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ウサギは道を導くが、かぐや姫は月には帰らない

作者: 瑞月風花
掲載日:2026/09/12

 最後の陸上大会の後、マックで打ち上げしようという部活友達に笑って手を振った。ひとりになりたいとか、もっと練習するための時間を取るとか、そういうのでもなく、ただひとり電車に乗って、ひとり降車し、ひとり、歩いた。

 太陽は地面に向かって朱く沈み始めて、月が白く反対側の灰を含んだ藤色の空に姿を現し始めている時間。

 何もかもが輝きを失っている時間に思えた。

 なにもかもが滲んで見えた。はっとして、思わず目を擦って気がついた。


 あ、私悲しいの?

 零れた涙にそう思う。

 だけど、どこかで何かを否定する。

 ちがう、悔しいの。


 風が木々を揺らし、葉音を鳴らす。目を庇いながら周りを見回すと、深い緑の森が視界を埋めた。

千歳緑の森の向こうへ、道がただ続いていて、歩き続けてきた道は、すでにない。そして、現れたのは白いウサギ。森の中から出てきたウサギの着る赤いチョッキには、金の縁取りがしてあって、白い毛皮によく映える。


 ねぇ、待って。

 ふわりとスカートを翻した私がウサギを追いかけた。


 待って。


 ねぇ……。


 慌てて追いかけた先にあるのは、気取り屋のお茶会だった。ウサギはいない。


「今日は何を祝う日?」

「今日は、君が逃げた三十一回目記念。どうする? このまま祝っちゃう?」


 思わず頭を大きく振った。祝わない。だって、おめでたくないもの。もう一度、気取り屋を見据えると、気取り屋が滲んで消えていく。

 景色が解けて、ふたたびの形を生み出す。そこにあるのは、いつもの景色。

 夕焼けが染み入るように、彼の白い夏シャツを洗朱(あらいしゅ)に染めている。風が葉音を立てていくのは森ではない。

 石の階段を上った先にある、夏祭りを終えた近所の神社。

 箒を止めた少年が、私に驚きもせずに、声をかける。

卯鷺(うさぎ)、おまえ、目ぇ、真っ赤」

 ウサギは私。赤いゼッケンをつけて走ったの。だけど、金色には全然届かない。色のない入賞止まり。

「さっきの風で砂がいっぱい、目に入ったのっ」


 竹野香久耶(かぐや)は、同級生で幼馴染。

 月読の神様を祀るこの神社の跡取りで、喘息が酷くて、学校を休みがちで、もちろん部活にも入っていない。

「そっか」

 ――どうすればいいのか分からない。

「四位だった……」

 ただ、目の前に広がる結果と現実だけが、そこにあるだけで。

 竹野は自分の箒を突き出し、私に押しつけた。

「ちょうどいいや。さっきの風の土埃のせいで、もう無理だと思ってたところ。休憩するから、ほんの少しだけ代わって」


 そう言った竹野は、鳥居を潜ったすぐそこの御手洗(みたらい)脇にある、“階段休憩のために一息つける椅子”と長々しい名称が付けられた石の椅子に座って、空を見上げた。

 視線を合わせ見つめた先にあるものは、光を蘇らせつつある白い月が、ただあるだけだった。


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― 新着の感想 ―
最後の大会で思うような結果が出せなかった主人公。景色が輝きを失い、滲んで見える様子と、自分で自分に問いかけるところが心に残りました。 大地に向かって朱く沈む太陽と藤色の空に、白く浮かび上がる月。この…
皆さん仰るように、不思議な味わいのお話でした。でも、なんだかストンと腑に落ちるものがあります。 『フィクションとノンフィクションの狭間』を拝読して、風花さんの現代もの、久しぶりだけどやっぱりいいなあと…
兎と月が溶け合うさまが、とても美しかったです。 いつもながらに、お洋服の描写が丁寧で、情景が目に浮かぶようでした。 素敵なお話、ありがとうございます。
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