。少年は向けられたその言葉にさらに慌てた様子で


「ちっ……ちがっ……そのっ……」


  けれど言葉が出て来ない。まさか見惚れていたとは言えるはずも無く。何を返そうか言いあぐねているうちに、少女から次の言葉が返ってくる。


「冗談よ。見た所たいして私と歳変わらないでしょ。それでソッチ系って、どれだけ年下好きなのって感じよね」

「……は。ちょっと待て。少なくともお前よりは年上……っ……」


  楽しげに背後から向けられるその言葉。反射的に否定しようとして、思わず上半身だけ捻って少女に言葉を向けた。その瞬間だった。


「………………ッ…………」


  激痛が走る。その痛みに、意識は一気に現実へと引き戻される。右手で左脇腹を押さえながら、体制を取り戻そうとするも足がもつれ……傍にあった木の幹に寄り掛かった。


「え……? どうしたの……?」


  途中で途切れた言葉。少女は着ようとしていた服を手にしたまま、少年へと眼差しを向ける。漏れ聞こえた苦痛の声。少女は服を羽織りながら少年のもとへと歩み寄った。


「……キズ……?」


  既に二人の距離は、手を伸ばせば簡単に触れられるほど。木に身体を預ける少年が押さえる手の下から……明らかにそれは流血だった。


「固まってたんだけどな……」


  先ほどの動きで、傷口が開いたのだろう。自身が脈打つリズムに呼応するように痛みが走る。歩み寄る少女に向かって力なく笑った。


「も……笑い事じゃないでしょ。……ああ、だから此処に来たのね。神殿で傷を診てもらうんでしょう?」


  そう言って、少年を気遣うように見上げた。

  少女の言う神殿とはカーティス神殿の事だ。女神レイアへの祈りを捧げる場所であるが、そこには「レイアの娘」と呼ばれる人の傷や病を治す能力を持つ者がいる。その不思議な力を頼って神殿を訪れるものは数知れず。

  例に漏れず、この少年もその一人だった。少年は、浅く息を吐いて少女の言葉に頷いた。


「よく見たら、腕も怪我してるのね。……でも、酷いのはこっちだわ……」


  そう言うと、傷口を押さえていた少年の腕を強引に引き上げる。不意に起きたその行動に、少年は驚きを隠せず


「なっ……何を……っ……!……?」

「動かないで」


  狼狽えるその様子を、言葉でピシャリと制した。その小さな体から湧き上がる気品にも似た強さに、少年は一瞬目を見開く。

  少女は躊躇することなく、軽く腰を屈めて顔を少年の腰へと寄せ……傷口に唇を乗せた。


「…………!!…………」


  一瞬……何が起きたのか分からなかった。いや、理解出来なかったと言った方が正しいのだろう。少女の唇が、服越しとはいえ自身の身体に触れている。この状況はなんなのだ。少年は少女に外された右手を額に乗せ、自信を落ち着かせるように瞳を閉じた。次いで深く息を吸って……吐く。



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