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「愛なんて感情は無駄なものだ、馬鹿馬鹿しい」と言っていたツンツン婚約者がデレ始めた件について  作者: あろえ


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第8話:パンジー

 手紙のやり取りが始まって一か月が過ぎる頃。


 ロスタリカ家の屋敷で、毎月開いている交流会をするため、私はアルト様を出迎えていた。


 王都で関係性が改善してから、彼と直接顔を合わせるのは、これが初めてのこと。


 二人で再スタートするという意味を込めて、気分を一新するべく、私は普段あまり選ばない色の服を着ている。


 さすがに気づいてくれることを信じて、スカートをつまんでみせた。


「どうですか? 何か言うことはありますか?」

「ああ。今日は珍しくオレンジの服だな」


 うん、知ってた。


 人はそこまで急激に変わることができないのだ。


「残念ながら、二点です」

「よしっ! 二点ももらえた!」

「今のは、喜ぶところでしたか?」

「当たり前だろう。今までの俺は、マイナスだったからな」


 確かに、今までのアルト様であれば『別にない』と、一蹴していただろう。


 積極的にコミュニケーションを取ろうと歩み寄ってくれていることは間違いないので、今回は特別に合格点を与えるとしよう。


 仮に他の貴族令嬢にこんなことを言えば、傷ついて落ち込むか、喧嘩になることは間違いない。


 ただ、本当に婚約者として歩み始めたことを実感した私は、安堵する気持ちで胸がいっぱいだった。


「今回は少し気分を変えたいので、裏庭の方に来てください」

「わかった」


 アルト様を案内して、裏庭にたどり着くと、そこには多くの花が咲き誇っている。


 彼は興味ないかもしれないが、手紙でも触れてくれていたから、もう少し花のことを話そうと思ったのだ。


「こちらに咲いている花が、手紙に書いていたパンジーです」

「この花だったか。確かに、ニーナの家でよく見た気がする。好きなのか?」

「花は全般的に好きですよ。時間がある時は、庭師の作業を見学させてもらうこともありますね」

「なるほどな。ニーナの気持ちはわかるぞ。俺も騎士団が訓練していると、見学させてもらうからな」


 花を愛でる行為と剣術を学ぼうとしている行為は、ちょっと違うような気がするけど……まあ、そういうこともある。


 せっかく共感してくれたんだから、わざわざ指摘しようとは思わなかった。


 どちらかといえば、本当にアルト様が見違えるように話してくれているので、こんな何気ない時間が嬉しく感じる。


 自分でも思った以上に浮かれているみたいで、パンジーの花を摘み、自然と頭に乗せていた。


「どうですか?」

「どうって……。さすがに花と比べたら、ニーナの方が綺麗だろ」

「えっ?」

「ん?」


 アルト様、そういうことも言えるんだ。


 自分で聞いておいてなんだけど、不意を突かれてビックリしてしまった。


「……百点です」

「なっ!? なんで高得点が出たんだ? 花と比べたんだぞ? 花なんて一瞬しか輝かないのに、ニーナはずっと輝いているんだから、勝つのは当然のことだろ」

「……百二十点です」

「いやいや、わからない。点数が上がった意味が本当にわからない。女心って、騎士の教官の剣術よりもわからないな」


 私も今、どうしてアルト様がそんな甘い言葉を口にしたのか、サッパリわかりませんけどね。


「人それぞれ考え方や感じ方は違いますが……。花は大切に育てても、すぐに枯れてしまいます。その一瞬の美しさが儚いからこそ、とても綺麗に見えるものなんですよ」


 普通の男性であれば、それくらいのことは知っているだろう。


 でも、騎士を目指してきたアルト様は、知らずにそういう言葉を口にしていた。


 彼の素直な気持ち、つまり、本心を聞いたんだと思うと、さすがに私も頬が緩む。


 ニーナはずっと輝いている、か。


 アルト様は、私のことをどんなふうに思っているんだろう。


 そんなことを考えていると、アルト様は申し訳なさそうな顔を向けてきていた。


「それなら、俺は今まで本当に悪いことをしていたんだな」

「ん? 剣術の訓練中に花を踏んでいたんですか?」

「いや、そういう場所で訓練はしないが……」


 下唇を噛み締めたアルト様は、私の肩にそっと触れ、まっすぐと見つめてくる。


「ニーナっていう綺麗な花が咲いているのは、家族が大切に育ててくれたからだろう? それなのに、俺はいっぱい踏みつけてしまった」

「えっ? いや、私はそんなに綺麗な花では……」

「俺がその花の輝きを曇らせていたんだ。だから、もう同じ過ちは犯したりしない。これからはちゃんとニーナを大切にするよ」

「……はい。ありがとうございます……」


 急にどうした!? と戸惑う気持ちがありつつも、そんなことを言われると、心が落ち着かなくなってしまう。


 私が知らなかっただけで、アルト様は隠れ王子様属性でも持ち合わせていたんだろうか。


 婚約者を演じるのではなく、素直に言われていると思うと……。


 熱い! 体の内側から、尋常じゃない火照りを感じる!


「おいっ、どうした? 熱でも出てきたか? 顔が赤いぞ」

「あっ、いえ。これはそういうわけでは……」

「まさか王都での高熱が後を引いているのか? 無理して俺と会ってくれていたのか!?」

「ほ、本当に大丈夫ですから。少し休めば落ち着きますし、せっかく来ていただいてるので、このままで構いません」

「馬鹿! いいわけないだろ! ニーナの体と比べたら、俺との時間なんてどうでもいい! また三日も寝込んだら、どうするんだよ!」


 放っておいてくださったら、三分ほどで落ち着くと思いますけどね!


「心配してくださっていることは、ありがたいですよ。でも――」

「心配するに決まってるだろ。ニーナを大切にするのは、婚約者の務め……。いや、俺の素直な気持ちなんだ」


 どうやら天然な一面もあるみたいですね!


「今日はもう休め。早く屋敷に戻ろう」

「えっ? いや、本当に大げさにしなくても――わっ!?」  


 騎士を目指しているアルト様に、ひょいっと軽々しくお姫様抱っこされてしまう。


 なんだこのシチュエーションは……と戸惑いつつも、彼の真剣な表情を見て、もう止めようとは思わなかった。


 少しくらいは()()()()をさせてもらうとしよう。


 ……ん? 良い思い?


 これは親同士が決めた結婚であり、別に私は彼のことを思っているわけでもないはずなんだけど。


「前みたいな嫌な思いは、もうニーナにしてほしくない。俺、ちゃんと変わるよ」


 ……うん。良い思い、か。良い思いかもしれない。


 少なくとも、今の彼は悪くないと思った。

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