第19話:孤児院Ⅰ
孤児院のシスターに案内されて、カーシュ様と共に小さな部屋に訪れていた。
年季の入った木製の椅子に腰を下ろして、私はシスターと向き合っている。
「すみません。貴族の方をもてなすようなものは、持ち合わせていなくて……」
「いえいえ、問題ありません。突然お邪魔して恐縮です」
どういう状況かわからないので、私は無難に挨拶を済ませた。
一方、相変わらずカーシュ様は苛立っているのか、椅子に座ろうとせず、不機嫌そうに壁にもたれかかっている。
「どうしてついてくるんだよ。君には関係ないことだろう?」
「まあまあまあ。私はラズリーの友人なんですから、ここは彼女の顔を立てると思って、大目に見てください」
「……アルトにも彼女にも、知られたくないことなんだが」
「私もカーシュ様と同じ時間を過ごしていると知られたくありませんから、このことを二人に話すつもりはありません」
「それならついてこなければいいものを……。はあ~、アルトも大変だな」
「ラズリーの方が大変そうですけどね」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
気だるそうにしたカーシュ様が、ゆっくりと体を動かし、椅子に腰を下ろす。
それを見届けた私は、話し合いを始めることにした。
「とりあえず、状況をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「どうして君に説明しなければならないんだ? フンッ」
「そうですか。では、先ほどシスターに渡そうとしていたこの袋は何だったんですか?」
「……」
「言いたくないみたいですね。では、袋の中身を確認させていただきます」
机に置かれた袋を開けると、思っていた通り、中身はたくさんの硬貨が入っていた。
問題があるとすれば、それがすべて金貨であること。
たとえ貴族であったとしても、孤児院に寄付したり、支払ったりするような金額ではなかった。
「客観的に見た限りの情報では、嫌がるシスターに金貨を押し付けて、孤児院を買収しようとしていたとしか思えません。国が支援している施設を買収するなんて、王族にたてつくことと同意義であり――」
「どうしてそんな物騒な話になるんだよ! ただ寄付をしただけだろう」
「寄付金にしては、かなり多いんですよね。やはり、施設の買収が目的では? それとも、この場所で闇市でも開かれていたんでしょうか」
「……」
口をモゴモゴさせるカーシュ様は、まだ話すことに葛藤があるみたいだった。
本当に聞いてはならないことなら、さすがに強引に聞き出すべきではない。
でも、ラズリーが『根は良い人なのにね』と言っていたし、孤児院に寄付するだけなら隠す必要はないはずだ。
彼もアルト様と同じで、素直になれないタイプなのだとしたら……。
どうしてもこの問題に首を突っ込みたくなってしまう。
「わかりました。そこまでおっしゃりたくないのであれば、ラズリー経由で辺境伯様に相談させていただきますね」
「うっ……」
言葉を詰まらせたカーシュ様は、何とも言えない複雑な表情を浮かべている。
私は追い打ちをかけるべく、平然とした態度を取り続けていると、彼は観念したかのように大きなため息を吐いた。
「本当に誰にも言うつもりはないんだな?」
「もちろんです。口を固く閉ざすことをお約束します」
ラズリーは事情を知っているような雰囲気でしたけどね、などと思っていても、決してそれを口に出すことはない。
ようやく口を割りそうなカーシュ様を前にして、私は彼の話に耳を傾ける。
「君も知っていると思うが、エストリア辺境伯の領地は、この国の末端に位置する。周辺には、隣国や森に住む部族たちがいるため、争いが起きやすい。そういった場所だと、どうしても孤児になる割合が高く、施設で受け入れることができない子もいるんだ」
王都から離れた場所を統治する辺境伯には、様々なトラブルを迅速に対処するため、大きな権限が与えられていると聞く。
その一つが、自国の領土を防衛する軍事権だ。
カーシュ様が騎士を目指しているのも、いずれは辺境伯として力を示す必要があるからだと思う。
ただ、彼が争いを好む性格なのかは、全然別の話だった。
「孤児院から溢れた子供を、街の外に放り出すわけにはいかない。だから、王都のような治安が良い場所で受け入れてもらおうと、交渉に来ているだけだ。親が亡くなったような子供は、生まれた地を離れた方がいい子もいるからな」
真っ当な考えを持ったカーシュ様は、とてもではないが、騎士団の訓練場で荒ぶっていた人物と同じとは思えない。
辺境地に住む貴族として、悲しい現実を見つめてきた彼だからこそ、自分なりに対処しようと動いている印象だった。
なお、本人は顔を真っ赤にするほど恥ずかしがっているが。
「なんだよ。笑いたければ笑えよ」
「意外だなーと思っただけですよ。少なくとも、恥ずかしがることではないかと」
争いの多い地で爵位を受け継ぐのであれば、それくらい優しい心を持っていた方がいいと思う。
ただ、ラズリーが『実家と揉めている』とか『辺境伯を受け継ぐことに疑問がある』とか言っていた。
騎士団の訓練場で手を上げたこと考えると、冷静な判断力を持たないことで、話し合いができない人だと思われているんだろう。
その証拠に、孤児院を運営するシスターの表情が曇っている。
「孤児の面倒を見るのは、限界があります。失礼ながら、私はそのような貴族のビジネスに巻き込まれたくはありません」
ビジネス……? と疑問に思うものの、カーシュ様の寄付金を見れば、納得するものがある。
大量の金貨を寄付するなんて、慈善事業というレベルを超えていて、裏があると思われても不思議ではない。
孤児が育ったら、労働力として売却する人身売買だったり、辺境地の徴兵に利用しようとしたりと、取引を持ちかけられると思われているんだ。
ましてや、カーシュ様は強引に押し進めようとして、今もシスターに詰め寄っている。
「孤児院を運営するためには、金がいるんだろう? これで解決する問題じゃないか!」
「私は孤児を育てるために活動しているだけで、私利私欲のために活動しているわけではありません」
その結果、話がこじれてしまったみたいだ。
おそらくカーシュ様の寄付金が多いのは、お金が足りないから引き受けてくれない、と勘違いしているからだろう。
プライドが高い影響か、周囲の意見を聞く耳を持たず、自分が間違っていると思っていなさそうだった。
これは私が出しゃばる問題ではないけど……、自分で首を突っ込んだ以上、そんなことも言っていられない。
最低限の役割を果たすべく、二人の会話に割り込むことにした。




