ウサギは道を導くが、かぐや姫は月には帰らない
最後の陸上大会の後、マックで打ち上げしようという部活友達に笑って手を振った。ひとりになりたいとか、もっと練習するための時間を取るとか、そういうのでもなく、ただひとり電車に乗って、ひとり降車し、ひとり、歩いた。
太陽は地面に向かって朱く沈み始めて、月が白く反対側の灰を含んだ藤色の空に姿を現し始めている時間。
何もかもが輝きを失っている時間に思えた。
なにもかもが滲んで見えた。はっとして、思わず目を擦って気がついた。
あ、私悲しいの?
零れた涙にそう思う。
だけど、どこかで何かを否定する。
ちがう、悔しいの。
風が木々を揺らし、葉音を鳴らす。目を庇いながら周りを見回すと、深い緑の森が視界を埋めた。
千歳緑の森の向こうへ、道がただ続いていて、歩き続けてきた道は、すでにない。そして、現れたのは白いウサギ。森の中から出てきたウサギの着る赤いチョッキには、金の縁取りがしてあって、白い毛皮によく映える。
ねぇ、待って。
ふわりとスカートを翻した私がウサギを追いかけた。
待って。
ねぇ……。
慌てて追いかけた先にあるのは、気取り屋のお茶会だった。ウサギはいない。
「今日は何を祝う日?」
「今日は、君が逃げた三十一回目記念。どうする? このまま祝っちゃう?」
思わず頭を大きく振った。祝わない。だって、おめでたくないもの。もう一度、気取り屋を見据えると、気取り屋が滲んで消えていく。
景色が解けて、ふたたびの形を生み出す。そこにあるのは、いつもの景色。
夕焼けが染み入るように、彼の白い夏シャツを洗朱に染めている。風が葉音を立てていくのは森ではない。
石の階段を上った先にある、夏祭りを終えた近所の神社。
箒を止めた少年が、私に驚きもせずに、声をかける。
「卯鷺、おまえ、目ぇ、真っ赤」
ウサギは私。赤いゼッケンをつけて走ったの。だけど、金色には全然届かない。色のない入賞止まり。
「さっきの風で砂がいっぱい、目に入ったのっ」
竹野香久耶は、同級生で幼馴染。
月読の神様を祀るこの神社の跡取りで、喘息が酷くて、学校を休みがちで、もちろん部活にも入っていない。
「そっか」
――どうすればいいのか分からない。
「四位だった……」
ただ、目の前に広がる結果と現実だけが、そこにあるだけで。
竹野は自分の箒を突き出し、私に押しつけた。
「ちょうどいいや。さっきの風の土埃のせいで、もう無理だと思ってたところ。休憩するから、ほんの少しだけ代わって」
そう言った竹野は、鳥居を潜ったすぐそこの御手洗脇にある、“階段休憩のために一息つける椅子”と長々しい名称が付けられた石の椅子に座って、空を見上げた。
視線を合わせ見つめた先にあるものは、光を蘇らせつつある白い月が、ただあるだけだった。




