第5話:素直になれないアルトⅡ(side:アルト)
初めてのパーティーでエスコートに失敗した翌月。
俺の誕生日が訪れると、ニーナから黒い花が一輪だけ贈られてきた。
「なんで黒い花なんだ……?」
現実から目を背けようとするものの、その理由は俺が一番よくわかっている。
これまで笑みを向けて歩み寄ってくれていたニーナを怒らせてしまったんだ。
無論、このことでレクレーネ家が大騒ぎになり、俺は父上に呼び出されてしまう。
「わざわざお前の誕生日に、ニーナくんが意味もなく黒い花を贈ってくるとは考えられない。何かあったのか?」
「……」
言えない……。
剣術の訓練では体が動くのに、ニーナを前にすると思うように体が動かなくなるなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。
「ロスタリカ家は、こんなことをする家系ではないぞ」
「……」
ニーナもそんなことをする子じゃない。
俺が悪かったことくらいは、十分に理解している。
「言いたくないのであれば、ニーナくんに事情を聞こう。だが、一つだけ教えてくれ。レクレーネ家が取る行動は、抗議か謝罪か、アルトはどちらだと思う?」
「……すみませんでした」
「わかった。謝罪してこよう」
ちゃんと変わらなきゃいけない。
次は……次こそはちゃんとしよう。
***
黒い花事件が起きて数か月後が過ぎる頃。
俺の周りでは、もう一つ大きな変化が起きていた。
「今月も来ない、か」
毎月届いていたニーナの手紙が、パタリッと止まってしまったのだ。
そのことが気になって、最後にもらった手紙を何度も読み返してみるものの、異変は感じられない。
次の手紙は遅れるとか、書けない事情があるとかは書いていなかった。
ニーナにもしものことがあったなら、父上を経由して情報が届くだろう。
ましてや、毎月のように互いの領地を行き来しているため、彼女が無事なことは理解しているつもりだ。
「はあ~……。問題は俺にあるよな……」
ニーナが手紙を書かなくなったのは、俺が返事を返していないから、という理由で間違いなさそうだった。
でも、今さら手紙の返事なんて書けるわけがない。
なんて書けばいいって言うんだよ。
ニーナだって、何か月前に書いた手紙の返事をもらっても、困るだけだろう。
そんなふうに頭を悩ませていると、部屋の掃除をするために執事が入ってきた。
「ご婚約者様のことが気になりますかな?」
「べ、別に。気にしてなんかいない」
急いで読んでいた手紙を隠して、俺は自分の気持ちを偽る。
最近は、こうやって自分の殻に閉じこもってばかりだった。
「今からでも遅くありませんよ。お返事の一つくらい書いて差し上げてもいいのではありませんかな?」
「必要ない。向こうもびっくりするだけだ」
「そんなことはありません。手紙をいただくというのは、どんな方でも嬉しいものなのですから」
本当にニーナが喜んでくれるなら、書いてもいいと思っている。
でも、それがわからないから行動に移すことができなかった。
こんなモヤモヤした気持ちのまま過ごしていては、当然のように剣術の訓練にも身が入らない。
今度会った時は、ちゃんと婚約者らしいことをしよう!
そう意気込んで、次の交流会に挑んだのだが――。
「仲の良い友人が茶葉を送ってくださったんです。とても香り豊かな紅茶だと思いませんか?」
「いや、普通」
「……」
「……」
どうしてもニーナの前になると、モヤモヤした心がソワソワに変わってしまう。
何を話していいのかわからず、気の利いた言葉が全然出てこなかった。
ただ、ニーナを表情を見ると、彼女を困らせていることくらいは自覚する。
「あのー……、もう少し婚約者っぽくしてみませんか? 親同士が決めた結婚だったとしても、愛し合っているように見えた方が素敵じゃないですか」
「愛なんて感情は無駄なものだ、馬鹿馬鹿しい」
自分の口から思った以上に強い言葉が飛び出してきて、俺は思わずハッとした。
しかし、ニーナに伝えてしまった言葉を取り消すことはできない。
たとえ、まったく思っていないことを口にしてしまったとしても、だ。
そこからの俺は混乱して、いい加減なことばかり口にしてしまう。
でも、ニーナがうまいこと誘導してくれて、エスコートする約束を取り付けてくれた。
これはチャンスだ。
エスコートのリベンジができれば、少しは打ち解けられるようになるかもしれない。
***
建国祭のパーティー当日。
俺はまた、エスコートすることができなかった。
馬車から降りる時にニーナの手を取るだけ。
たったそれだけのことなのに、今さらどんな顔して手を取ればいいのかわからない。
俺が変わらなきゃいけないことはわかってる。
でも、自分の心が制御できなくて、恥ずかしさが勝ってしまった。
どうしてニーナの前だと、素直になれないんだろう。
どうして俺は、ニーナから逃げているんだろう。
ニーナなら優しく受け入れてくれるとわかっているのに、心と体が違う行動を取ってしまう。
こんな自分がもどかしい。
俺は、形だけの婚約者にもなれないのか……?
華やかなパーティーが続く中、少し頭を冷やそうとした俺は、ベランダに足を運んだ。
自業自得だから仕方ないが、俺の心はこの夜風よりも冷え込んでいる。
冷たい……。でも、ニーナに対する俺の態度は、もっと冷たい……。
せっかくニーナがエスコートのリベンジをするチャンスをくれたのに、無下にしてしまったんだから。
「約束も守れないのは、人として間違ってる。このままじゃ、ダメだよな……」
何度もやり直す機会はあった。
自分を変えようと意気込み、失敗してばかりだった。
「後でちゃんと謝ろう。俺はこのまま終わりたくないから」
でも、もう……馬鹿みたいに婚約者を振り回したくない。
ニーナの顔を、曇らせたくない。
今度こそは絶対に婚約者らしい振る舞いをしよう、そう心に決めた時だ。
不穏な音が聞こえてきたのは。
ギギギ……ギギ……メシメシッ
「……ん? なっ!」
ベランダの手すりにもたれていた俺は、それと共に体が斜めに傾いていることに気づく。
何とか助かろうと動くものの、体を預けていた手すりが壊れようとしているのだから、バランスを保つことができない。
これはきっと罰だ。ニーナを振り回して、無下に扱い続けた俺に対する神様の罰であって――。
「アルト様!?」
不意にニーナの声が聞こえてきて、俺はハッとした。
驚愕の表情を浮かべた彼女が、足を踏み出そうとしていたんだ。
「ニーナ! 来るな!」
精いっぱいの声で叫んだにもかかわらず、ニーナは止まろうとしなかった。
宙で勢いよく飛び付かれて、俺はそのまま地面に叩きつけられる……はずだった。
ザッバーンッ
背中に強い衝撃を受けると同時に、急激に世界が歪み始める。
まともに呼吸ができない空間と、肌から体温を奪う冷たい感覚を覚えて、俺は水の中に落ちたんだと察した。
そうか。ニーナは、俺を池に落とすために……。
そんなことが頭によぎるが、急に池に落ちることになったため、息が長く持たなかった。
しかし、薄れゆく意識の中で、俺は心に決める。
次に目が覚めた時、彼女がまだ俺を婚約者として認めてくれるのであれば、今度こそ素直になろう。
馬鹿な婚約者でごめん、と。




