第23話:模擬戦後(Side:アルト)
模擬戦を終えて選手の控え室に戻ると、床に座り込んで落ち込むカーシュの姿があった。
今まで敗北の味を知らなかっただけに、相当堪えているんだろう。
勝者が慰めるのは、少し違う気がするが……。
今回の模擬戦は言い合いに発展していたこともあるため、俺も床に腰を下ろして、少しばかり付き合うことにした。
「カーシュにしては、強引な攻めが多かったな。何かあったのか?」
「何もないよ。僕は今日、死んだ。死んだんだよ」
負けただけで大袈裟だな……と言いたいところだが、カーシュの実家であるエストリア辺境伯の領地では、争いが激化することがある。
エストリア家の人間として、カーシュも実戦に参加しているみたいだから、模擬戦の結果を重く受け止めてもおかしくなかった。
「今日は模擬戦で負けただけだろ。死んだわけじゃない」
「もし戦場だったら、僕は生きていない」
「じゃあ、ここが戦場じゃなくてよかったな。今生きていることが事実であり、それがすべてだ」
カーシュは顔を上げるものの、どこか思い詰めたような表情をしている。
「アルトは、実戦経験があるのか?」
「いや、まだない。カーシュはあるんだろう?」
「ああ。僕は……何度か実戦に出た。情けないけど、実戦に参加する度、恐怖心が増してしまう。戦うのが、怖いんだよ」
戦場の怖さを知ったからこそ、今まで以上に剣術という道しか見えなくなったのかもしれない。
やらなきゃやられる、カーシュはそういう環境に足を踏み入れたことで、心に傷を負ってしまったんだ。
「今日の切羽詰まったような強引な攻めは、それが原因だったのか」
「僕は生き残りたかっただけだ」
「訓練と実戦を一緒にするなよ。昨日も言っただろう? 剣術だけがすべてじゃない、と」
「だが、戦場では剣術以外に身を守ってくれる術は――」
「模擬戦の結果で決めたことなんだから、文句を言うなよ」
俺もカーシュと同じように剣術ばかり学んできたから、気持ちがわからないでもない。
父上や教官の剣術はすごいと思うし、戦場であの気迫と対峙したら、怖いと思うだろう。
だから、もっと剣術を訓練して強くなろうと思っていたが、今は違う。
「俺はまだ実戦経験はないが、本当の強さを知っているつもりだ。戦場で心が乱れないように、それを手に入れたいと思っている」
建国祭でベランダの手すりが壊れたあの日。
俺を助けようと飛び込んできてくれたニーナは、助けなければならないという使命感で動いているみたいだった。
あの時、ニーナの心に少しでも迷いがあったら、少しでも決断することが遅れていたら……、きっと俺は生きていない。
ニーナが持ち合わせている心の強さこそ、俺たちが人として見習うべき、心の強さなんだと思う。
今のカーシュを見ていると、そのことがよくわかる。
「なんだよ、その本当の強さってやつ」
「悪いが、これは言葉で伝わるものじゃない。心で感じるものだ。少なくとも、今のお前に必要なものは、剣術ではないだろう」
「僕から剣術を取ったら、何も残らないぞ?」
「そういう生き方をしてきたカーシュが悪い」
「……アルトは違うのか?」
「……痛いことを言うなよ。俺もまだまだ未熟なだけだ。でも、ニーナと向き合い始めてからは、正しい道を歩んでいると実感しているぞ」
ベランダの手すりが壊れて慌てふためいた俺と、戦場の怖さを知ったカーシュは、きっと同じくらい心が脆い。
剣術ばかり学んでいた俺たちは、間違った道を歩いていたんだ。
まだそのことに気づいていないカーシュは、不思議そうな表情を浮かべているが。
「どうして急に彼女と向き合う気になったんだ?」
「さあな」
興味本位で知りたいだけのカーシュに、俺の気持ちを伝えることはできない。
いや、言えるわけがない、と言った方が正しいだろうか。
知らないうちに恋心を抱いていたなんて、言葉にするのは恥ずかしいから。
ただ、カーシュのためにこれだけは言ってやるべきだ。
「手遅れになる前に、カーシュも婚約者と向き合った方がいい。ラズリー嬢は、大事に思ってくれているんじゃないのか?」
「僕には無理だ。彼女の気持ちには応えられない」
「どうしてそう思うんだ?」
「……。誰にも言うなよ?」
「ああ」
何とも言いにくそうにしたカーシュは、少し顔を赤くしていた。
「女に腑抜けて、ダメになるのが怖いんだ」
「なんだよ、それ。意味がわからないぞ」
「ラズリーの隣は、居心地が良すぎるんだよ」
「……。それは良いことなんじゃないのか?」
「だから、怖いんだ。僕の中から牙がもがれていく感覚があるんだよ」
お前……完全に俺と同じパターンじゃないのか?
「ラズリーが近くにいると、剣術がブレる」
彼女を意識しているからだろうな。
「何度首を振っても、彼女の笑顔が頭から離れないこともあった」
間違いない。それは恋心を抱いているからだ。
「だから、僕はラズリーの期待には応えられない。彼女がいると、僕はダメになるんだ」
どうしてそんな結論に至るんだよ、と突っ込みたいところだが、きっとカーシュの心の弱さが原因なんだろう。
恋愛感情を制御することができず、心が乱れてしまう自分がダメだと思い込んでいるんだ。
しかし、その考え方は間違っている。




