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月の光で咲く花は  作者: 紫乃咲
はじまりの風景
1/69

<1>傷を負った少年

  コーエンウルフは、王の世代交代以降じわじわと勢力を伸ばしてきた……今や大国である。支配下に置いた小国に次々と腹心を送り込み、その統治を確固たるものとしていた。戦術に長け、またその決断力の早い王の存在に小国は屈服せざるを得なかった。

  ただ、その勢いの強さに反発し、内紛が起こる地域も少なからずあった──。



「……もう、すっかり夜になってしまいましたね……」


  静けさの中、ゆっくりとした蹄の音が聞こえる。夕闇に月が昇ってどれくらいの時が過ぎたのだろう。

  暗闇は森の深さのせいなのか。もしくは夜が深くなったのか──。細く続く道なりを二頭の馬が止まることなく進んでいた。馬の上には人影。その装いから察するに騎士なのだろう。緩やかな足取り。馬の歩みが遅いのは──。


「──……ッ──」

「殿下……!?……大丈夫ですか?……本当に申し訳ありません……」


  傍に控えるように進む馬上で青年が気遣うように声を掛ける。僅か先を進む青年……と呼ぶにはまだ幼さを残す少年だろうか。随分と大人びて見えるのは、その落ち着き払った振る舞いからだろう。深い海を思わせる藍色の髪。整った顔立ちに、気高さを宿すような涼しげな瞳が微かに揺れる。

  瞳にかかる前髪を軽く掻き上げながら、少年は薄く笑みを浮かべた。


「大丈夫だ……。大したことではない。……お前のせいでもないから気にするな」

「しかし、私を庇ったせいで……」


  少年は傷を負っていた。左側……上腕と横腹に滲む何か。しかし暗闇の中でもそれが血なのだということが見て取れる。青年は、その傷へ視線を落とすと、申し訳なさげに目を細める。青年のそんな様子に少年は小さく息を吐いた。


「お前は俺の幼馴染だ。ただの従者ではない。自然と身体が動いたんだから仕方ない」


  この道中、このやり取りをどれだけしたのだろうか。軽くうんざりしたように少年は肩を落とし。


「もう少し進めば集落があるんだろ? もう夜も遅いし、今日はそこで一晩過ごす」


  青年を慰めるように声を掛け、先を急ぐよう促した。俯く青年は途端に顔を上げる。


「はい! 取り敢えず休憩しましょう。神殿まではまだ遠いですし……。あ、ほら。明かりが見えてきましたよ!」


  遠い暗闇の先……ようやく見えてきた明かりに青年は声を弾ませた。その様子を見ながら、少年は小さく呟きを……。


「どっちが年上なんだかわからないな……」

「は……? 何か仰いましたか?」

「……何も」


  問いかけには、軽く首を振り。少年は前を見据えた。二つの影はゆっくりと光の中へと消えていく──。





「何処か休める場所がないか見てきます。殿下は此処で待っていてください」


  集落に辿り着くと、青年はいち早く馬から降り、手綱を傍にあった木の幹に縛りながらそう告げると、少年の返事を待たずに走り去っていった。遠く消えていく青年の姿を見届けた後、少年はゆっくりと馬から降りる。


「──……ッ──」


  降りたときにかかる微かな衝撃。けれどそれば身体の傷に痛みを与えるには十分なもの。少年は僅かに端正な顔を歪めた。フウ……と一呼吸おいて馬の手綱を縛り付けると、労うようにポンポンと軽くその脇腹を叩いた。

  そうして視線を周囲に巡らせる。


「……集落……というより……」


  中心都市のそれとは比べようがないものの、きちんと整備された道。朝になれば、賑わうのであろう市場もある。訪れるものを迎え入れる為の設備は、十分にあるように見て取れた。


「ちょっとした町だな」


  遠くで微かに聞こえる笑い声。酒場もあるようだ。感心したように声の先を見遣った。

  此処はもう聖地サシャーナの領域内だ。大地・万物の女神レイアが生まれたとされるこの土地の中では、いかなる争いも許されない。何を気にすることもなく存分に時間を楽しめるだろう。知らず笑みを浮かべて空を見上げた。

  暗闇に浮かぶ月が、柔らかく大地を照らす。緩やかに流れる風を受けて、藍の髪が揺れた。──その時だった。


「…………?…………」


  何か……。聞こえた。これから向かうであろう町中とは少し外れた場所。

  ──茂みの奥。少年は軽く首を傾げ、音がしたであろう方向に視線を向けた。


  ──パシャン──。


「……………?…………」


  まただ。

  ……間違いない。微かにしか聞こえないが、その音は確かに。


  ──パシャン──。


  水の跳ねる音。

  一度気に留めてしまえば、無視することなど出来ようはずもなく。


  ───パシャン──。


  それは無意識に。少年は音に誘われるように、自身の足を茂みへ向けた。

  やがてゆっくりとその歩を進めていく──。


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