第32話:祈年祭Ⅲ
ラズリーの言葉に納得した私は、アルト様とは逸れた時や別れた時の合流地点に向かう。
すると、すでにアルト様が待ってくれていたのだが……。
「ラズリーは、預言者なのかな」
彼は、三人の知らない令嬢たちに囲まれていた。
「ワインはお好きなんですか~?」
「前からカッコイイなあって思ってて~」
「私、今夜は予定が空いてるんですよー」
昔は女性に対して厳しい態度を取っていたから、近寄りがたい雰囲気があった。
でも、今は違う。
ラズリーの言うように、アルト様は随分と性格が丸くなり、大人の対応をするようになっていた。
「悪い。俺には婚約者がいるんだ」
誠実なアルト様は、思っていた通り、しっかりと断ってくれている。
その困った表情を見れば、誰でも脈がないとわかるはずだ。
「ちょっとくらい良くないですか~」
「息抜きも大事ですよ」
「誰にも言いませんから~」
パーティー会場にいる人たちはしっかりと目撃しているので、やましい関係に発展したら、もう終わり。
本当に彼女たちが黙っていたとしても、あっという間に噂が広がってしまうものである。
以前、私も建国祭のパーティーで変な人に声をかけられたから、あまり悠長なことはしていられない。
強引にアルト様と合流して、彼女たちのような疫病神を追い払うとしよう。
凄みを利かせるべく、目にグッと力を入れて近づこうとした時だ。
アルト様のポケットから何かが落ちて、言い寄ってきた女性の一人に拾われてしまう。
「アルト様~、何か落としたみたいですけど……。ぷぷっ、これはなんですか?」
明らかに馬鹿にしたように広げて見せたのは、私が刺繍したハンカチだった。
これは、さすがに令嬢たちに笑われても仕方がないことだろう。
「なんですか、この雑な刺繡。みっともないので、捨てた方がいいと思いますよ」
「確かに、ダッサーい。こんなの持っていたら、株が下がりますよ。よろしければ、私が刺繍しましょうか?」
「あっ。もしかして、それが狙いだったんじゃない? そんな理由でもない限り、こんなに酷いものは持ち歩かないわ」
制作者の私ですら、本当に酷い出来だと思っているし、ダサい刺繍だとも思っている。
どうしてこんな場所に私の黒歴史を持ってきているんだと、今すぐ問い詰めてやりたいくらいだった。
しかし、そのハンカチを受け取ったアルト様は違う。
先ほどまでの表情から一転して、明らかに不機嫌になっていた。
「そうやって他人のものを悪く言うのは、やめた方がいい。持ち主を侮辱しているのと変わらない行為だぞ」
「「「えっ?」」」
「君たちにとっては、価値のないものかもしれない。でも、俺にとっては、かけがえのない宝物だ。君たちの言葉には、不快な気持ちしか抱かないよ」
「「「……」」」
あまりにも突然のことに、令嬢たちがカチカチ……と凍り付き、言葉を失ってしまった。
五歳児が頑張ったような刺繡入りのハンカチを持ち歩くなんて、小さなお子様がいる親のやることである。
まだ結婚していないアルト様が、そんなハンカチを大事に持っているなんて、とても不自然なことだった。
まあ、わざわざパーティー会場に持ち込んでいることを考えれば、大切なものだと想像できたかもしれない。
ただ、そこに彼の逆鱗があるとは、誰もが思わないことだろう。
何を隠そう、婚約者である私も知らなかったのだから。
そんなことを理解できない彼女たちから、アルト様を奪い返すため、私はスルスルーと近づいていった。
「すみません。彼は私の婚約者ですので、これで失礼させていただきますね」
「「「……」」」
どういうこと……と、固まっている彼女たちを置いて、私たちはパーティー会場の人混みに消えていく。
そして、どうしても確認しておきたいことを尋ねることにした。
「どうしてあのハンカチを持ってきているんですか」
「これはニーナだと思って、肌身離さず持ち歩いているんだ。パーティーだったとしても、例外じゃない」
「その割には、落としましたね」
「……悪い」
大事にしているのか、大事にしていないのか、何とも言えないところである。
これはもう、ハッキリさせるしかない。
「あーあ。冷たい床に落とされてしまった私は可哀想だなー」
「ち、違うんだ。これは、その……」
「別にいいんですけどね。その分、本物を愛でることができれば、の話ですが」
何かが吹っ切れた私は、アルト様の胸元に頭を寄せた。
もちろん、無意識ではなく、自分の意思で、である。
「きゅ、急にどうしたんだ? 普段はそんなことを言わないだろう?」
「今日はパーティーですから。そういうこともありますよ」
「そ、そうか。パーティーだから、か」
「周囲に円満な関係だとアピールすることも、婚約者の仕事です」
「なるほど、な」
困惑しながらも、アルト様は私の肩を優しく抱き寄せてくれた。
こういうことを意図的にやり始めたら、ラズリーに大きなため息を吐かれるかもしれない。
それでも、この幸せな時間を守るために、今日ばかりは甘えさせてもらうことにした。
「誇張された噂だと思っていたけれど、あの二人、本当に恋愛結婚なのね」
「相思相愛にも程があるぞ。二人だけの世界にどっぷりだ」
「ラブロマンス劇も顔負けの溺愛ぶりね。さすがに本物には勝てないわ」
耳を澄ましてみると、本当に噂されていたんだなーと実感する。
それと同時に、ちょっぴり恥ずかしい気持ちも抱くが……。
意外に悪くないかもしれない、などと優越感に浸ってしまう私なのであった。




