第26話:刺繍
王都からロスタリカ家の領地に帰還すると、私はすぐに刺繍作業に取り掛かった。
アルト様が騎士を目指しているので、剣をモチーフにした刺繍にしようと考えている。
盾や鎧も合わせると難しそうだが、剣だけなら簡単だろう、という浅はかな考えもあった。
そんな慣れないことをしていると、私の刺繍の腕前を知っている使用人たちは戸惑いを見せている。
「お、お嬢様!? いったい何を……?」
「王都で何かございましたか?」
「わざわざ弱みをさらさなくても……」
散々なことを言われてしまうが、使用人たちの気持ちは理解できるし、私も完全にそれに同意する。
しかし、アルト様が熱心に希望してきたのだから、仕方ない。
自分から模擬戦のお祝いをしたいと言い出したこともあって、作らざるを得ない状況に陥っていた。
そんな経緯を軽く説明したところ、使用人たちの協力を得ることに成功する。
眠気覚ましに紅茶をいれてくれたり、使いすぎた腕をマッサージしてくれたり、針で差しすぎた指に塗り薬を塗ってくれたり……。
とにかく刺繍に集中して、次回のアルト様との交流までに間に合わせようと努力した。
すると、屋敷の雰囲気が変わってきたことに気づく。
これまでアルト様の態度が悪かったこともあり、彼の評価はマイナスだったはずなのだが――。
「とても紳士的になったと思わない?」
「わかるー。使用人に声をかける時も、微笑んでくださるのよね」
「お嬢様とも婚約者らしい雰囲気になって、本当によかったわ」
いくつか婚約者らしいイベントをこなしているせいか、急激にアルト様の株が上昇している。
私が熱心に刺繍していることもあって、使用人たちも婚約に前向きな人が増えていた。
「お嬢様の刺繍の腕前を知っても欲しいだなんて……」
「それほどまでにお嬢様を感じたいのね」
「やだ~。そんなの真実の愛だわ」
そんな彼女たちの声が聞こえてきた私は、温かい紅茶を口にして、心を落ち着かせる。
私の刺繍は愛がないと持つことができない、そう考えていることだけは覚えておこう。
これは、決して使用人たちの弱みを握ったわけではない。決してねっ!
客観的に見た時、そう考えられると思うことが重要なのである。
なぜなら、作りかけの刺繍入りハンカチを見ても、使用人たちの意見は正しいと思ってしまうのだから。
「はあ~、やっぱり黒歴史だ……。明日は凝り固まった肩もマッサージしてもらおう」
なんだかんだで、ちゃっかり根に持っている私なのであった。




