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第11話「フォトショップ」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、見た目にこだわる人たちが集まっている。そして日々、写真写りに余念がないポーズを取り続けている。

 かくいう僕も、そういった、他人の視線を気にしつつ、特撮の変身ポーズを真似する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、よりよく見られたい面々の文芸部にも、どう見られるかなど気にしない人が、一人だけいます。お見合い写真の束に紛れ込んだ、無加工の美少女スナップ写真。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の隣にちょこんと座る。楓先輩は、どこも直す必要のない容姿をしている。目は大きく、鼻は可愛らしく、唇は柔らかそうだ。顔の輪郭も、すっきりとしていながら、優しそうな曲線を描いている。そして、首筋は美しく、三つ編みにしたうなじが、とてもきれいだ。僕は、そんな楓先輩に、ぎゅっと抱きつきたくなる衝動をこらえながら、声を返す。


「どうしたのですか、先輩。知らない言葉をネットで見ましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」

「ええ。篠山紀信が、露わな女性の写真で、世間を騒がせるように、僕は、赤裸々な本心を書き込むことで、ネットを騒然とさせています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 楓先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。ネットに触れていなかった先輩は、そのパソコンでウェブを見始めた。そのせいで、ずぶずぶとネットの世界にはまりつつあるのだ。


「フォトショップって何?」


 えー、あー、アドビシステムズ社のソフトです。……という説明で済ませられないニュアンスが、このソフトにはある。

 ネットの掲示板などで、このソフトの名前が出てきた時は、写真の人物の容姿を著しく改変することに焦点が当てられる。つまり、必要以上に美人に加工することへの反感、侮蔑、嘲笑などの意図が入るのだ。


 この、フォトショップの話をすれば、デジタル的に容姿をいじることが是か非かといった話になる。そうなると僕に不利な事実がある。

 僕は、ブログのプロフィール画像に、フォトショップで加工しまくった画像を利用している。その画像は、僕という原形を一ミクロンも留めていない。そのことが楓先輩にばれたら、僕が容姿にコンプレックスを持っていると、勘違いされる可能性がある。


 楓先輩のいつものパターンでは、フォトショップで容姿を加工する話を僕がすれば、こう尋ねてくるはずだ。「サカキくんは、自分の画像を加工したことがあるの?」そう。これは、予測可能な未来だ。僕は、巫女の神託ほどの正確さで、その未来を思い描く。だから、そうならないような対策が必要だ。


 僕は、脳を熱暴走しそうなほど酷使して、対策を練り始める。脳の回路が、複雑に繋がり、あっちゃこっちゃ思考が飛んだ挙げ句、ひとつの解に収束した。

 そうだ。政治的な目的でおこなう、写真の改竄について触れよう。独裁国家でおこなわれる写真の加工は、事実をねじ曲げるためにおこなわれる。そういった話をして、個人の写真の加工から、社会レベルでの写真の加工へと、話を飛躍させよう。

 これなら大丈夫だ。僕は、自信を持って説明を開始する。


「楓先輩。フォトショップとは、アメリカのアドビシステムズ社が販売しているソフトウェアの名称です。写真屋という名前のとおり、写真の修整や加工、合成などが、パソコン上で簡単におこなえます。

 その威力はすさまじく、アナログの写真加工ではできなかったような、複雑かつ、人の目には真贋を見分けられないような修整までできる、様々な機能が搭載されています。


 このフォトショップは、プロ用のソフトで、費用も高額です。このソフトを、ものすごく分かりやすく言うと、お見合い写真の加工を、もっと高レベルでおこなえるものです。

 それこそ、原形を留めないほど美人にしたり、人間ではなく宇宙人にしたり、千手観音みたいに体のパーツを増やしたり、通行人を消したり、昼の写真を夕方の写真にしたり、そこにいなかった人を付け加えたり、何でもできます」


「へー、すごいソフトなのね」

「ええ、とってもすごいソフトです」


 楓先輩は、そんなすごいソフトが、世の中に存在するんだねと、驚いている。


「このフォトショップは、あまりにも威力がすさまじく、女性が化粧をするよりも、はるかに高レベルに姿をいじることができます。そのため、写真と実物があまりにも違いすぎるということが、まま起きるのです。


 そのため、そういった加工が施された写真や人物のことをネットでは、フォトショ詐欺と呼んだり、フォトショップマジックと言ったりします。ネットで、女性の写真とともにフォトショップ、フォトショなどの言葉が出てきた際は、加工を疑う、あるいは加工の痕跡があるといったケースが多いです。

 また、それだけでなく、捏造と思われる写真が出てきた場合にも、フォトショップの利用が疑われたりします。


 現代では、写真は真実を写すものだと鵜呑みにしてはいけません。フォトショップに代表される方法で、元とは違う状態になっている可能性が高いからです。たとえばスマホのカメラ系アプリは、撮った時点で様々な加工を施すものが多いです。


 さて、このように写真内の人物を、違う姿に変えることは、よくおこなわれます。また芸能人では、姿自体が商品のために、こういった行為は日常的に実施されています。そのため、DVDのジャケットと中身の映像が、天と地ほども違うことが、よくあります。


 さて、こういった写真の改変は、個人や商業レベルではなく、政治レベルでおこなれることもあります。

 たとえば独裁国家で、ある人物が処刑されたとします。その人物と為政者が仲よく一緒に写っている写真は不都合になる。そういった場合は、写真からその人物が消されることがあります。

 過去には、ソビエト連邦で、スターリンがプロパガンダ目的で写真を改竄させたことが知られています。こういった写真の加工は、アナログ時代から、様々な国家でおこなわれてきました。


 そういった政治的な記録の改竄は、ジョージ・オーウェルの小説『1984』で描かれています。この小説では、主人公は真理省の役人として、体制に不都合な記録を修正する日々を送っています。

 こういった、政治的な情報操作は、古くは古代ローマでもおこなわれていました。ダムナティオ・メモリアエ。記憶の破壊と呼ばれるこの刑罰は、支配体制に反逆した人や、暴君などの記録を抹消して、存在自体を歴史から抹殺しようとするものです。


 このような情報の書き換えは、独裁国家や、政治的な意図以外でもあります。

 マンガから、不都合な台詞や描写が消えたり、映画から、たばこのシーンが削られたり、時代によって正義が変わることで、情報がその時代に合わせて修正されるのです。情報に接する際には、そういったことがあると念頭に置いた方がよいと思います」


 僕は、フォトショップの話をしながら、巧みに脱線して、情報の改竄へと話を持っていった。これで楓先輩は、僕が自分の写真を加工しているかなど、尋ねてこないだろう。僕は、大船に乗った気持ちになり、楓先輩の言葉を待った。


「なるほどね。情報には、改変されている可能性を考えて接しなければならない。サカキくんの言うとおりだと思うわ」

「ええ。現代は情報社会です。世の中には情報が溢れています。しかし、その情報が、本当に正しいかは分からない。絶えずそこに、加工が入っている可能性を考えて、取り扱うべきだと思います」


「分かったわ。それで、話は戻るわね。フォトショップについてなんだけど」

「えっ?」


 楓先輩は、僕の誘導を華麗にスルーして、本道に戻ってきた。


「サカキくんって、自分の写真をフォトショップで加工したことがありそうよね。それを、私にも見せてちょうだい。どんな風に元と違う状態になるのか、見慣れたサカキくんの姿で確認してみたいわ」

「えええええ~~~~っ!」


 僕が乗った船は、泥船だった。楓先輩に突っ込まれて、海に落ちて、あっぷあっぷした僕は、あわあわとうろたえながら、心の中で絶叫した。

 ちょっと待ってくださいよ楓先輩! 僕が、自分の写真をフォトショップで加工したことが前提ですか!!

 ……いや、していますけど。僕は叫び出したい気持ちを、必死に我慢した。


 しかし、楓先輩は、逃げる僕を追い詰める狩人のようだ。僕は、楓先輩という猫にもてあそばれる、小さなボールのようだ。

 それにしても、どうするか? この危険な状況を、いかにして突破するか。実は、僕がブログ用に使っている、加工しまくりの写真は、とんでもない美形になっているのだ。それこそ、ジャニーズ事務所に入って無双ができそうなレベルに。

 さすがに、それは恥ずかしすぎる。というか、どれだけコンプレックスを持っているんだと突っ込まれかねない。僕は必死に考えて、ひとつの解決策を思い付いた。


「楓先輩。これが、その写真です」


 僕は、数日前にスマホのアプリで撮影した写真を、楓先輩に見せる。人の写真を、二次元のアニメ調に変換してくれるモバイルアプリだ。新しいブログのプロフィール画像に使おうと思い、インストールして撮影したものだ。


「これは、サカキくんの写真を、アニメ風にしたものなの?」


 楓先輩は、僕のスマホに顔を近づけて尋ねる。


「ええ、そうです!」

「サカキくんの理想の容姿って、二次元なの?」


「えっ?」


 僕には、楓先輩の台詞の意味が分からなかった。


「あの、楓先輩、どういうことですか?」


 僕がおろおろして尋ねると、楓先輩は気まずい顔をして、両手を合わせて、頭を下げてきた。


「ごめんなさい、サカキくん! サカキくんは、マンガやアニメばかり見ているなあと思っていたんだけど、まさか二次元になりたかったとは知らなかったの」

「えっ? いや、そういうわけじゃ……」


「ううん。サカキくんの本当の気持ちに気付けなくて、ごめんね。私は三次元の世界の人間だから、二次元の世界に住むサカキくんのことを、あまり理解できていなかったみたい。サカキくんが、そういった世界の住人になりたいと悩んでいるなんて、想像もしていなかったわ」


 いや、あの、僕も想像していなかったんですが。

 楓先輩は、「鈍くて、ごめんね!」と僕に言い、その日は自分の席へと、ぱたぱたと走って、戻っていった。


 それから三日ほど、楓先輩は、パソコンの前に座る僕の横に来て、「フォトショップマジックで、二次元人になるところを見せて」と言い続けた。

 いや、そもそも、文芸部のパソコンに、フォトショップなんて、入っていませんから! それに僕は二次元人になりたいわけではありませんから!


 楓先輩は三日間、僕の隣に貼りつき続けた。そのせいで僕は、パソコンで危ないサイトを巡回できず、部室の中で悶々とし続けた。


 今回は、ネットでよく出てくるソフト名だけど、知らない人は何のソフトかまったく分からない「フォトショップ」の話でした。


 いやあ、フォトショップの威力はすごいですね。加工しまくれば、別人になりますから。


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