第22話:模擬戦Ⅱ
模擬戦が進んでいくと、強面の騎士が頭を抱えるような珍事件が起きていた。
なんと、謹慎中の例の三人組が模擬戦に現れたのだが、あっという間に敗退してしまったのである。
一人目は、カーシュ様と当たって即座に棄権。
二人目は、緊張による腹痛で対戦できず、まさかの不戦敗。
三人目は、ビクビクと怯えながら戦い、開始数秒の打ち合いで腕が骨折して、惨敗。
その結果、訓練場では修羅場が訪れている。
「信じらんないわ! あんたのどこが騎士団に認められた唯一の訓練生なのよ! 謹慎してたくせに、へっぴり腰で戦って骨折なんて、ただの笑い者じゃない!」
どうやら婚約者に嘘をついていたらしく、機嫌を損ねてしまったのだ。
しかも、肝心の本人は腕が骨折した痛みで半泣き状態なので、泣きっ面に蜂である。
「ち、違うんだ。こ、これは――」
「言い訳はけっこうです! 今日見たことは、すべてお父様に伝えさせてもらうわ!」
「ま、待ってくれ。まさか君が来るとは思わなくて……」
「触らないで! 婚約者に嘘の手紙ばかり送りつけてくるなんて、最低よ!」
バチーンッ! と強烈なビンタを叩き込んだ令嬢は、機嫌を損ねたまま一人で訓練場を後にした。
見たことがない子だったので、きっと遠方の地で暮らす貴族か他国の令嬢なんだろう。
どうせ模擬戦を見に来るはずがない、と思い込み、威勢のいいことばかり書いていたみたいで、散々な目に遭っていた。
「ど、どうして俺がこんな目に……」
完全に自業自得である。
普通に考えて、婚約者が活躍している手紙を何度ももらえば、予定を調整してでも応援に行こうと思うはずだ。
ただし、事前に連絡する人もいれば、コッソリ行って驚かせようとする人もいる。
今回は後者だったみたいで、驚かせようとしたものの……逆に悪い意味で驚くことになってしまったに違いない。
「罰が当たりましたね」
「ある意味、訓練生の歴史に名を遺したかもしれないわ」
私たちも巻き添えを食っているような状態だから、擁護するつもりはない。
仲間を侮辱して謹慎を受けただけではなく、無理やり模擬戦に参加して、見事なまでに惨敗したのだ。
おまけに、多くの人が見守る前で婚約者に振られてしまっては、再起を図ることは難しそうだった。
まあ、迷惑をかける人がいなくなったと考えたら、私たちには良いことである。
なんといっても、まだ彼が引き起こした問題は解決していないのだから。
「このまま進むと、アルト様とカーシュ様は、最後にぶつかりそうですね」
「そうね。勝ち上がったら当たるように、教官が配慮してくれたのかもしれないわ」
「教官? ああ~……あの強面の騎士の方ですね」
「顔が怖いだけよ。中身はとても優しい方だわ」
確かにいろいろ気遣ってくれているなーと思いながら、模擬戦の続きを見守ることにした。
***
順調に二人が勝ち進んでいくと、予想していた通りの展開が訪れる。
今回の模擬戦を締めくくるべく、最後の試合を任されたのは、アルト様とカーシュ様だった。
落ち着いた顔で向かい合う二人は、冷静みたいだが……。
実際に試合をする二人よりも、それを見守る私たちの方が緊張してしまっていた。
「ラズリー。ソワソワしすぎですよ」
「ニーナはキョロキョロしてばかりね」
早く始まってほしいような始まってほしくないような……複雑な気持ちを抱いている間にも、刻々と時間が流れていく。
二人はいつでも試合が始められるように、すでに剣を構えていて、万全を期していた。
「……」
「……」
両者ともに目を合わせるだけで、口を交わすことはない。
昨日言っていた通り、この模擬戦で決着をつけるべく、そのすべてを剣に託していた。
「はじめっ!」
審判の声で戦いの火蓋が切られると、思わず息を呑んでしまう。
気迫と気迫のぶつかり合う二人の模擬戦は、これまでの試合とは比較にならないほど激しい。
「うおおおおおっ」
「うおおおおおっ」
ガキンッ! と剣のぶつかる音が強く鳴り響く度、緊張感が増していく。
怒りに身を任せたように荒々しく剣を振るうカーシュ様。
力強い眼差しを向けながらも冷静な剣捌きを見せるアルト様。
見ているだけでも胸がギュッと締め付けられ、呼吸することを忘れてしまうほど空気が張り詰めていた。
これには、すでに訓練生を卒業した騎士たちも固唾を呑んで見守っている。
「あいつら、本当に訓練生かよ」
「騎士の名門レクレーネ家と、辺境地で実戦経験を積むエストリア家の戦いだからな」
「俺、こんな奴等が同年代にいたら、出世できなかったわ」
周囲から称賛の声が上がったとしても、私の心が落ち着くことはない。
ついつい目を背けたくなってしまうほど、荒々しい模擬戦だった。
アルト様の勝ち負けよりも、怪我をすることが何よりも怖い。
でも、初めてアルト様が声をかけてくれたんだから、最後まで見守ろうと思っている。
「アルト様……」
今は二人が怪我をすることなく、無事に試合を終えることを願うばかりだった。
それはラズリーも同じみたいで、胸元の服をギュッと握り締めている。
「こんな時に聞くのもなんですけど、ラズリーはどちらを応援しているんですか?」
「そもそも、それは私に聞くことかしら」
「なんとなくです。アルト様が勝たないと、カーシュ様は孤立するだけだと思います。ラズリーの立場も悪くなるでしょう。でも、ラズリーの立場的には、カーシュ様を応援するべきなのかなと」
「そうね。だから、どちらも応援していないわ。ただ、模擬戦を眺めているだけよ」
悲痛な表情を浮かべるラズリーは、カーシュ様を目で追っている。
そのことがすべてを物語っているみたいだった。
「ラズリー、嘘が苦手だったんですね」
「ニーナが意地悪になっただけよ」
そんなラズリーの想いが届いたのか、届いていないのかわからないが……。
「くっ……」
素人目から見ても、カーシュ様の動きが悪くなり、目が泳いでいる。
思い通りにいかないとすぐに怒ってしまうほど、今のカーシュ様は精神的に脆い。
崩れる気配がないアルト様を見て、自然と焦りを感じてしまったんだろう。
「うおおおおおっ」
一方、アルト様の力強い眼差しは変わらない。
獲物を逃さないようにカーシュ様を見つめる姿を見れば、決着はついたようで――。
「それまでっ!」
カーシュ様の剣を弾き飛ばしたアルト様が勝利して、模擬戦は幕を下ろしたのであった。




