第34話:お茶会Ⅱ
徐々に流れに押されていると、国王様と王妃様は追い打ちをかけるかのように、真剣な表情でプレゼンを始めてしまう。
「君たちも知っての通り、貴族同士の結婚は、政略結婚だ。円満な夫婦であっても、純粋な恋愛感情を抱く者は少なく、尊敬する気持ちが強くなる。貴族の愛の形や育て方は歪で、恋愛感情を抱く者は極めて少ないであろう」
「無理もないわ。私たち貴族は、自由に恋愛することを禁じられ、その想いを小説や舞台といった架空の世界に求めているのだから。誰も現実世界で起こるものだと考えていないの」
「そんな夢物語が目の前で起きているのであれば、我々は特等席で演劇を見ているような錯覚に陥るであろう。二人だけの世界に浸っている以上、その物語の登場人物にすらなれないのだからな」
「嫉妬なんてあり得ないわね。いつまでも甘~い夢物語が続いてほしいと、応援したくなるものよ。だって、昨日のパーティーでも、とっても甘美な雰囲気だったんだもの」
キラーンッと目を光らせる国王様とポワポワしている王妃様を見れば、誰が一番楽しんでいるのか、容易に想像がついた。
私たちの婚約に、王家の後ろ盾という強大な権力がつこうとしているのは、気のせいだろうか。
これはあくまで、他国との関係性を改善する策のはずなんだけど。
「ち、ちなみに、国王様たちが知ってらっしゃる範囲で、恋愛結婚された方はいますか?」
「難しい質問だな。恋愛感情を持ち合わせていたはずが、知らぬうちに仮面夫婦と化した者なら何人か知っておるぞ」
「私も同じね。恋愛結婚が失敗した場合、互いの経歴を傷つけないように、そのまま政略結婚に移行するケースが多いわ。二人の間で子供を作らないし、悪い噂が飛び交いやすいから、良いことがないのよね」
「うむ。他国であったとしても、恋愛結婚でうまくいったケースは、ほんの一握りだと聞く。ましてや、大恋愛を得て結婚した貴族など聞いたことがない」
国王様と王妃様が盛り上がりを見せる中、甘い噂が流れていることを知らないであろうアルト様は、話についてくることができていない。
しかし、今までの話を聞いていれば、さすがに思うところがあったんだろう。
眉間にシワを寄せたアルト様は、難しい顔をしていた。
「失礼ながら、俺たちは一般的な貴族の結婚と何も変わらないと思うんですが」
「ほほお。君にとって、昨日のパーティーの出来事は普通であると?」
「はい。普通にニーナをエスコートしていただけです」
「まあっ。あんなにも身を寄せて抱き合っていたことが普通だなんて。今日は日差しが強いのか、随分と部屋が暑いわね」
アルト様ッ! ちょっと黙っていてください!
あんなポンコツ刺繍入りのハンカチを持ち歩いていて、よくそんなに平然とした顔で反論できましたね!
国王様たちに更なる甘味を提供してどうするんですか、まったくもう。
「さすがに私たちだけで判断することはできない内容だと思います。一度、ロスタリカ家に話を持ち帰って――」
「その必要はない。すでにロスタリカ伯爵家にもレクレーネ侯爵家にも打診して、許可を取っておる。この場での茶会は、二度目であろう?」
国王様の言葉を聞いて、サーッと血の気が引くような感覚に陥ってしまう。
以前『ロスタリカ家のことで聞きたいことがある』という名目で茶会に招かれていたことがあったのだ。
てっきり池に落ちた事件に対する謝罪の意味があると思っていたけど、その当時からラブロマンス化プロジェクトは始動していたのかもしれない。
ただ、この話はどう考えても不確定要素が大きすぎるだろう。
「お、お待ちください。今は好意的な目で見られているかもしれませんが、もしものことがあった時に取り返しがつかなくなってしまいます」
仮に離婚や別居なんて状態に陥ったり、子宝に恵まれなかったりしたら、結局作り話だったと思われかねない。
逆にこのまま関係を維持することができたら、建国祭で起きた事件も明るい印象を与えることができる。
なんといっても、私が歩んだシンデレラストーリーの転機なのだから。
そのことがよくわかるように、国王様は真剣な表情を浮かべていた。
「君の言うように、どれほど仲睦まじい関係を築いたとしても、数年後に変化する恐れがある。それゆえに、国策として実行するのであれば、生涯にわたって役割を成し遂げてもらわねばならない。さすがにこればかりは、強引に押し通すわけにはいかないと思い、こうして君たちの意思を――」
「俺は大丈夫です」
「そうだな。やはり一番の懸念は、君が……んんっ?」
「えっ?」
「まあっ!」
突然、アルト様があっさりと承諾したため、場が和やかな空気に包まれ始める。
主に、国王様と王妃様の顔がほころんだ、という意味だが。
一方、アルト様は私の顔色をチラッと確認した後、国王様と向き合った。
「これから何十年経ったとしても、どんなことが起きたとしても、俺はニーナを大切にしていきます。それだけは、今後も変えることはありません。だから、大丈夫です」
「ほ、本当に大丈夫かね。舞台が始まれば、周囲から茶化されることは間違いないぞ?」
「俺はそんな馬鹿みたいなことを気にして、ニーナを何度も傷つけてしまいました。だから、同じ過ちを犯しません。これからもずっと、俺はニーナのことを好きであり続けると思います」
えっ!? ちょ……えっ!?
す、好きって、そ、そんなこと今まで一度も言われたことありませんでしたよ!?
まあ、薄々と気づいてはいましたけど。
「いや~、今日の紅茶は随分と甘く感じるな」
「私たちが聞いた調査内容よりも、随分と熱いみたいね」
今、私が一番熱を持っている気がしますけどね!
「実はな、我々も君たちの関係を非常に気にしておったのだ。もし関係性が悪化していたり、仮面夫婦のような関係を築いていたりしたら、このような策を講じることはできなかったからな」
「ええ。でも、今回の祈念祭では、見ているこちら側が恥ずかしくなるほどお熱い関係だったものね。友好国の印象もガラリッと変わったみたいで、外交問題も落ち着きそうな印象だったわ」
もはや、国王様たちはただのファン化してしまった気がする。
純粋にラブロマンスの舞台を楽しみにしているとしか思えなかった。
そして、無意識でその期待に応えてしまうアルト様は、真剣な表情で訴えかけている。
「ただ、俺はニーナを何度も傷つけてきました。だから、彼女に迷惑がかかるようであれば、話を進めるわけにはいきません。彼女にはもう、俺のことで嫌な思いはしてほしくないんです」
アルト様が気遣ってくれたことで、二人の熱い視線を感じることになった。
国王様の『どうなんじゃ、若いの~』と言いたげな視線と、王妃様の『ここは頑張って気持ちを伝えるところよ~』とでも思っていそうな視線である。
さすがに国のトップに君臨する方々なので、邪険に扱うわけにいかない。
それに、アルト様にここまで言われて断るわけにはいかないし、それだけ思ってくれているのは、幸せなことだ。
まあ……本当に、幸せではある。
「わかりました。ただ、いろいろと周囲からの視線を集めることも増えると思いますので、王家からの援助をお願いしたいと思っております」
「うむ、同意見だ。行き過ぎた行動を取る者には、たとえ貴族であったとしても、しっかりと取り締まる必要があるだろう」
「そうね。国から予算を出すべきだわ。あっ、そうそう。舞台や小説で得た収入の何パーセントかは、二人に入るようにさせてもらうわ」
ヒットしてほしいようなしてほしくないような、とっても複雑な心境だ。
でもどうせなら、王家に認められた婚約ということを逆手に取って、吹っ切った方がいいだろう。
今後は、人前でイチャイチャすることが仕事だと思えば……いや、さすがに恥ずかしい。
うぐぐっ……と羞恥心と格闘していると、心配させてしまったのか、アルト様が顔を覗き込んできた。
「本当にいいのか? ニーナはもっと考えてから答えを出してもいいと思うぞ」
「別にいいですよ。昔みたいな状態に戻らないなら、嫌いにはならないと思いますから」
「そうか。今後もそう思ってもらえるように頑張るよ」
アルト様との間でも話がまとまると、国王様と王妃様が優しい笑みを向けてきた。
「ここまで我々の意見を中心に話を進めているが、君たちからは何かあるかね。無論、二人に恥じぬような脚本に仕上げてもらうつもりだ」
「私としては、思い出の出来事を舞台化することがおすすめよ。生涯にわたって受け継がれるロマンチックな恋物語になると思うわ」
「一年後……いや、少なくとも二年後には、王都でお披露目できるようになるであろうな」
とても楽しそうな二人である。
「いえ、私は大丈夫です」
「俺は一つお願いしたいことがあります」
この日、どうしてそんなに積極的なんだろうか……と思いつつも、私はアルト様の意見に耳を傾けることにするのだった。




