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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
迷いの森
16/69

<2>苛立ち

 ジェイクたち一行が樹海の奥へと入ったのは、フィオナと別れて随分経っての事だった。辛うじて人が入れる場所は途中にもありはしたが、馬がどうにもならなかったからだ。

 漸く入れる道を見つけた今でも、馬が通れず迂回することが何度もある。

 ジェイクはもう、苛立ちを隠すことはしなかった。


「……一体この景色はいつまで続くんだ……」


 視界に映し出されるのは密集する樹木ばかりで……どこまでも同じ場所のように見える。何処をどう歩いて来たのかもわからなくなるほどに。

 本当にこの道でフィオナの元へたどり着くことが出来るのか……。

 ジェイクは忌々しげに、傍にあった木の幹に拳をぶつけた。


「殿下……。そろそろ野営の準備をしませんと……。陽が沈んでからだと危なくなります」

「……わかってる……」

「フィオナ殿は、また明日探しましょう。今日はこの辺で……」

「フィオナ殿の荷物は此処にあるんだぞ。フィオナ殿を身一つで放り出す気か」

「今回は仕方ないでしょう? 不測の事態なんです」

「……」


 マーカスの言い分は勿論分かる。マーカスの主人はジェイクだ。

 誰よりもジェイクの心配をするのは当然の事。

 しかし、今のジェイクにとってその言葉は不快を感じるものでしかなかった。


「……俺はフィオナ殿を守れなかった……」

「……しかし、あの状況では……」

「フィオナ殿は傷つきながら俺たちを守ったんだぞ……」

「それは……フィオナ殿は強い方ですから……」

「……強い? 」


 ジェイクは立ち止まり、訝しげにマーカスを見遣る。マーカスは大きく頷いた。

 

「私だったら、あの状況であんな事言えるかどうか……。フィオナ殿は気丈な方ですよ。いつも楽しげで前向きで……弱音一つ吐きませんし……」

「…………」

「私より年下ですが……その点だけなら、私なんかより随分大人びて見えます」

「…………」

「殿下!」


 マーカスの言葉を黙ったまま聞いていたジェイクは、不機嫌な表情を露わにしながら再び歩き出した。

 マーカスの静止の声も聞こえない……いや、聞かない。

 マーカスは呆れたように肩を竦めると、仕方なさげについて行く。


「殿下落ち着いてください。別にフィオナ殿を見捨てろって言ってるわけじゃないでしょう?」

「言ってるようなもんだろ」

「少なくともあの男の治療をしている間は、フィオナ殿の無事は約束されています」

「そんなもの……回復次第で、どうなるかわからない」

「なかなか引き下がりませんね……。っていうか殿下。今……全く冷静じゃないでしょ。このまま暗くなって、我々が遭難したら、そもそもフィオナ殿を探すどころの話じゃ……っ……」

「…………」

「……殿下?……」


 まるで売り言葉に買い言葉。今までこんな風に、ジェイクが感情を露わにしたことが、あっただろうか。俄かに驚嘆しつつマーカスが応戦していた時だった。

 ──ジェイクの足が止まった。

 何処か……遠くを見るような視線。

 その眼差しをなぞるように、視線を送ると……。


「……なんでしょう? あの光……」


 細い木々がまばらに連なる視界の先……遠くにぼやけるように見えるそれは、決して強い光ではなく……ともすれば見逃してしまいそうなほど。

 けれどそれはまるで道標のように、常にその場所で輝いていた。

 ジェイクは吸い込まれるように、其方へと歩み寄る。時折、馬が通れない場所もあったが、光る場所を目印にすれば、道を見失わずに済んだ。

 そうして、その場所に辿り着く。光を放っていたのは……。


「……フィオナ……」


 そこには横たわる黒の男と、その傍にフィオナが居た。フィオナが男に両手を翳している。その掌から淡く優しい光が男に向かって流れていた。

 輝いていたのは男。その光を受ける男の全身が光に包まれていた。

 マーカスが、小さく感嘆の声を上げる。


「レイアの娘の癒しの力……初めて見ますけど……綺麗ですね」

「…………ああ…………」


 不謹慎……だとは思いつつも、フィオナから紡ぎ出されるその光は、まるで陽だまりのような優しさがあった。

 緩やかに流れていく光の束は、川の流れにも似て。

 その場所だけが切り取られたように幻想的だった。


「…………マーカス。火だ」

「あっ……! はい」


 漸く我に返った頃……辺りは夜の色が支配しようとしていた。ジェイクはマーカスに焚火を指示し、自身も動き出す。固定できる場所に馬を移動させ、荷物を運ぶ。恐らく今まで男が滞在していた場所なのだろう。焚火の燃料は近くに固められてあった。マーカスが丹念に火を起こす。


「……! ……なんだ此処は……!」


 焚火が煌々と燃えさかると、次第に周辺が見えてくる。

 その場所には……おびただしいほどの血痕が散らばっていた。


「男の血……ですかね。此処で襲われたのでしょうか」

「だとしたら……よく生きてたな……」


 余りの惨状にジェイクは口元を手で覆った。やがてゆっくりと視線を移し、フィオナを見つめる。よく見ればフィオナの身体も血だらけだ。男の血が付いたのだろう。

 ──フィオナも見たのだ。たった一人で……この光景を。


「……っ……」


 悔しさが滲む。──胸が締め付けられる。ジェイクは唇を噛みしめた。

 瞳を閉じ、男の治療に集中しているフィオナは、二人が傍に来ている事にまだ気づいてはいなかった。





「治療……まだかかるんですかね」

 

 一通りの作業を終え、食事を済ませた頃……フィオナ達を眺めながらマーカスが呟くように声に出した。もう、辺りは闇に包まれ、フィオナの放つ光はより一層はっきり見えるようになっていた。

 二人はフィオナからは少し離れた場所で焚火を囲む。惨状に驚き声を上げた時も、焚火の準備で大きく音を立てた時も、フィオナはピクリとも動かなかった。

 

「大丈夫なのか……?」


 フィオナを発見した安堵感からか、幾分普段の平静を取り戻したかのように見えるジェイクも、やや不安げにフィオナを見守っていた。

 

「あれから飲まず食わずですよね……。此処に荷物があるんだから当然ですが……」

「そうだな……」


 朝早くに、村の宿屋で軽い食事を済ませたきりだ。おそらく水分も取っていない。体力の限界はとうに超えているはずだった。

 

「……声掛けてくる」

「えっ……大丈夫ですか?」


 思い余ったのか……ジェイクはいきなり立ち上がると、フィオナの方へと歩き出す。

 ──その時。

 フィオナの手のひらから緩やかに光が消えた。ジェイクはその場で立ち止まる。


「……フィオナ殿……」


 恐る恐る声を掛けると、フィオナはその声に反応した。大きく呼吸をし、酷く緩慢な動作で声が聞こえた場所……ジェイクへと顔を向ける。

 ──視線が重なる。


「…………ジェイク様。……よく此処がわかりましたね」

 

 ジェイクを見るなり驚いたように声を上げる。力と使ったからか、瞳はやや虚ろ。しかし、いつもと変わらないその口調にジェイクは安堵し、フィオナの近くまで足を延ばす。すると、


「フィオナ殿! 大丈夫でしたか」


 フィオナの声に気付き、マーカスが駆け寄った。


「すみません。後ろに私が居ながらこんな事になってしまって……」

「ああ……いえ。大丈夫ですよ? 寧ろ一人の命を救えたんですし……」


 マーカスの言葉に小さく息を吐くと、軽く手を横に振り小さく笑った。ジェイクは、横たわる男を見下ろす。

 

「……もう……大丈夫なんですか? 」

「はい。……大きな山場は越えました。動けるようになるまではまだ暫くかかりますが……朝までには回復するでしょう」

「そうですか……」

 

 フィオナの力が未だ駆け巡る男の身体は、光に包まれたままだ。男の意識が戻る気配は無い。

 ジェイクはフィオナへと眼差しを戻し

 

「フィオナ殿。離れられるなら少し食事を取りませんか?」

 言いながらジェイクは、フィオナに向けて自身の手を差し出す。立ち上がるフィオナの手を取るために。


「そうですね。朝食べてから何も口にされてないでしょう?」


 ジェイクの言葉にマーカスが頷いた。

 しかし、フィオナはジェイクの大きな手をじっと見つめ……やがて悩むように俯いた。

 ジェイクは不思議そうにフィオナを見つめる。


「……どうしました?」

「あ……いえ……」


 ジェイクの問いかけにも、笑顔を向けて曖昧な返事を返すだけ。フィオナを見つめるジェイクの表情はますます訝しげに。

 ややあって、フィオナは漸く意を決したようにジェイクの差し出した手を取った。そのままゆっくりと腰を上げて立ち上がる。


「……有難うございます」


 ホ……と小さく安堵のような息を漏らしたフィオナは、ジェイクに謝辞を。


「…………」


 その様子を片時も視線を離さず見つめていたジェイクは、徐にフィオナを抱き上げた。


「……きゃ……!……」


 急に襲われる浮遊感。見上げればジェイクの表情が間近にある。

 フィオナは微かに頬を赤らめ驚いたようにジェイクを見つめた。

 ジェイクは、細く息を吐き


「……立ち上がるのが不安なら言ってください。無理をさせるつもりはありません」


 フィオナを見遣ると、静かに……けれど窘めるように言葉を声に乗せる。


「……すみません……」


 シュンと肩を落とすフィオナ。その様子に、ジェイクは瞳を細め小さな笑みを零した。


「じゃあ、ちょっと用意しますね」


 そう言うと、ジェイクが動き出すより先にマーカスが歩き出す。


「あ……あのっ……」

「……何か?」


 声を掛けたのはジェイクの腕の中に居るフィオナ。その声にマーカスは立ち止まり、フィオナに視線を向けた。

 フィオナは、マーカスとジェイクを交互に見つめると


「……出来れば先に着替えたいんですけど……」


 恥ずかしいのか、言葉はやや小さめの声で。「ああ」とジェイクが頷く。


「確かに、血だらけの服じゃ気持ち悪いでしょう。……マーカス。フィオナ殿の荷物と、何か体を拭くものを」


 マーカスに指示しながら、自身も動いた。程無くしてマーカスが持ってきた荷物と水を受け取ると、フィオナを抱いたままその場所から離れていく。

 その迅速な行動にフィオナはやや慌て気味に問いかけた。


「……ジェイク様もご一緒なんですか?」

「……心配しなくても覗きません。……離れた所で待ってます」


 ジェイクは、はにかむように顔を赤らめながら、言葉を返した。


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