第30話:祈年祭Ⅰ
王都で祈年祭が開かれる頃。
パーティー会場に訪れた私は、アルト様がデザインしたドレスを身にまとっている。
花柄をあしらった生地を使用した薄い黄色のドレスで、フリルは控え目。ところどころリボンをアクセントに入れているため、可愛くもあり、大人っぽくも見えるデザインだった。
「どうですか? 何か言うことはありますか?」
「綺麗だよ、ニーナ」
「ありがとうございます。今日は百点の返答ですね」
以前、ロスタリカ家の屋敷でまったく同じことを尋ねたことがあった。
当時は『今日は珍しくオレンジの服だな』などと言っていたが、今は違う。
優しい表情を浮かべて、ストレートに褒めてくれるのだから、私はついつい気分を良くしていた。
普通の貴族令嬢であれば、これが当たり前のことであって、婚約者に感謝する気持ちを持つことはない。
でも、私はいろいろあったからこそ、こんな些細なことに幸せを感じることができるのだ。
アルト様の腕を取った私は、エスコートされながら、パーティー会場に向かっていく。
何度も練習を重ねたこともあって、貴族が集まるような場所でも、違和感を覚えることはない。
自然な振る舞いができているため、何も心配するようなことはない……はずなのだが。
「妙に視線を感じませんか?」
すれ違い人たちに、なぜか温かい視線だったり、好意的な視線を向けられたりしている。
今回は他国から招かれているゲストも多いみたいで、知らない人ばかりだった。
「俺も気づいている。そんなに変なエスコートをしているとは思わないんだが」
「私もです。顔に何かついているわけでもありませんし、なんなんでしょうか」
「わからない。一応、用心しておこう」
「そうですね」
蔑まれるような視線ではないので、ひとまず堂々と過ごすことにした。
パーティー会場に足を踏み入れると、すぐにカーシュ様とラズリーを発見する。
向こうも関係性が落ち着いた影響か、ラズリーがカーシュ様の腕を取り、エスコートされていた。
ただ……慣れないことに気疲れしているみたいで、カーシュ様の様子がおかしい。
背筋はピンッと伸ばしているものの、死んだ魚のような目をしていた。
思わず、アルト様は私から離れて、心配そうな表情で近づいていく。
「カーシュ。顔に疲れが出てるぞ」
「僕はアルトみたいに不器用じゃないと言っているだろう」
「その調子だと最後まで持ちそうにないな。ひとまず、水でも飲め」
きっと男の子同士でしかわからないこともあるんだろう。
こういう優しいところは、アルト様の良いところである。
一方、カーシュ様から離れたラズリーは、満足そうな表情を浮かべていた。
彼女も私と同じで、機嫌良く過ごしている。
「王都で別れた後のことは心配していませんでしたが、無事に落ち着いたみたいですね」
「いつまでも怒っていても仕方ないもの。今までのことは、条件付きで水に流すことにしたわ」
……条件付き? というのは気になるが、安易に踏み込まない方がいいだろう。
あれだけ怒っていたラズリーの気持ちを静めるなんて、それ相応の代償を必要とするはずだ。
カーシュ様が精神的疲労を抱えていることを考慮すると、絶対に聞いてはならない気がした。
そんなことを考えていると、ラズリーが優しい笑みを向けてくる。
「ニーナにも迷惑をかけてたみたいね」
「迷惑……? あー、孤児院の件のことですね」
以前、カーシュ様が強引に話を進めようとしていた時に仲介した覚えがある。
ラズリーに取りまとめるように言っておいたけど、どうやら無事に打ち明けられたみたいだ。
「実は、辺境伯から事前に相談を受けていたのよ。結婚する前に二人で話をまとめられないか、ってね」
「なるほど。辺境伯様としては、誰にでもわかるような実績がほしかったんですね」
「そうみたいね。だから、私たちの関係にも口を挟むようになったんだけど……。周囲の人からも声が上がるようになっちゃって、逆効果だったわ」
焦りすぎた結果、カーシュ様の心が追いついてこなくて、話が変な方向にいってしまったのか。
ラズリーにとっては、いいとばっちりだったのかもしれない。
「それは大変でしたね……」
「まあね。でも、ニーナたちのおかげもあって、結果的には良い形に収まったわ。本当にありがとう」
「いえいえ。その代わり、私たちが困難な状況に陥ったら、助けてくださいね」
「もちろんよ」
改めてラズリーとの関係性を確認していると、アルト様とカーシュ様が近づいてきた。
「悪い。向こうに騎士団の教官を見つけたから、挨拶に行ってきてもいいか?」
「それなら、私たちも一緒に行きましょうか?」
「いや、大丈夫だ。むしろ、騎士団に所属するまでの間、訓練生は挨拶に行かない方がいいんだ。入団試験を平等に行なうため、極力控えるように言われているから。でも、さすがに今回は、な……」
騎士団の教官といえば、あの強面の騎士のことだ。
訓練場で揉め事が起きた時に、穏便に治まるようにして対処してくれていたことをよく覚えている。
二人としては、いろいろ落ち着いたところで、ケジメとして、ちゃんと謝罪しておきたいんだろう。
特にカーシュ様は、迷惑をかけた気持ちが強いみたいで、真剣な表情を向けてきた。
「少なくとも、僕は謝罪に向かう必要がある。アルトも同行してくれた方が丸く収まるだろうから、君の許可をもらいたくてね」
「……わかりました。わざわざ配慮していただき、ありがとうございます」
「助かる。じゃあ、少しだけアルトを借りていくよ」
まさかカーシュ様が気遣ってくれるとは思わなかったな……と思っていると、ラズリーがコホンッと咳払いをした。
「カーくん。私に言うことは?」
……カーくん?
「ひ、一人にさせてすまない。できるだけ早く戻ってくるよ、ラズ」
……ラズ?
聞き慣れない愛称で呼び合っているのは、もしかして……。
顔を真っ赤にしたカーシュ様は、首を傾げるアルト様を連れて、パーティーの人混みに消えていった。
問いただしやすい状況ができたので、思い切って確認してみることにする。
「今までのことを許した条件って、先ほどのことですか?」
「そうよ。昔、劇場で見たお芝居の中で、愛し合う二人が愛称で呼び合っていたの。実は、それにずっと憧れていたのよ」
ラズリーのことだから、もっと精神的ダメージが残ることだったり、実家に優位になったりする条件を求めたのかと思っていた。
それなのに、まさか愛称で呼び合うだけ、だったなんて。
まあ、カーシュ様は尋常じゃないほどの羞恥心を感じているみたいだったけど。
「意外に子供らしいところがあるんですね、ラズリーは」
「ニーナには言われたくないわ。手紙にも書いてあったけど、そのドレス、婚約者くんから贈ってもらったものでしょう?」
「ふふんっ。そうなんですよ。アルト様がデザインを考えてくれたものです」
「ほらっ。ニーナも子供みたいに浮かれているわ」
「これくらいはいいじゃないですか。どうですか? ラズリーの目から見て、似合っていますか?」
「そうね。似合っていると思うわ。彼、ニーナのことをちゃんと見てくれているわね」
ラズリーに認めてもらえると、ついつい鼻が高くなってしまう。
恋心というフィルターがかかっている私とは違い、友人からも好意的に受け止めてもらえるのであれば、本当に素敵なドレスに仕上がっているはずだ。
もしかしたら、温かい視線を向けられることが多いのも、このドレスの影響なのかもしれない。
さすがに浮かれてしまうのも、仕方ないことだろう。むふふふっ。
そんなことを考えていると、僅かに目を細めたラズリーが顔を近づけてきた。




