命短し恋する花よ 「 花は散る 」
私は、いつも一人だった。むこうの花畑に行けば、人がいっぱいいるのに、残念なことに動けない。
「もう。これじゃあ花と一緒だわ。18にもなって、歩けないなんて。」
私は、生まれつき病弱で、先週ついに歩けなくなってしまったのだ。ふてくされていると、聞きなれた声がした。
「駄目だよ花ー。ちゃんとねてないとー。熱があるんでしょー?」
凛だ。この子は、7歳にして私を呼び捨てにしている男の子。生意気で、大嫌いで、私が最も信頼している人物でもある。
「どうせ死ぬなら、やりたいことをしたいの。」
「僕は花が好きだから、死なないでくれるほうがいいなー。」
憎たらしいくらいによく回る口だ。「好き」なんて言葉を、惜しげもなく披露してくれる。
「・・・生意気。」
「ありがと。」
あぁもう、年上の威厳もへったくれもない。15のときから会うたびに告白されているようなものなので、いまさらときめいたりしない。
凛は大人びている。頭も切れるし、顔もいい。性格もよく、一見王子様のようだ。同年代だったらいうことなしだが・・・。子供すぎる、体が。
だから花はなびかない。絶対に応えたりしない。たとえ本心で恋していても。
「ほら、あっちいって遊んで来れば?子供同士で。」
「いやだよー、僕インドア派なんだよねー。」
追い出そうとしても、嫌味をいってもかわされる。
「あーもう!ほっといてってば!」
「あははー。」
そんな、私の日常。
私はお金持ちの家に生まれた。生まれた時から病弱で、なかば軟禁されるように、周りと隔離されて生きてきた。家庭教師で勉強し、部屋から一歩も出ない生活。
それを変えたのは、凛だった。いとも簡単に私の中に入ってきて、そのまま住み着き、忌々しく思っていたはずなのに。
凛は友達をくれた。菜奈ちゃんという4歳の女の子。妹のような存在で、可愛くて・・・凛に似合うのは、こんな子だ。私なんかじゃ、つりあわない。
私は、もうすぐ死ぬ。らしい。
特に実感はない。でも、17まで生きられないといわれたのだから、たいしたものだと思う。
みんなが優しいのが、嫌だ。
だから、凛に連れ出してもらう。
凛はいつも変わらない。だから、落ち着く。
私は死ぬらしいが、別に私がいなくても、世界は何ら変わらない。
悲劇の主人公ぶるつもりはない。
また、死ぬことに怯えるつもりもない。
もうこの病気と付き合ってきて18年。理解した。
いま、私は幸せだ。こんなにも幸せ。
友達が少なかろうが、余命宣告されていようが、そんなことはどうでもいいと思える。
これが私のしあわせなのだ。
凛が、飲み物を取りに行った。私はおとなしく待っている。
「動くな!!」
「!」
これは、アレか。誘拐か。
り、凛はいないはずだ。いたら、こっちに駆け寄ってくる。
凛は大丈夫だが私がやばい。
そうしてぐるぐる考えていると、目隠しをされ、車に拉致された。
「!?なななななに・・・!?」
「黙れ」
背中に固いものが当たる。
(こ、こ、これ・・・。まさか・・・・)
「、だーーーーれーーーかーむぐっんーんーんーんー」
(ガムテープ・・・)
「黙れ」
「んん・・・」
車は、廃工場のようなところについた。身代金要求の電話が聞こえる。
「んーんんんーーーー!」
「3分だけ時間をやる、娘と話せ。」
「おーい、もう一人連れてきたぞー!」
もう一人。ぱっと思い浮かんだのは。
(菜奈ちゃん・・・!!)
そこには、泣きながら連れてこられる菜奈ちゃんがいた。
「おねーちゃ・・・」
ビリッとガムテープをはがされる。
「っ!!!」
電話をひったくって、
「おとー様!?どういうこと!菜奈ちゃんがっ!」
{うむ、すぐに助けるからな、こわいだろう、あと少しの辛抱だ、ちゃんと身代金は・・・}
その声を聴いて、私は切れた。
「バカじゃないの!わたしより菜奈ちゃんを助けないと…。払ったら私たちは用済み!殺されるわ。私はともかく、菜奈ちゃんが・・・。」
{で、では・・・}
「いい、まず菜奈ちゃんを・・・・・・・・・・・・・・・」
{お前はどうするんだ?}
「それはわたしが知っていればいいの!お父様は菜奈ちゃんを。絶対、戻ってくるから・・・。」
{分かった、じゃあ必ずも}
ばっと携帯を取り上げられ、言葉が終わる。
これでほぼ確実に菜奈ちゃんは大丈夫だ。
さっきの電話で、1つ、嘘を言った。凛なら気づいたかもしれないが、お父様は気づかない。
凛。
(ごめんなさい。私は、戻らない。)
凛のことを思うと、つらい。
(ひどいことばっかり、言ってた。)
(ごめん。)
(ごめんね。)
謝りたいのに。
(・・・会いたい。)
「お、おね・・ちゃ・・・ん」
はっと現実にひきもどされる。
「大丈夫。大丈夫だから。」
「うえーーん、」
背中をさすり、菜奈ちゃんが寝入ったのを見届けてから、口を開く。
「取引しましょう。」
「どういうことだ?」
反応は上々。
「私、声真似が得意なの。これを使って、もう一つ儲けない?」
これで、意味は伝わったはずだ。この人たちが、私の家に手を出したことが、この人たちのランクをあらわしている。度胸も、情報も、行動力もあり、次の獲物を探している。乗ってくるはず。
「私、病気でもうすぐ死ぬの。
えーかわいそう、おねーちゃん。
だから、ハメはずしてみたくて。
そぉなの?
どう?連れて行ってよ。
うんうん。
解放しなくてもいいわ。」
菜奈ちゃんの声真似を交え、話す。
「一度聞けばだいたいできるわ。それでパパからお金もらえば?」
「ふうん。・・・・分かった。」
よし。これで、「世間知らずのバカ娘」と思われたはずだ。
別に死ぬつもりはない。機をみて逃げ出す。
だが、今はこんなことしか思いつかない。
凛。凛。
はやく。
タスケテ。
あぁ、駄目。また。
(菜奈ちゃんは、守らないと・・・。)
それが、私のできる、唯一のこと。
父様が、きた。
「さ、先に、娘を、人質を解放してくれ!」
「ちっ!おらよ!」
きゃっ、とこけながら、菜奈ちゃんが向こうへ行った。
ここまでは作戦通り。
「!」
お父様・・・。
零れ落ちた札は、偽札だった。
知られたら・・・。
「っなんで!」
「何がだ?」
「!別に。」
どうしよう。確認してる。
菜奈ちゃんが、危ない。この中で一番弱い、なおかつ敵の弱みであるあの子が。
(あ、あ、あ、・・・)
どうしよう。
背筋に寒気が走る。
確認する男の眉が、動いた。
足よ、動け。動け、動け、動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!
「お願い、動いて・・・っ」
バァン!!
響き渡る銃声。怒号。
銃口は菜奈ちゃんに向けられていた。
「おねーちゃん・・・?」
「だ・・い、じょ、ぶ。」
菜奈ちゃんは無事だ。
代わりに、私の背中が、赤く染まっていた。
(死ぬつもりは、なかったけど。)
間に合った。
そのことに対する安堵で、意識が遠のく。
「花!」
その一言で、頭がはっきりしてきた。
血が、流れる。
「ごめん、ごめん、僕のせいだ。僕も止めたんだけど、止められなくて・・・。ごめん、ごめん。」
聞こえるのは、凛の声。
大好きな、凛。
「なんで、謝る、の?私は、こんなに幸せ、な、のに。わた、し、こそ、ごめんね、いつ、も、ひどいこと、ば、かり・・。先に、逝くね。ごめん。ごめ・・・」
「しゃべっちゃだめだ!」
「ううん、も、だめ、・・。言った、で、しょ、私は、私、の、好きな、こと、して、いきる、の。いま、伝え、たいの。だから、聞いて。
凛。凛。私、凛が好き。大好き。一番好き。私は、凛に、幸せをもらったから、凛も、幸せで、いてね。私の好きな人。」
「花!花!」
「さようなら。ありがとう。」
その言葉を遺して。
そして、私の意識は途切れた。