第29話:アルトの実家で交流会Ⅲ
「俺は今まで、騎士になるために剣術ばかり学んできた。でも、それが最善の手段ではないような気がしてきたんだ」
「確か、先月の模擬戦の時でも、カーシュ様とも言い合ってましたよね。人として成長するべきだ、と」
「ああ。俺は剣術が強いだけの騎士じゃなくて、争わなくても済む方法を模索できる騎士を目指すことにしたんだ」
意外だなーと思ったものの、訓練場で見てきたアルト様の姿を思い出すと、彼の行動は一貫しているように思えた。
あの三人組に悪口を言われても争う姿勢は見せなかったし、カーシュ様の時には説得を試みている。
結局、最後は模擬戦で決着をつけることになったけど、彼は争わないように努力していた。
「騎士団の訓練に参加していれば、いろいろな考えを持っている者と話す機会がある。戦いが好きな者、武勲を上げたい者、生き残りたい者……。俺も戦いが好きで剣を取っていたんだが、最近は生き残りたい気持ちの方が強くなり始めたんだ」
「命は大事ですからね。私も戦いを避けられるのであれば、避けた方がいいと思います」
「ああ。だから、他国の文化や言葉を勉強して、話し合いで解決できないかと考えている」
アルト様の言い方だと、軍師や外交官の方が近い気がする。
それでも騎士を目指すのは、剣術という抑止力を得て、自身の影響力を高めたいからだろう。
「急に考え方が変わるなんて、不思議ですね。何かきっかけでもあったんですか?」
「大きな出来事があったわけじゃない。純粋に、戦争が起こったとしてもニーナの元に帰りたい、そう思った時、見えている景色が変わった気がしたんだ」
どうやら私は、自分の影響力の大きさを過小評価していたみたいだ。
あくまでアルト様限定なので、胸を張れるほどのものではないけど。
「今まで当たり前のように咲いていると思っていた花でも、種類によって色味や大きさ、形が違う。元気に咲いているものもあれば、蕾のまま生涯を終えるものもある。たとえ、それが小さな花であったとしても、懸命に咲き誇っているんだよな」
「そうですね。大きな花にも小さい花も、力強く咲いていると思います。もちろん、花が萎れたり、枯れたりすることは避けられません。だからこそ、咲き誇る花が美しく、儚いものだと思います」
「今ならニーナの言っていたことがよくわかるよ。花が咲く時間は短いからこそ、とても愛おしく見える。不思議と花を眺めていると、ニーナのことを思い出して、胸が温かくなるんだ」
花瓶の花を触るアルト様は、とても優しく、穏やかな表情をしている。
これがメイドさんの言っていた、長年仕えている使用人すら見たことがない表情なのかもしれない。
「騎士という命を失いやすい職に就くのであれば、俺は花のように儚く散りたくはない。戦場でも生き抜いて、ニーナという綺麗な花を見に帰りたいと思ったんだ」
今は花瓶の花を愛でるのではなく、本物のニーナという花を愛でるべきだと思いますけどね。
まあまあ、細かいところは許しましょう。
「帰りたい場所があるのは、きっと俺だけじゃない。戦う相手も同じような気持ちで戦場にいるのであれば、虚しい結果にしかならないだろう? だから、まずは他国のことを知って、争わなくても済むようにしたいんだ」
「それを実現するのは、非常に困難なことだと思いますが……。戦いを治める術が増えることは、多くの人を救う可能性があります。私はとても素敵な考え方だと思いますよ」
知らないうちに大人になったんだなーと思った私は、彼に向けてニコッと微笑んでみせた。
すると、急激に照れ始めたアルト様は、すぐに顔を赤くしてしまう。
自分で言うのもなんだが、私は本当にアルト様限定で、影響力が大きい存在なのかもしれない。
「このことは、父上には黙っていてくれ。もっと自分の中でいろいろ考えてみたいんだ」
「わかりました。私の口からは言いません」
だって、扉の向こうで息を殺して聞いているはずですからね。
アルト様がトイレに立った後、すぐに部屋に入ってきたことを考えると、そう考えるべきだと思います。
まあ、気遣い上手なレクレーネ侯爵であれば、何も言わずに黙っていてくれることでしょう。
私もアルト様のことを知れてスッキリしたなーと思っていると、なぜかアルト様がモジモジしていた。
「それはそうと、ニーナに聞きたいことがあるんだが」
「どうされましたか?」
「アレはまだできてないのか?」
「……」
思わず、言葉を失ってしまうのも、無理はないだろう。
アルト様は、黒歴史を差し出せ、と言ってきたのだから。
「忘れていることを願っていたんですが、ダメでしたか……」
「当然だろう。今か今かと楽しみにしていたんだぞ」
観念した私は、しぶしぶ刺繍入れのハンカチを取り出して、彼に差し出す。
無礼講で使用人たちの本音を聞き出したところ、刺繍の柄を見て『傘・橋・ミミズ……』など、散々なことを言われたので、間違いなく黒歴史だ。
それなのにもかかわらず、婚約者の手に……渡って、しま……った……。
「俺はすごくいいと思う!」
「お世辞は大丈夫です。自分でもこういうものはダメだと、ハッキリ理解していますので」
「いや、そんなことはない。ちゃんと味が出てるし、頑張ってくれた気持ちが伝わってくるよ」
「……では、どうしてニコニコされているんですか?」
「嬉しかったら、自然と笑みがを浮かべるものだろ? 後……ニーナも不器用なところがあるんだなって思ったら、ちょっと嬉しくなった」
弱みを握って嬉しい、の間違いんじゃないですかね。
まあ、喜んでもらえるのであれば、グッと我慢しますけど。
「本当に良い刺繍だと思うよ。これ、釣り竿だろ? 俺にはわかる」
「……剣です」
「ん?」
「それは、剣の刺繍です」
刺繍の正体が判明した瞬間、時間が止まった。
口は禍の元である。
不要なことを口走ったアルト様は、滝のような汗を流し始めていた。
「実は、剣の刺繍だと思ってた! もう剣にしか見えない!」
「思いっきり釣り竿だと言ったじゃないですか! もういいです、返してください!」
「それはダメだ! これはもう俺がもらったんだから、俺のものだ!」
「いいえ、著作権というものがあります。まだ見せただけなので、私のものです!」
「そんな言い訳は聞かない! ニーナが俺のために作ってくれたんだから、俺はこれを使い続ける!」
「やめてください! 実はそのハンカチ、呪われています。辱めを受ける呪いにかかっています!」
「その呪いごと大事にするから問題ない!」
この日、結局アルト様がハンカチを返してくれなかったので、私はもう二度と刺繍はしないと心に決めたのだった。




