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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
旅立ちの詩
14/69

<9>星空と貴方と

「……のどかな村ですね……」


 翌日。一行が辿り着いたのは、最初の目的地でもあった場所。其処は、宿が一軒しかない小さな村だった。到着は夕暮れ前。夕食までには、まだ時間があるからと、三人はのんびり散策に出ていた。

 こんなにもゆったりした時間は、初めてだったかもしれない。


「いろんな国から旅人がやってくるサシャーナの村とは比べられませんよ」


 フィオナの言葉に笑みを浮かべて答えたのはマーカス。フィオナの視界に映るように、遠くの平地を指差し


「あそこ……羊が見えますよ。放牧しているんですね」

「まあ……」


 差された指の先……辿るように遠くを見ると、小さく見える羊の姿。

 普段動物など見る事の無いフィオナは、嬉しそうに瞳を輝かせた。

 二人の一歩先を行くジェイクは、同じようにその場所を見つめながら


「旅人が訪れることも少ないんでしょうね。先程見た感じでは、宿泊客は我々しか居なかったようですし」


 最初に訪れた宿屋の様子を思い出すように告げた。


「それは……宿の食事を独占出来ちゃいますね」


 胸の前で両の手を合わせながら、フィオナは言葉を弾ませる。

 その様子を見たマーカスはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ


「……そんなに言うほど食べれないでしょ?」

「あ……もうっ……」


 フィオナはマーカスの声に、プクッと頬を膨らませ、拗ねたように


「マーカス様、意地悪です」

「……怒りました?」

「……怒りません」


 そんな言葉遊び。そうして二人で笑いあう。

 ジェイクは二人の様子を背中で感じながら、微笑ましげに瞳を細めた。


 ──見上げた空が、青から茜色に変わっていく。

 光る朱色と紫を混ぜたような雲……光を受ける木々の色は影となる漆黒へ。

 一面が鮮やかな夕焼けに染まった。


「……寒くはありませんか?」


 陽が落ちれば気温が急激に下がってくる。ジェイクはフィオナを気遣うように声を掛けた。


「有難うございます。今は大丈夫です」


 フィオナは言葉を返した後、軽く会釈を。そのまま……ジェイクをじっと見つめた。


「……何か?」


 留め置かれたままの眼差しに、首を傾げジェイクもフィオナを見つめ


「あ……いえ。……何でもありません」


 フィオナが恥ずかしげに顔を赤らめ俯くと、ジェイクは柔らかな笑みを浮かべた。


「そろそろ戻りましょう……暗くなる前に」


 言葉は穏やかな優しい声。そう言うと、民家のある方角へと向きを変え、足を進めた。二人もその後をついて行く。

 すらりと伸びた長身。揺れる藍の髪……その気高さ漂う姿を、フィオナは再び見つめていた。

 ──不思議だった。今朝から何故かジェイクが優しい。いや、今までも十分な気遣いと優しさがあったのだが……印象が違うのだ。口調も……向けられる眼差しも……。

 思い当たる件は一つある。昨晩の出来事だ。二人を待つ間に、眠ってしまったらしいフィオナ。目覚めた時に、ジェイクが真っ先に謝罪を告げた。別に平気だと……そう返して、それは終わったのだが……。


「気のせいかしら……」


 言葉は独り言。呟くような声。……なのに


「何がですか?」


 隣を歩くマーカスが聞き返す。何故聞こえる? 地獄耳か?


「いえ……何でもありません」


 フィオナはそういうと、何か誤魔化すようにコホンと咳払いをした。



 夕食は豪華なものではなかったが、出来たてのものが頂けるのは、それだけで嬉しい事だった。まだ湯気の立つ羊肉と香草の入ったミルクスープに、硬めのパンを浸して食べる。焼きたてのソーセージは、割ると中から肉汁が溢れる。此処で出された羊のチーズも、なかなかのものだった。

 お腹を十分に満たした三人は、翌日に備えそれぞれ部屋に戻る事にした。ジェイクはマーカスと同じ部屋……フィオナはその隣の部屋に。

 ベッドの上で眠るのは何日ぶりだっただろうか。フィオナはベッドに寝転がりながら指折り数えた。


「……三日?……四日? 大して久しぶりじゃなかったかも……」


 言いながら、クスクス笑う。こんな風に一人寛げるのも久しぶりのような気がした。


「……いけない。ヴェール……くしゃくしゃになっちゃう」


 慌てて飛び起き、頭上のヴェールの留め具を外す。埃を払うように丁寧にヴェールを撫でると、綺麗に折りたたみ枕元へそっと置いた。次いで、きっちりと結い上げた髪を解く。

 腰まである豊かな髪がサラリと落ちた。仄かな紅を纏った銀の髪。一見するとただの銀髪だが、光の中……遠くから見ると薄い紅が鮮やかに映える。──群生する花々のように。

 ベッドの下に置いてある荷物の中から取り出した櫛で、丁寧に髪を梳いていく。元々くせ毛の無い直毛だから、難なく櫛は髪を通った。──不意に、フィオナは楽しげな笑みを浮かべ


「マーカス様って巻き毛だから……お手入れが大変かも……」


 呟くと、梳き終えた櫛を荷物の中に戻した。今度こそゆっくり横になれる。フィオナは重力の任せるままに、身体をベッドへ落とした。


「……気持ちいい……」


 緩やかに瞳を閉じると幸せそうな表情を浮かべた。


「あの人の髪は……私と同じでサラサラね……」


 瞼の裏に映し出したのは紛れもなく藍の髪の……その人。

 フィオナは、そのまま愛しい人を想うように眠りの底へと沈み込む……。


「フィオナ殿」

「…………」


 ……筈だった。


「フィオナ殿。……おやすみになられましたか? 」


 コンコン……。ドアを叩く音と共に聞こえる声はジェイクのもの。


 フィオナは些か不機嫌そうに眉をしかめた。


「……おやすみになられましたよおっ……!……」


 あからさまにむくれた声をドアに投げつけると、ドアの向こうから「ぶっ……!……」と吹き出す声。


「し……失礼。おやすみなら、もう結構……」 


 明らかに笑いを堪えた……絞り出すような声が続く。

 既に体を起こし、自身の髪を軽く結い上げていたフィオナは


「もう、目が覚めましたっ」


 言いながら、枕元に置いていたヴェールを手に取り、頭上で留めた。そのまま、つかつかと部屋口まで歩き、勢いよく扉を開ける。

 勿論そこには、笑みを浮かべたままのジェイクが。


「……眠くなるまで付き合って貰いますからねっ」

「……仰せのままに……」


 責めるような目線でジェイクを睨みつけたのだが、ジェイクは全く動じる様子が無い。楽しげな笑みを湛えたまま、恭しくフィオナにお辞儀すると、フィオナを部屋の外へと連れ出した。



「……すごい……」


 ジェイクに連れられてフィオナがやってきたのは、宿屋から見える小高い丘の上だった。視界を遮る木々など何一つ無いその場所に、広がるのは一面の星空。今宵も月は三日月。強い光を放つ事の無いそれは、星のきらめきを妨げることが無かった。

 もう外は寒い。フィオナは上着を羽織っていたのだが、その上からジェイクが自身の外套をフィオナの肩へ掛けた。ジェイクは寒くないのだろうかと返そうとしたのだが、ジェイクは受け取らず。

 お蔭でフィオナの防寒は完璧だった。


「綺麗でしょう? 部屋の窓から此処が見えたので、ちょっとお誘いしてみました」


 フィオナに寄り添うジェイクは、フィオナの表情に嬉しそうに微笑んだ。


「……マーカス様は?」

「もう寝ていますよ。戻ってすぐでした」

「まあ……勿体無い」

「機嫌は……直していただけましたか?」

「勿論です。……有難うございます」


 ジェイクの言葉に弾むような声を返して、フィオナは見上げた空に瞳を輝かせた。

 宝石をちりばめたような星々の光は強く……淡く。まるで呼吸をしているかのように揺らめく。

 けれど夜の闇の中、空と大地の境目すら見えないこの場所は、星空の中に一人放り出されたようで……足が竦んだ。


「……怖いですか?」


 その不安げな様子にジェイクは腕を伸ばし、傍らにいるフィオナの肩を自身に寄せる。


 ──トクン──


 フィオナの鼓動が大きく動く。


「あ……えと……」


 思わずジェイクを見上げる。

 ジェイクは不思議そうに、フィオナの顔を覗き込んだ。


 ──トクン──


「……大丈夫……です……」


 ──吸い込まれてしまう──


 フィオナは、崩れ落ちてしまいそうな自身の身体を支えるために、ジェイクにしがみついた。

 ジェイクは、怯えているのだろうフィオナを安堵させようと、肩に置いた手に力を込めた。

 耳元に……届くように声を落とす。


「傍に居ますよ」


 フィオナに向けた微笑みは、あまりにも穏やかで……あまりにも綺麗で……。


 ──トクン──


「……はい……」


 夜空の恐怖など、既に何処かへ吹き飛んでいた。



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