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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
旅立ちの詩
10/69

<5>始まりは追憶

 神殿を後にした一行は、サシャーナ入口付近にある集落に来ていた。イレーナが告げていた「下の村」というものだ。神殿へ向かう旅人は必ずこの村を通るため、此処の市場は町のそれのように活気に溢れている。

 ジェイクは、この村で道中足りなくなるであろう食糧を補給するつもりでいたので、馬を取りに行くフィオナとは、一旦別行動を取ることになった。フィオナの荷物は、いつ持ち手が変わったのか……マーカスが背に抱えている。


「これとこれ……ああ、そこの干し肉もくれ」

「殿下……途中にも村が一つありますから、そこまで買い込まなくても……」


 店の中の物を手当たり次第買い込むような勢いのジェイクに、マーカスは若干当惑し、思わず声を上げた。そのマーカスに向かって、新たな袋が飛んでくる。マーカスは慌ててそれを受け取った。ズシン……なかなかの重量感だ。


「今回は女性が帯同している。いつもよりは行程が遅くなる。先に出発した部隊との合流は遅くなるが……フィオナ殿に無理をさせるわけには、いかないからな」


 限りなく無に近い……涼しげな表情から、淡々とした口調で言葉は紡がれる。ジェイクは満足したのかマーカスの横をすり抜け、颯爽と店の外へ。

 マーカスは荷物を持ち直しながら、ジェイクに続くように店を後にした。


「……戻るぞ」


 マーカスが店を出たのを確認すると、ジェイクは歩き出す。行き先はフィオナと待ち合わせしている村の入口だ。そこには、村の宿屋が共同で経営する馬宿がある。フィオナの馬は、そこで受け渡しされる事になっていた。

 神殿へは徒歩で向かう事が原則となっているので、馬に乗ってきた場合でも一旦馬宿に馬を置いて行かなくてはならない。言うまでもなく、ジェイクとマーカスの馬もそこに預けてあった。


「……ちょっと、寄り道してもいいか?」


 ジェイクは、不意に立ち止まる。投げた眼差しの向こうは、大通りから少し外れた茂みの中……細い小道があった。マーカスは小首を傾げながらも


「はい。……別に構いませんが……」


 了解の言葉をジェイクに向けた。ジェイクは、その声を合図に茂みの細道へと足を向けた。整備された道ではないが、その歩みに困難なものは無い。ジェイクはスタスタと奥へ入って行く。やがて景色は木々の中……。


「殿下、よくこんな道ご存知ですね……」


 マーカスは、視界にジェイクを捉えつつ、周囲の景色を眺めながらのんびりと歩いていた。季節柄、今は緑がよく映える。太陽の光を受ける草木の色が眩しい。そんな緑の景色に目を細め……視線を戻すと……。


「……うわっ……」


 視界一面にジェイクの背中。思わず後ずさりする。ジェイクは止まっていたのだ。

 ヒョイ……ジェイク越しに前の景色へと視線を移す。途端……マーカスの表情が感嘆の色に染まった。


「うわあ……。綺麗な泉ですねえ」


 マーカスは地面に荷物を置いて、泉を覗き込む。底の小石まで見えるほどの透明度だ。その澄んだ景色に感動すら覚えつつジェイクを見遣る。けれど、ジェイクの眼差しの先は泉ではなかった。マーカスがジェイクの視線を追いかけると……


「フィオナ殿……どうして此処に?」


 声を掛けたのはジェイクだ。見覚えのあるヴェール姿のその女性は、泉の岸辺にしゃがみ込んでいた。向けられたその声に、ジェイクの方へとヴェールが動く。


「あら、ジェイク様。……どうしてって……これです」


 弾む声で返事をして持ち上げたのは、水袋だ。羊の胃袋と皮で作られるそれは、耐水性もあり軽いので持ち運ぶには便利な代物である。


「此処の泉の水は、とても美味しいんですよ」


 そう言いながらフィオナは、何処から調達してきたのか柄杓で泉の水を汲み、水袋の中に入れていく。柄杓から落ちる水は、細い流れを作って次々と袋の中へ。

 袋は三つある。これから共に旅立つ人数分だ。袋自体も若干大きめに作られており、少々の長旅になっても安心な量になるだろう。

 満たされた袋は順番に口を閉じていく。

 繰り返されるその動作を、ジェイクはじっと見つめていた。やがて三つ目の水袋も泉の水で満たされ、フィオナによって水袋の口は閉じられる。

 それら三つの袋は大きめの麻袋の中に納まった。


「……それは私が持ちましょう」


 タイミングを見計らったかのように、ジェイクがフィオナへと歩み寄る。水袋自体は軽いものだが、中身が入ると話は別だ。ましてや、三つ纏めているとなると……女性が持てる重量ではないだろう。

 大きな袋の口に手を掛けているだけのフィオナは、その申し出に嬉しそうに声を上げた。


「助かります。後で助けを呼びに行こうかと、思っていたところでした」

「言ってくだされば、一緒に来てましたよ」


 フィオナの言葉に、サラリと返答すると、ジェイクは半ば取り上げるように袋を持ち上げる。


「……ところで、ジェイク様はどうして此方に?」


 荷物を預けたことで身軽になったフィオナは、屈めていた身体をゆっくり起こしながら、不意に質問を。

 けれど、ジェイクは即答しなかった。

 迷うように……考えるように視線を彷徨わせ


「以前……此処で、ある人と出会ったことがあるんです……」


 漸く紡ぎ出した言葉も、いまいち要領を得ない。普段のジェイクでは有り得ない喋り方に、やや離れた所から様子を見ていたマーカスも、首を傾げた。

 すると、何か思い付いたように、フィオナがポンと両手を合わせる。


「あれですね!? 素敵な方との待ち合わせ! 秘めたる時間って事でしょう?」


 フィオナは両手を胸の前で組み、何かを期待するようにジェイクを見上げる。非常に楽しげな様子だ。きっと、ヴェールの中の表情は光り輝いているに違いない。

 ジェイクは、フィオナのその勢いに気圧されるように、二……三歩後ずさりを。


「いっ……いやっ。そんな期待なさるような事はありませんよ?その子はこの泉の中で水遊びをしていただけで……」


 それ以外に、何も無かったと言えば嘘になるが。

 これ以上は言わないでおこう……。ジェイクは固くそう思った。

 ……が。何故かフィオナの口調はどんどん勢いを増していく。組んでいた両手を外し、ヴェール越しにその手を両頬に添え驚いたように


「まあっ! この泉の中に入ったお子がいらっしゃったんですか!? この泉の水は、聖地サシャーナの地下から湧き出る神聖な水なんですよ? そこに身体を入れるだなんて!!」


 もはやテンションは最高潮……そして独壇場。フィオナは全身を小刻みに震わせ、大きく嘆き悲しんだ。

 ジェイクはといえば、ただ傍で立ち尽くし……観客としてフィオナを見る事しか術がなかった。

 マーカスもフィオナの様子に唖然としている。


「……?……」


 ややあって、フィオナは二人の青年の眼差しが自身に向けられている事に気付き……不思議そうに首を傾げた。


「……私の顔に、何か付いてます?」

「いえ…………顔は見えません……」

「あら……そうでしたわね。ウッカリしてました」


 向けられた言葉は明らかに的外れで、ジェイクはガクリと肩を落とす。今日一日分の体力を此処で使ってしまった気分だ。

 フィオナはそんなジェイクの様子をよそに、歩き出す。足取りは弾むように軽い。


「さ。行きましょ? もたもたしてると遅くなっちゃいます」


 向けられた言葉は、ジェイクの疲労感に追い打ちをかけたかもしれない。続くように歩き出すその足取りは、非常に重く感じた。

 マーカスも漸く我に返り、足元に置いていた荷物を持ち上げ、ジェイクの元へと駆け寄る。


「……見事にフィオナ殿のペースですね……」


 感心したように、ジェイクに告げるとジェイクも頷き


「……ああ……お前より強者が居たとはな……」


 深々と息を吐いた。

 ジェイクの言葉にマーカスが首を傾げたのは言うまでもなく……。






 いつかこの身が裁かれるなら、いつまでもその時を待とう。

 この身が裁かれる場所があるのなら、何処へだって歩いて行ける。


 ……強さが欲しい。

 誰も傷つけない強さ。


 あなたを守れる強さが欲しい────。


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