第20話:孤児院Ⅱ
「一つだけシスターに確認したいんですが、カーシュ様の提案を拒まれているのは、孤児が増えることを懸念されているからでしょうか。それとも、孤児を育てるビジネスが嫌なんでしょうか」
「どちらもです。私一人で面倒を見るのは限界がありますし、あくまで孤児院は慈善事業になります。必要以上にお金を受け取るわけにはいきません」
それはそうだ。周囲の人に孤児院が裕福な暮らしをしていると思われたら、治安が荒れたり、泥棒に入られたりする事件が起こってもおかしくはない。
「では、慈善事業の範囲と見なされる寄付であり、なおかつ孤児の人数を限定すると確約できるのであれば、引き受けてくださるということですか?」
「えっ? そ、それは……」
「正直におっしゃっていただいて構いません。本当に無理なのであれば、他の地域の孤児院に相談するだけの話ですから」
「……」
否定しないのであれば、別のところに問題がある、ということかな。
まあ、これだけ威圧的な態度を取る貴族から提案されたら、素直に首を縦に振ることは困難なことだろう。
「カーシュ様の態度は高圧的ですし、寄付金の額もおかしいので、不審に思われる気持ちはわかります。これを受け取ったら、辺境伯から逃れられないような強力な圧力をかけられるのではないかと、怯えてもおかしくはありません」
「おいっ。君は、僕のことは何だと思ってるんだ?」
「まあまあまあ。それだけ辺境伯に介入されるということを、平民の方は不安に思うんですよ。現に、金をやるから孤児を預かれ、と言っているわけですからね」
「そんな言い方はしていない。僕は、孤児を預ける度に金を払うと――」
「カーシュ様の悪い部分は、そこですね。概要だけで話を進めるため、具体的なことがサッパリわかりません」
何を言っているんだ、と言いたげにカーシュ様は眉を寄せている。
私の指摘を理解できていないみたいなので、詳しいことを説明することにした。
「たとえば、辺境地で争いが起きて、孤児が百人できたとします。それを王都の孤児院で見てくれと言われても、シスターは困り果ててしまいますよね」
「僕だって、それくらいのことはわかってる。孤児院の規模を見れば、誰でも理解できるはずだ。できる限り、うちの領地で面倒を見ようと思っている」
「そのことを、シスターにちゃんとお伝えしましたか? エストリア家から送られてくる孤児は三人まで、みたいな制限をかけないと、シスターは怖くて受け入れられないと思いますよ。そういう強引なことをする貴族は、実在するんですからね」
「君は、エストリア家がそういう家系だと――」
「話を良からぬ方向に持っていかないでください! そういう変な反論してばかりで、何も解決していないじゃないですか。しかも、実際に強引にお金を渡して、シスターに受け入れさせようとしていましたよね? それは強引な手法なんじゃないですか?」
「……。僕は、そういうつもりじゃ……」
「グダグダ言わない! ちゃんと現実を受け入れてください。他者の気持ちを考えられないなら、誰かに頼るべきではありませんよ」
まったく、もう。変な言い訳や反論する時だけペラペラと話すところが、昔のアルト様にそっくりだ。
都合が悪くなるとムスッとするところまで同じで、反省しているのかしていないのかわからない。
ラズリーのことを考えると……もう少し厳しく言った方がいいかしら、などと思うものの、さすがにやめることにした。
「話が逸れましたが、シスター」
「は、はい!」
なんか、怯えてない? 大丈夫そう?
そんなに厳しく言ったつもりはないんだけど、気持ちが入りすぎたような気がしないこともない。
シスターに八つ当たりするわけにはいかないので、少し気持ちを落ち着かせて……と。
「彼のお金は、強盗や窃盗などで得たものではありません。国から支給される補助金と区別する必要はなく、受け取っても問題はないように思います」
「で、ですが……。あまりにも高額で……」
「もちろん、金額は交渉すべきだと思います。こんな大金を払い続けるようでしたら、正式に支援している国の面目を潰すことにも繋がりませんから」
実家と対立しているのも、そういう基本的なことが考えられていないからだろう。
政治的な問題に発展するとややこしくなるので、そういう知識が乏しいのであれば、まずは仲間を頼ることを覚えるべきだ。
特に、婚約者、とかね。
「仮にシスターの想定を上回る寄付を受け取るような状況に陥ったら、孤児院から旅立つ子に、当面の生活費を持たせたり、資格の取得を支援したりするのはいかがでしょうか」
「卒業する子たちの、ために……?」
「はい。無一文で街に放り出されたら、日当を得られる仕事か住み込みの仕事じゃないと生活できません。ですが、生活できる環境や技能を持ち合わせていれば、働き盛りの若いうちに就職することができます。お金の使い方次第では、慈善事業の範囲内に収まるかと」
先ほどまでの不安そうな表情から一転して、シスターは何かを考え始めた。
仕事が見つからなくて苦労している孤児なんて、今でも王都を探せば数人はいると思う。
もしその子たちに手を差し伸べることができたら……と考えると、シスターも前向きに検討してくれるかもしれない。
「ということで、私にできるのはここまでです」
「えっ?」
「ん?」
唐突に話を打ち切ったこともあって、二人に驚かれてしまう。
しかし、私がこれ以上踏み込んだ話をするわけにはいかなかった。
「エストリア家が結ぶ契約に、ロスタリカ家が必要以上に関与するわけにはいきません。多方面から反感を買う事態に陥りませんからね」
「だが……」
「まさかとは思いますけど、カーシュ様の契約を補佐してくれそうな人物に心当たりがない、とでも言うおつもりですか?」
「うっ……」
「私よりも頭が冴えていて、他にも問題点を指摘してくれそうな方がいると思いますけどね。その方と良好な関係を結んでいれば、もっと円滑に話が進んでいたはずですよ」
本当にこの契約を結ぶのであれば、最低でも王族の許可は必要だし、近隣住民の許可も取った方がいい。
孤児が増えることで対処できなくなったり、今いる子供たちに迷惑がかかったりすれば、王都の治安が悪くなりかねないから。
そんなことくらいラズリーや辺境伯は理解しているはずなので、後はカーシュ様が聞く耳を持つかどうかだ。
プライドの高い彼に考えさせる機会を与えられる人がいるとすれば、きっと――。
「さあ、今日のところは出直しますよ。異論はありませんよね?」
「……わ、わかった」
今日のところは何とか理解してくれたみたいなので、私はカーシュ様と二人で部屋を退室する。
しかし、当然のことながら、孤児院から二人で一緒に出るわけにはいかなかった。
本来であれば、互いに婚約者がいる身なので、こうして話し合っていたことすら良いことだと思われない。
先にカーシュ様に帰ってもらおうかな……と思っていると、孤児院の子供たちが近づいてくる。
その子たちが何かを訴えるような目を向けているのは、私ではなく、カーシュ様だった。
もしかして、これは……。
「カーシュ様は、子供たちと遊んでから帰ってください。孤児院に寄付するんですから、それくらいのことはできますよね」
「……仕方ないな」
また僕に命令するのか、と言わんばかりに複雑な表情を浮かべていたが、反論してくる様子はない。
子供たちも満面の笑みを浮かべていたので、私は一足先に孤児院を後にする。
しばらくすると、孤児院の外まで子供たちのキャッキャッと騒ぐ声が聞こえてきたので、これまでも何度か遊んであげていたことは容易に想像がついた。
「ラズリーが想いを寄せている理由が、なんだかちょっとわかった気がする」
少なくとも、子供の頃に迷子だったラズリーを助けてあげたのは、本当に彼なんだろうなーと思った。




