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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
旅立ちの詩
12/69

<7>少女の姿

「え……?えええっ!?」


 数秒の後。驚いたように声を上げたのはマーカスだった。愛らしい垂れ目が大きく見開いている。ジェイクはフィオナを見つめたまま動かない……固まっているようだった。


「どういう事なんですかっ!? 娘じゃないって事は……」


 能力者ではないという事か? 次の言葉を詰まらせてしまったマーカスはけれど、そう言いたげだった。

 フィオナは徐に手にしていたカップを足元に置くと、隣にいたジェイクに近づく。未だ固まったままの様子のジェイクの手を取った。


「……?……」


 フィオナが取ったジェイクの手の甲に小さな火傷の跡があった。先程火起こしの際に火が飛んだのだろう。少し赤く腫れていた。

 フィオナは火傷の個所に自身の掌をかざし……数分も経たないうちに手を放した。そのまま、元の場所へ戻っていく。


「……治ってる……」

「当然です」


 赤みも腫れもすっかり消えて無くなった手の甲を、不思議そうに見つめながら呟くジェイクに、平然とした様子で再びカップを手に取った。


「え……?えええっ!? どういう事なんですかっ!?」


 再び驚いたように声を上げるマーカス。無理はない。能力があるのに娘ではない……。

 余りにも奇妙な出来事だからだ。


「レイアの娘が、どうやって選ばれるか知っていますか?」

「いや……あの……すみません」

「……仕方ありませんね……」


 問い掛けに俯くマーカスに大げさにため息をつくと、フィオナはカップを手にしたまま立ち上がり


「それでは説明いたしましょう。まずはこの表をご覧ください」


 言いながら、壁を叩くように空間に掌を押し付けた。バンッ! と音が聞こえてきそうなほどの勢いだ。どうやら何かのスイッチが入ったらしい。

 ハラリ……。肩に掛けていた毛布が足元に落ちる。


「……先生。表が見えません……」


 マーカスが乾いた笑みを顔に張り付けながら、おずおずと手を上げた。しかし、フィオナにその言葉は届かないようだった。

 マーカスは諦めて手を下ろし、ジェイクは勿論……唖然としていた。

 フィオナは何も見えない表を指差す。いや、フィオナには見えているのだ。


「癒しの力に目覚めるのは、此処の六歳から一〇歳の少女とされています。その間に能力が現れた少女はレイアの娘として直ちに神殿へ向かう事となっているのです」

「それは……サシャーナの少女という事ですか?」

「いいえ。大陸全ての少女が対象です。それだけ能力に目覚める少女は少ないのです」

「成程……。しかし、子供を手放したくない親もいるのでは?」

「そうですね。……残念ながら能力に目覚めても、神殿で修学しないものは一〇歳を超えると能力を失ってしまうか……誤った能力の使い方をして、幼くして命を失うかどちらかです。……かつて能力があった……という女性はおそらく何処かにいるのではないでしょうか」

「命を……。そんな大変な事なんですね……」

「ええ……能力と上手に付き合っていく事は、能力に目覚める事以上に重要です」


 フィオナの講義をマーカスは興味深く聞いていた。

 見えない表の存在はどうしたものかと悩んだが、表が無くても、内容は理解出来るものだった。


「……で。私の存在なのですが」


 表を差していたのであろう指をゆっくりと下ろし、再びその場に座り込む。どうやら講義は終わったようだ。

 フィオナは片手に持っていたままのカップを足元に置いた。おそらく中身はもう冷めているだろう。

 ジェイクとマーカスは、言葉を聞き逃さないよう……フィオナをじっと見つめた。


「私が能力に目覚めたのは、一二歳の頃でした。レイアの娘としては遅すぎというか……異例です」


 先程の話を元にすれば、一二歳はもう能力に目覚める歳ではない。目覚めていても能力が消えている歳だ。


「成程……娘の対象では無い……と」


 ジェイクの言葉にフィオナはコクリと頷いた。しかし、マーカスは身を乗り出して問いかける。


「でも、そこから神殿に入って勉強したんでしょう? それでも娘じゃないんですか?」


 マーカスの言葉も頷ける。実際、神子イレーナはフィオナの事を絶賛していた。神殿で一番力の有る者だと。フィオナは、足元に落とした毛布を再び肩に掛けながらマーカスへ顔を向け


「本来なら幼い頃から心や体の成長と共に、女神レイア様に仕える者としての自覚や、精神を学んでいくものなのです。一〇歳を超えると、身も心も初めから育てるのは厳しいという事なんでしょうね」


 力があっても、娘としての精神的な成長が伴なっていないという事なのだろう。マーカスもそこは頷くしかなかった。

 ……と。そこで新たな疑問が生まれた。


「じゃあ、どうしてヴェールを被ってるんですか? ヴェールは娘の証ですよね?」

「ああ……。いえ、これば娘だからっていう理由だけではないんですが……」


 マーカスの問い掛けに、フィオナは少し悩むように俯く。返答に困るのだろうか。ジェイクはフィオナの様子を首を傾げながら見守った。やがて、フィオナは意を決したように


「……そうですね。今このヴェールは必要ありません」


 告げると、顔に被せていた短いヴェールを、後ろへとめくった。

 フィオナの顔が露になった瞬間だった──。

 神殿暮らしでヴェールを被ったままの……陽に当たる事のあまり無い肌は、透き通るように白かった。

 まだ幼さが残るものの、気品漂う緑の瞳は深みと清らかさをも併せ持つ。

 仄かに色づく唇も白い肌には鮮やかで、可憐な花弁のようにも見えた。

 マーカスは、フィオナを見つめながら感嘆にも似たため息を漏らす。

 ──刹那──。


「……きゃ……っ……」


 ──突然の出来事だった。ジェイクがフィオナの傍で膝をつき、フィオナの両肩をがっちりと掴む。

 ジェイクのその行動は、あまりにも意外で、マーカスも大きく目を見開き、固まってしまった。


「……歳……」

「……え? ……」

「いくつ?」

「……一六ですけど……」


 ジェイクはフィオナの顔を見つめたまま動かない。両肩を固定されたフィオナは、身動き一つ取れずにジェイクの問い掛けに答えた。ジェイクはその答えに、何かを確信したように瞳を輝かせる。


「間違いない……。アリシアだろ?」


 ジェイクの言葉に、フィオナの瞳が微かに見開いた。けれど、それはあまりにも微かで一瞬の出来事。

 ……ジェイクは気付かなかったかもしれない。そのまま言葉を続けた。


「……やっと会えた……。でもどうしてフィオナだなんて……」

「…………」

「…………アリシア?」


 やや興奮気味のジェイクとは対照的に、小波すら無い湖畔のような静けさのフィオナ。フィオナは徐にジェイクの額へと手を伸ばし、その掌を額に重ねた。


「……?……」


 暫く考えるように瞳を閉じる。そうしてゆっくりと額から掌を外し……。


「熱は無いようですが……。今日は早めに休みましょうか」

「……おい」


 両の手を顔の横で揃え、満面の笑みでジェイクを見つめるフィオナ。

 ジェイクの顔が引きつった。


「別におかしくなってない」

「……だって急に変な事仰るから……」

「アリシア……じゃないのか……?」


 ジェイクはフィオナの困惑した様子に、自身が困惑した。まさか、……アリシアを見間違うはずがない。何時だって鮮やかに思い出せるあの時間。月夜に輝いた花のような少女の、新緑の澄んだ瞳。

 今、目の前にいる彼女に間違いないのに。

 他人の空似にしては、あまりにも……


「似過ぎている……」

「その方に?……私が?」


 ジェイクは緩く頷くと、脱力するようにフィオナの両肩から自身の手を下ろし……細く息を吐く。その落胆ぶりがあまりにも痛々しくて、フィオナは瞳を揺らした。

 悲しいような……切ないような……そんな色合いだった。


「あの……大丈夫ですか?」


 どちらに言うでもなく、声を掛けるマーカス。思いもよらない展開に、驚いていたのは彼も同じで。どう声を掛ければいいのか、暫く悩んでいた。


「ああ……すまない。大丈夫だ。気にするな……」


 自分が元居た場所に座り直したジェイクは、マーカスに向け軽く片手を上げる。フィオナも大丈夫だというように、マーカスに笑みを向け頷いた。

 しかしそれ以降……奇妙な沈黙が続く。

 片膝を立て、その上に片肘をつき考え込むようなジェイク。

 それをどうしたものかと、オロオロしながら見つめるマーカス。

 そんな二人を交互に眺めるフィオナ。


「ちょっと……頭冷やしてくる」


 そう告げて、ジェイクはスッと立ち上がった。そのままクルリと踵を返して歩き出す。程なくしてその姿は闇の中へと消えて行った。

 残された二人は自然と顔を見合わせた。マーカスがハア……と大きくため息をつく


「すみません……。おかしな事になってしまって……」


 肩を落とし、申し訳なさげに頭を下げるマーカスに、フィオナは慌てて両手を横に振る。


「いえ……。マーカス様が謝るような事では……」

「いや、ヴェールの話は私が切り出しましたし」

「関係ありませんよ? 遅かれ早かれヴェールは外したでしょう。……?……だったら、私の顔に問題があるという事に……」


 フィオナはマーカスに笑みを向けた後、口元に人差し指を重ね、軽く首を傾げる。マーカスは慌てたように


「いえいえっ! フィオナ殿の顔は悪くありません! 全く問題ありません! ……ん?」


 フィオナの言葉に大きく反論するも、言葉がおかしいような気がして、考え込んだ。マーカスのその様子が、フィオナにはあまりにも可笑しくて


「……っ……あははっ……」


 思わず、声に出して笑ってしまった。マーカスは、苦笑しながらバツが悪そうに頭を一つ掻く。けれど、その声に釣られるように一緒に笑った。


「……有難うございます。マーカス様って、楽しいですね」

「楽しさで言うなら、フィオナ殿には負けますよ。何せ一人舞台がお上手ですから」

「まっ……。それ、褒められてるような気がしませんよ?」

「それは……失礼しました」


 マーカスは小さく謝辞のようなお辞儀をフィオナに向けて、また二人で笑い合う。

 やがて、ゆっくりとマーカスが立ち上がり


「ちょっとご主人様の様子を見てきます。そろそろ頭も冷えたかもしれません」


 フィオナに告げた。フィオナはコクリと頷きを向けると


「……はい。……お気をつけて」


 少し逡巡するように視線を彷徨わせ……笑顔でマーカスを送り出す。その笑みに笑顔で返すと、マーカスはゆっくりと闇に紛れるように姿を消した。


「…………」


 残されたフィオナは一人……焚火を見つめた。

 先程まで賑やかだったこの場所は、静寂に包まれる。微かに流れる風に揺れる、木々の葉擦れの音すら大きく聞こえる程に。

 急に寒さを感じたのか、フィオナは掛けていた毛布をギュッと握りしめた。


「大丈夫……。平気……」


 呟きは何処か呪文のよう。何度も何度も繰り返して……。


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