第28話:アルトの実家で交流会Ⅱ
花を観賞し終えた後、屋敷の中に入って、アルト様と互いの近況を報告し合っていた。
机の上には、庭に咲いていたであろう花が飾られ、和やかな雰囲気に包まれている。
「悪い。ちょっと手を洗ってくる」
「はい。どうぞ」
アルト様が部屋を出ると、それを見計らっていたかのようにレクレーネ侯爵がやってきた。
その手には、鈍器になりそうなくらい分厚くて、難しそうな本を持っている。
「久しぶりだね、ニーナくん」
「ご無沙汰しております、レクレーネ侯爵」
「のんびりと話したいところだが、アルトが帰ってくるまでに話を済ませたいから、率直に聞かせてほしい。君はどういう魔法を使ったんだい?」
「……はい?」
突然、レクレーネ侯爵に脈絡のないことを言われ、私はついついポカンッとしてしまう。
ただ、レクレーネ侯爵の表情は真剣だった。
「建国祭があった日、アルトはニーナくんのエスコートをすっぽかしただろう? さすがにあの時は、ニーナくんに婚約破棄を申し出されるんじゃないかと、私はビクビクしていたんだ」
あっ……はい。失礼ながら、そうしようかなと考えていました。
「だが、池に落ちる事故が起きた後、アルトは別人のように生まれ変わった。己の非を素直に認めただけではなく、ロスタリカ伯爵に何度も何度も謝罪していたよ」
例の事故が起きた後、私が目を覚ました時には、アルト様の様子は変わっていた。
だから、特に私は何もしていない……はずなんだけど。
「私が寝込んでいた時のことは、父からも少し聞いています。怒ろうとする気が失せるほど、アルト様が懸命に謝ってくれたんだとか」
「父親の私が言うべきではないが……。あの時のアルトは、悲壮感が漂っていて、誰が見てもわかるほど後悔していたよ。徹夜で看病すると言って聞かないし、ニーナくんに謝るまでは帰らないと、君の傍を離れようとしなかったんだ」
「徹夜で看病、ですか。いくら婚約者といっても、普通は夜間になると、部屋の外に出されますよね?」
「どうしていいのかわからないほど、罪悪感が押し寄せていたんだろう。ニーナくんが眠っていた部屋の前で座り込んで、夜が明けるのを待っていたよ」
アルト様が看病してくれていたことは知ってたけど、まさかそこまで心配してくれていただなんて……。
「私は何も知らずに眠っていただけなので、逆に申し訳なくなってしまいますね」
「ニーナくんが気に病むことはない。レクレーネ家で行なっている野営訓練の経験が生きたのか、アルトはケロッとしていたよ。それに一年間も悪態を続けてきたんだから、それくらいことでは埋め合わせが足りないさ」
レクレーネ侯爵の言い分は一理あるが、今のアルト様の姿を見れば、十分に埋め合わせてをしてもらったとも思う。
いつまでも後ろめたい気持ちを抱く必要はないし、私たちは婚約者なんだから、対等な関係で過ごしていたい。
……まあ、埋め合わせが足りないと思ってもらった方が、我が儘は言いやすいけど。
そんなことを考えていると、レクレーネ侯爵は扉の方をチラッと確認した。
「それで、だ。アルトが帰ってこないうちに、本題に移らせてくれ」
「最初におっしゃっていた、魔法を使った、というものですよね。特に私は何もしていないと思いますけど」
「そんなはずはない。今まで剣術にしか興味を示さなかったアルトが、本を読み始めるようになったんだ。最近読み終えたのは、これだな」
レクレーネ侯爵が見せてくれたのは、先ほどの鈍器になりそうなほど分厚くて、難しそうな本である。
それは、隣国の文化と歴史を記した本だった。
「アルト様は、こんなにも難しそうな本を読まれているんですか?」
「急に、知見を広げたいと言い始めて、熱心に読みふけっていたよ。親としては嬉しいことだが、急にこんなことをする理由を教えてくれなくてね。ニーナくんの影響なのは間違いないと思って、聞いてみることにしたんだ」
「どうなんでしょうか。私も本を読みますが、こういう難しい本は読みません。アルト様に本を勧めたこともありませんので、他の方の影響を受けたのでは――」
「いや、それはない」
そんなにキッパリと否定されましても……。
私、そんなに影響力の大きい人間ではありませんよ。
「ニーナくん以外に考えられないんだ。アルトの頭の中は今、ニーナくんのことで埋め尽くされて――」
とても興味深そうな話題に移ろうとした時、これまたタイミングが悪く、アルト様が部屋に戻ってくる。
「父上? ここで何を……?」
「いや、大したことではない。では、ニーナくん。例のことを頼むよ」
往生際が悪いレクレーネ侯爵は、どうしてもアルト様が本を読む理由を知りたいみたいだ。
聞き出してくれ、と言わんばかりにウィンクして、退室していった。
「妙に慌ただしかったな。ロスタリカ伯爵に伝言でもあったのか?」
「ええ、まあ、そのようなところです」
アルト様が何も疑うことがなかったので、このままなかったことにしてもいいのだが……。
私も気になるところではあるので、何とか聞き出してみることにしよう。
「実は、先ほどから気になっていたんですが、アルト様の目の下に少しクマができていますね。夜遅くまで本でも読まれていたんですか?」
「なっ! どうしてそのことを……?」
「ふふん♪ 婚約者の洞察力を侮らないでください」
すみません、答えを聞いたから知っているだけです。
本当はクマなんてありませんよ。
「どうして本を読まれているんですか? どこかに旅行したいとでも思われたんですか?」
とても複雑な表情を浮かべているアルト様は、私の前では素直にならなければならない、という暗示がかかっているんだろう。
僅かに口をまごまごさせたものの、すぐに白状するかのように、小さなため息がこぼれていた。




