殲滅戦
┓(´へ`)┏
荒れた平野が見渡す限り広がり、その全てを埋め尽くさんと、蠢く波が遥か遠方から寄せる。
その波を待ち受けるように荒野に立つ2つの人影。1つは豪華な赤いローブをそよ風に弄ばれ、薄い金の髪を片手で押さえている女性魔法使い。もう1つは、ホストと言われて一番に思い浮かべる様な服装をしている男性。重力に抵抗するかの様に盛り上がった髪は黒一色に染まり、そよ風に必死に抗う前髪の間からは爛々と輝く瞳が興奮の色を滲ませている。
そして、二人に魔物の波が迫る。逃げ場のない平地にたった二人で立つ人間。魔物の波は二人を轢き殺そうと近付き、しかし男の正体に気付いて足を止める。
ただ魔物の大群を見詰めるだけの男の雰囲気と魔力に呑まれた魔物達は恐怖に怯え、決死の突撃を開始した。それは本能的な行動で、強者の射程に入ってしまった弱者に唯一残された道だ。
突撃を開始した魔物達を見てニヤリと口角を吊り上げた男は、傍らの女性魔法使いに向き直る。
「解ったわよ。援護するから行きなさい」
「いらねぇよ、アレは俺が殺る」
男は、諦めに少しの信頼をブレンドした女性の言葉に素っ気なく返すと、その場に破裂音を残して消え去る。瞬間、魔物の大群のど真ん中で、周囲に轟音と殺戮を撒き散らしながら地が爆ぜる。
騒然となる魔物達が砂煙の向こうに見たのは、人の形をしたナニカであった。
少し離れた場所で魔物の大群を見詰める女性は、自身に《遠見の魔法》をかけていた。彼女の目にははっきり見えるその場所は、男の一蹴りで何十mという体長の魔物が爆発し、その拳の風圧が地を削って魔物を遥か遠方に吹き飛ばしていた。
「宮廷魔法使いが20人居ても足りない量の魔力を全て圧縮して身に纏う……。技術的にはただの魔力強化、だけど上位の身体強化魔法を上回る性能。……無茶苦茶ね」
宮廷魔法使いと言えば城に遣える凄腕魔法使いで、一端の冒険者では触れる事さえ不可能な実力の持ち主。地を砕き、海を凍らせ、天を落とすと言われる宮廷魔法使いだが、その一番の強味は常人を遥かに越える魔力量と、それを完璧に使いこなす魔力操作の実力。そんな雲の上の存在ですら、今魔物の大群を虫の様に蹴散らしている男と比べたらドラゴンと赤子に等しい。
そんな、本物のドラゴンでさえ殴り飛ばしそうな男は魔物達を威圧して牽制しながら大技を繰り出そうとしている。ここに来る道中で女性魔法使いが男に教えた魔法。それは魔法使いの卵でさえ完璧に扱える簡単な魔法である。魔力を火に変えて魔力操作によって球体にして飛ばすのが普通な魔法。
だが───
「《ファイア》!!」
男の使い方は並の魔法使いなら愚策と言える使い方。
即ち、火に変えた魔力をただ放出するという方法。いわば火炎放射であり、《ファイア》で消費する魔力を持続的に消費するという燃費の悪い方法だ。
男の口から放たれた火炎は、放水車の放水のような勢いで魔物の大群を舐め回した。体内で圧縮されていた魔力が直接体外に放たれた事によって勢いがつき、普通の魔法使いの魔力より濃い魔力が火に変わりその温度を増した。
「まるで悪夢ね」
土を真っ赤に染めて燃え続ける業火を見ながら、女性魔法使いは癖になりそうなため息を吐いた。